51 世界は広し
「……とりあえず、菊池サン。ワタシどうすれば良いでしょうか」
菊池に並走するカオザツが言いたいことがいっぱいありそうな顔で、遠慮がちに言った。
不可抗力である。初見、それもワールドクエストなのだ。予想できるはず無いだろう。
「その……ひょっとして『裏技』とか言うヤツですか?」
風が吹きそうな谷のヒロインが飛行機械に乗る時の体勢で、離凡は目を輝かせた。
「「その体勢、疲れない?」」
この物語のヒロイン(?)とダークヒーロー……いやダークヒロインが声を揃えて最大の疑問を口にした。
「「「ヒャッハーッッッッッ!」」」
背後のヒャッハーに反応した菊池はウイリーさせ、その勢いで飛ぶ。菊池のちくわのリソースが少しだけ回復した。離凡はなぜか宙返り。回復を続けるのは菊池のちくわのみ。
「カオザツ、先行して」
了解です、とインを攻めるカオザツ。着地した菊池はダウンで減速。離凡もダウンで減速。好きにすれば良いと指示しなかったが、やる気のようだ。
「離凡君、後ろのモヒカンをどう攻める?」
風の吹く谷のような体勢を維持する離凡に問う。
「えっ?」
誰にも理解できない何かの電波的メッセージを受け取って、特に考えも無しに菊池と迎え撃つ選択をしたらしい。
「連携もクソも無いわね」
リアルで勤めている工場で、営業部から追放系主人公のように(有能とは言っていない)異動させられた自称エリートの顔が浮かぶ。
「お互い好きにやりましょ」
「はいッッッッッ!」
最も価値の高いメダルを取った時よりも明るい笑顔で離凡は答えた。嫌な予感で頭が破裂しそうになった菊池だが、もう考えるのを止めダウンで減速。
ムービーで追加された過積載では無いちくわを駆るモヒカンの緩めのチャージを回避し、過積載ちくわに迫る。右コーナーでインに向け飛び、クロック。ちくわが短くなったせいで手応えが浅い。モヒカンと人質は踏みとどまってリタイアを凌ぐ。
人質は跳んで逃げればいいのに、とは思うがそれではこのレースが破綻する。
視界の端にちくわフィンガー。ロデオワークでちくわのシートに着地し身を傾けちくわの陰に隠れる。リソースが少しずつ戻る。人質への毒づいた気持ちも消えた。精神操作は冷静でいれば耐えられそうだ。
しかし、このままでは埒が開かない。コーナーが終わる前に体勢を戻さなければコースから外れる。体勢をフラットに戻せばばちくわフィンガーを浴びる(?)だろう。耐えれはするが、精神操作に抵抗するだけで一手遅れる。
その時、リソースの回復が止まる。標的が離凡に移ったか、ちくわの操作に専念するのか、罠か。何か想像も付かない別の効果が指に嵌めたちくわにあると言うのか?
