54 その後3人はファイムズの話で盛り上がった。
「何でボクまで捕まるんだッッッッッ!出せッッッッッ!出せよッッッッッ!」
事務所の裏の反省室の鉄格子を掴んだ『ママの敵討ち』は叫ぶ。
NPCからの好感度が低い場合、彼のようにトラブルを起こしたプレイヤーの巻き添えを食うことが結構ある。
「くっそうッッッッッ!アカウント取り直してログインしてから、チュートリアルでしか疾走ってないんだぞッッッッッ!」
「まあそう言わないで」
光線銃はアイテムボックスから昆布巻きを出した。
「光線銃……お前渋いなぁ……」
反省室中央のちゃぶ台の上のポットから人数分のお茶を汲んだ毒皿が、山と積まれた昆布巻きのてっぺんのひとつを摘まむ。
「旨ぇ。正月以外食わねぇのはもったいねぇな。おいお前、せっかくだし食えッッッッッ!」
「ふざけるなッッッッッ!」
差し出された皿を畳に叩きつけようとした『ママの敵討ち』だったが、返された畳の裏から忍びの如く飛び出た警備員のNPCに取り押さえられた。
「食い物を粗末にするなッッッッッ!作った人の気持ちを考えろッッッッッ!」
真っ当なことを言う警備員が『ママの敵討ち』の腕を捻る。
「クソッッッッッ!ファイムズなら負けないのにッッッッッ!」
「ほほう。君もファイムズユーザーかねッッッッッ!」
光線銃が食い付く。
「警備員さんよぉ。畳の下から出てきてもらって悪いんだが……ファイムズユーザーに悪い奴はいないんだッッッッッ!……これで見逃してやってくれや」
毒皿は干しサザエを警備員の懐にそっと忍ばせた。劇画風の警備員の顔がギャグ漫画のように弛み、対応が豹変した。
「またのご利用お待ちしております」
「何の利用だよッッッッッ!」
『ママの敵討ち』の突っ込みで再び憤怒の表情になるが、毒皿が干しアサリを懐に、光線銃が袖の舌から干しシジミを手渡しすると態度が丁重になった。
「御意」
警備員は膝を付き、アニメでしか見られない忍びの動きで消えた。
「民度がおかしいッッッッッ!」
「まあごもっともな意見だが、ゲームだからなッッッッッ!」
「こんなことなら閉じ込められる前に干し赤貝で買収すれば良かったな」
「テメーが食い付くしたんだろう……まあしゃあねえから時間潰しにファイムズごっこでもすっか。俺、教会の聖女に憧れる聖騎士の役なッッッッッ!」
「ならオラは、砂漠が緑に包まれるのを願って種を巻き続ける老人の役にするぞ」
「接点がなさ過ぎるだろッッッッッ!」
『ママの敵討ち』はふて腐れて畳の上に横になった。
「そうだな。お前は……第四王子の友人の病弱な奴を演じろッッッッッ!」
「『あの葉っぱが全て落ちたらボクは死ぬんだ』って呟くんだ」
「呟かないし、仮病使ってる奴だろッッッッッ!」
「そうそう。実はファイムズ最強のNPCでなッッッッッ!」
「オリハルコン製のゴルフクラブをあげると最強魔法を教えてくれるんだ」
「何それ、知らない」
その後3人はファイムズの話で盛り上がった。
「いや~まさかお前が武道大会優勝の召喚魔術師だとは思わなかったぜッッッッッ!」
「紙装甲の超低火力なのに柔道技でトーナメントを勝ち抜いてくなんてな。オラと予選のバトルロイヤルで当たったの、覚えてるか?」
「一人称が『オラ』。……まさか、ブルドーザーを振り回してた黒タイツが光線銃さんだなんて……世界は狭いなぁ」
「おっ、昆布巻き無くなっちまったな。よっしゃッッッッッ!カニ炒飯出すぞッッッッッ!」
「ならオラはカニ玉だ!」
「いや~待ってください!高級素材じゃないですか!」
「「遠慮すんなッッッッッ!」」
「そうは行きませんよ。ボクはアカウント作り直したばかりで、素材全然無いですし。それにさっきまでいがみあって……つうか、あんたら菊池は敵だッッッッッ!何馴染んでんだよッッッッッ!」
「敵って言われてもな……具体的に俺らが何をしたんだ?」
「『菊池』がレースでボクのママを倒したせいで……」
毒皿と光線銃には身に覚えの無い話だ。
「ママは反VRの……特に反ちくフルの市民運動に嵌まってしまったんだ……」
うつむく『ママの敵討ち』。毒皿と光線銃は顔を見合わせた。
「「駿馬か……」」
菊池姓を名乗るプレイヤーの中で、著名な者はほぼ全てちくライダーだ。そしてお子様同伴の主婦に絡まれ徹底的に返り討ちにして、その上ここまで怨まれるのは1人しか思い付かない。
「そんでちくライダーに復讐ってわけか」
「そうだ。お前らの支えであるレースで、とことん叩きのめさなきゃ気が済まない。特に菊池駿馬と、その恋人の菊池白菊は、ゼッタイにッッッッッ!」
『ママの敵討ち』が知らないことが2つある。
菊池駿馬はすでに引退し、復帰の見込みは無い。
菊池駿馬と菊池白菊は恋人同士では無く、一方的な片思いで……白菊の方は何ひとつ気付いていない。
「菊池駿馬に勝てば気が済むのか?」
「駿馬だけじゃ駄目だ。全ての菊池にだッッッッッ!」
光線銃は小さく首を振った。
相当リアルで苦しんだのだろう、と2人は思った。仮に『ママの敵討ち』が宿願を果たしたところで、救われるとは思えない。
そして彼が菊池駿馬に勝つのは不可能だ。
闘うことそのものが不可能なのだ。
2人はリアルの菊池駿馬の状況を知っている。経済的な理由でログインが困難であり、また本人にログインする意志が無い。アカウントも消してしまっている。
「他のゲームでなんかの訓練をしたのか?」
毒皿は彼の目を見る。
「ああ。あんたらちくライダーを倒すためにだ」
「菊池一族全員を相手にするのは大変だ。ログインが不定期過ぎるのが何人もいるしな」
菊池一族とは、サービス開始初期にプレイヤーネームを自動で選択して『菊池姓』が付いてしまったちくライダーを指す。
「この俺ーー菊池毒皿が、菊池一族を代表して闘ってやる。それではダメか?」
「菊池は全て敵だ。初対面でも許せない」
「いずれにしろ闘うってことか。なら最初は俺だ。それなりのちくわ持ってるんだろうな?」
「なあ毒皿にママ」
「ママじゃない。『ママの敵討ち』だッッッッッ!」
「ごめんごめん。ちょっと見て欲しい」
先ほど警備員によって返された畳の下。底の見えない暗闇。
そこになぜか梯子がある。
「えっ?降りれるッッッッッ!」
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
闇の底から、ちくわの咆哮が微かに届く。




