5 菊池駿馬の弟子
レーシングRPG。それがちくフルのジャンルだ。バトルの代わりにレースをする。RPGのようにクエストも存在する。先程のタイムアタックのように。
クエストには種類がある。
ごくごく一般的な『クエスト』。
稀少性が高く、達成すれば受けたプレイヤーに多大な利益をもたらす『ユニーククエスト』。
プレイヤー、NPC、ちくフルの世界そのものに大きな影響をもたらす『ワールドクエスト』。
プレイヤーやクランで企画し、運営に申請して期間限定で楽しむ『プライベートクエスト』。
「レガシークエスト?都市伝説じゃないの?」
引退ーーゲームを止める者が、アカウント削除と引き換えに遺すクエスト。それが『レガシークエスト』だ。
噂は聞いている。レガシークエスト発生条件の一部を満たすと、発生地点で別のサーバーに移動し他のプレイヤーと遭遇できなくなる。また発生条件を完全に満たして、発生地点に行くと激しい天候変動が起きる、等々。
「ゲリラ豪雨を天候変動って言って良いのかしら」
疑問は置いておき、実際に発生したレガシークエストの詳細を確認する。
クエスト作成者は『菊池駿馬』。よく知っている。
現在も記録だけは遺っているランキング1位。友人であり、ちくフルの師匠であり、ライバルであり、菊池が地獄の49連勤を喰らっている間に挨拶無しに引退した薄情者だ。
「今さらこの名前が出てくるとはね」
リアルで面識は無い。菊池姓は、自動でプレイヤーネームを作成すると高い頻度で出る。それこそ一山いくらで。
「クエスト達成条件は『弟子』にレースで勝利する事。報酬は……蟹系素材……50キロッッッッッ!」
RMTで1kg=3000円。そんな馬鹿げた相場で取引されている。リアルのタラバならわかるが。
「欲しい……夢に近付く……」
あくまでも菊池は自力獲得を目指す。
サーバーの中心でケダモノのように『Y』と叫びたいのを踏みとどまり、慎重に詳細を確認した。
「前編の挑戦者は5人、達成者も5人……クエスト達成率100%か」
誰でも達成できる難易度なのか、5人全てトップクラスのちくライダーなのか。後者だろうと菊池は思った。
このクエストの発生条件の候補を考える。
1 最低品質のレース用ちくわ作成
2 タコ100%のちくわ作成
3 最低品質ちくわによる、サーキットの最低1周以上の周回
4 タコ100%のちくわによる、サーキットの最低1周以上の周回
5 一定以上のドライバーポイント獲得(菊池は18億以上持っている)
6 78位以上のドライバーランク
他にもたくさんあるだろう。
タコ100%は、まあ誰でもやってそうな気がする。しかし最低品質のちくわではどうだろう?
ライトユーザーは最低品質のちくわを造らないし、あれを完走できるとは思えない。菊池だってショートカットしなければ危なかった。
それを踏まえると、誰がクエスト達成したのか絞れるかも知れない。
「問題は今あるちくわで勝てるか怪しいから、一回ガレージに帰れるかなんだけど」
詳細には、残り30秒以内にクエスト受注しないと、この先受ける機会は無いとある。
ええい、当たって砕けろ。
『Y』
事務所のドアが静かに開いた。
「あなたが菊池白菊さんですか?」
菊池とお揃いの色のライダースーツ。知っている顔。あの男と同じ顔。
頭上のネームは『弟子』になっている。口調と仕草は別人だ。
「そうだけど、何か?」
「藪から棒ですが、私と勝負してください」
《『弟子』とレースで勝負しますか?Y/N_》
……展開が速い。
《Y》
またもや転移。
今度はピットに転移。
弟子がツートンカラーのちくわを拭いている。整備をしているという演出だ。NPC相手のレースでそこそこ多い。ちくわを布で拭いて何のスペックが上がるのか不明だが、プレイヤーの間では『雰囲気が出る』と評判だ。菊池も嫌いでは無いからガレージでしょっちゅうやる。
弟子のちくわを観察する。紫と赤。紫はタコだ。さっきのネタちくわと同じ色合いなので、最低品質だろう。品質が上がればもっと食欲の湧く色合いになるはず。
赤い方は……
「蟹?」
弟子の口角が上がった。
菊池はじっくり観察する。ちくフルで赤い色の出る素材は他にもある。鯛系……特に金目鯛、ビンチョウやカジキ類を除いたマグロ系、カツオ系、他には鮭と海老系。
あの鮮やかで風格があり香ばしそうな赤は、それも非常に濃い赤は間違いなく蟹。
「白菊さん、早くちくわを選んでください」
挑発に動揺する菊池では無い。ちくわ選択に制限時間は無さそうだ。クエスト詳細のアイコンに触れて、冷静にレースの条件を確認する。
コースは【連合ハマグリベース】の難易度7。コーナーが多く速度の出しにくいコースだが、ピットインに入り回復ゲートを通る事でリソースを5%回復できる。
勝負方法は2時間耐久。2時間疾走り続けて、周回数を競う。リタイアしたら即敗北。
なるほど。
菊池は納得した。5人のクエスト達成者がどう挑んだのか、ある程度だが見えたのだ。
メニュー画面を開く。
今持っているちくわは、並の品質のスケトウダラ100%、最低品質のタコ100%、並のスケトウダラと最低品質のタコ100%のハーフ&ハーフ。
相手は品質不明で比率も不明な蟹と、恐らく最低品質のタコ100%。
菊池はスケトウダラとタコのハーフ&ハーフを選択。
タコについては互角。蟹とスケトウダラではスペック差は大きい……が、全てのちくわの最高速は12チクワンまでだ。追い風や下り坂で補正は入るが、菊池には致命的では無い。
「準備できたわ。さあ疾走りましょう」
弟子は歯を見せて笑った。何もかも駿馬とは異なる。彼はこんなに大人しく無い。
視界が暗転する。
雷が落ちる。雨が激しい。リアルのレースなら中止になるだろう。
スタートラインに左から弟子のちくわ、菊池のちくわと並ぶ。コントローラーを握る運転手はちくわの背後3m。
弟子のちくわの前半分はタコ。後半分が蟹。前進すれば蟹ちくわから火を吹く。
菊池のちくわの前半分はスケトウダラ。後半分がタコ。前進すればタコちくわから火を吹く。
本当に弟子なんだ、と菊池は実感した。やりろうとしている事が分かりやすい。弟子は菊池駿馬と同じように、完走する気も、完走させる気も無いのだ。
「デュエル、レディ……」
《菊池白菊とNPCの対戦開始まで、5……》
菊池と弟子は力士のようにかがむ。ちくわの初動は例外なく人力だ。
《4……》
白菊は視界の左上のコースのマップを見た。スタートしてすぐに左へのヘアピンカーブがある。
《3……》
短いストレートの先を見る弟子は何を想うのか?
《2……》
弟子の上体がピクリと動く。菊池へのフェイントだ。ちくわがスタートラインを越えなければフライングにはならない。が、ちくわに乗る者が釣られて転べばスタートを遅れさせる事ができる。
《1……ゼロッッッッッ!》
弟子が飛び出す。コントローラーのボタンが押されるのを菊池は見た。
菊池はあえて一歩遅く出る。そして反時計回りのボタンを長押しした。