コーナーが終わる。ちくわに遮られたアウト側で……離凡が宙を舞っている。いや、正確には見た瞬間から2回は空中で前転し、体を伸ばして何事も無かったようにちくわに着地し、そのままちくわの先端まで前転。路肩に乗ってちくわが跳ね上がると同時に後転でシートまで戻り、背もたれに掴まって鯉のぼりのように真横に体を伸ばしてちくわの重心をずらして方向修正した。
離凡のリソースが小刻みに回復している。ちくわフィンガーの見えない光線(?)を動物的な勘のみで回避しているようだ。
ちくわの制御も、前日のパワハラ気味のトレーニングの効果が出たのか上手くできている。上手いどころか別人だ。菊池は戸惑いを押し殺す。1日でここまで変わるとは。離凡の成長はちくわフィンガーによる精神操作よりも性質が悪い。
……まあこれで自由には動ける。さっそく菊池は離凡に迫るちくわフィンガーの持ち主を狙うことにした。
予想通り子分の過積載ちくわがガードに入る。角度を合わせ、チャージを真後ろから受けた。
もしも菊池寄りの解説がいれば、こう言うだろう。
『ん~、アンチPTAカテゴリ第4弾ッッッッッ!ライクアトレインが出ましたッッッッッ!』
ちくライダーにとっても、一般プレイヤーにとってもそれほど難しい技術では無い。前後にちくわ同士の穴をピッタリ重ねると、前のちくわのバックファイアを後ろのちくわが吸い込んで速度が上昇し、最大18チクワンまで加速する。前のちくわも押されることで加速を得られる。
この技術を元に、非常に著名なエロ同人作家がネタにし……それがとある地域のPTAの皆様の目に入って、ちくフルの運営が『貴重なご意見』をゲームに反映させただけだ。
長いストレートのあるコースでの、タイムの速さを競うルールでのチーム戦では非常に有用な技術である。
ポンポコピー。
ライクアトレインによって加速を得た菊池は、リーダーのモヒカンのちくわに背後から外へ弾くようにチャージ。角度が付いたので、ライクアトレインは成立しない。
《ムービーを開始します》
「うわあああああッッッッッ!」
悲鳴を上げてモヒカンのリーダーが飛ぶ。捕らわれていた乗組員NPCは仲間に無事受け止められる。だがモヒカンリーダーの速度は落ちない。嵌められていたちくわは外れて、水平線に虹を描く。
「兄貴ィィィィィッッッッッ!お供しますぜえええええッッッッッ!」
最後に残った過積載ちくわのモヒカンは、自ら天へ飛ぶ。
なぜか大勢のモヒカンがいきなりコース外に現れ、お供しますと全員飛んだ。
空には笑顔のモヒカンたちの姿が浮かび、なぜかバイクに乗って走り出した。
《ムービーを終了しました》
《敵チームのメンバー全てがリタイアしました》
「何を見せられてるの?」
読者の疑問を菊池が代弁した。
同時に、コースから操舵室にワープする。
「悪名高きちくフル基準脚本にしては、起承転結がありましたね」
アイテムボックスから取り出したクリームソーダを一瞬で吸い付くしたカオザツが、お嫁にイケないほど大きな音のゲップを吐いた。
「まだだ、僕の演技はまだ終わらないッッッッッ!」
レースが終わったのに気付かないらしい離凡は、その場でバク転を繰り返す。
「まあ、起承転結はあった……かも」
あったか?あったのだろうか?星になって消えたのは、悪行への罰と言えるか?最後のバイクの意味はわからない。菊池はストーリーの考察を止めた。
「いえ、ヴィクトリー的に空を駆けたバイクの向かった方角……マップで見てみましょう」
「方角?」
操舵室から下を見下ろす。
太陽は真正面。バイクで去るモヒカンの方向は。
「北西ですね」
カオザツはクリームソーダガチャの自販機を指差す。1回干しホタテ貝柱10個。
「ワールドクエスト達成のアナウンスで言ってましたよね?」
獲得した賞品はこの巨大漁船、鮭30t、鱒各種5t、品質並の鮭100%ちくわ10本、各種鱒の漁業権……そして。
「干しホタテ貝柱3兆個ですよ……」
【ハマグリ資本連合】ではほぼ使い道の無い通貨だ。それが1人あたり100億個の分配。破格だ。
「この海の北西に行けば、【ホタテ工業団地】……いや、待って。ちくフルよ?超展開、鬱展開、謎展開……悪い意味で何でもアリのクソシナリオよ?」
「ワールドクエストまでそうだとは言えませんよ。やりたい放題のシナリオだから、逆に色々仕込みやすいでしょうし。菊池サン、クエストの存在するMMOで……『ワールド』が付く物は重みが異なります」
菊池は腕を組んだ。もともとゲームはやる方では無い。ちくフルだって保険指導で強制させられなければ縁が無かった。
「【連合ハマグリベース】にこだわる理由は、今のところ無いですね。何も無いなら無いで、それでも良いじゃ無いですか。他のエリアの情報も欲しいですしね」
「うおおおおおおッッッッッ!」
菊池とカオザツとの、重なる視界の外で、離凡が飛び、着地し、両手を広げ、存在しない審査員からの評価で笑みを浮かべた。
気持ち悪い、と菊池は思った。
カオザツは菊池の目をずっと見ていた。