49 初見殺し
空が途切れた。スロープの角度が急になって行く。
加速が増す。鮭素材は下りで加速しにくいとは言うものの、速度はすぐ12チクワンに達し、徐々に増して行く。
カオザツと離凡は顔を見合わせる。直線は終わらない。下り坂の角度はどんどん垂直へと近付く。
風圧が顔を打つ。2人はコントローラーを抱えたまま、シートの手すりを握る。手すりを握ってさえいれば、シートから体が離れない仕様だ。
背後から視線を感じる。振り向く余裕は無い。首を動かすだけでちくわに影響が出そうだ。離凡を気遣う余裕も無い。
ちくわが坂から離れ、自由落下を始める。速度はとうとう30チクワンを越えた。
カオザツは底を見る。6等星のように頼りない光。重心移動しないで、と菊池は言った。このまま墜ちて行けばどうなる?
6等星は少しずつ大きくなる。やがて月に、太陽に。光の中にトンネルが見えた。トンネルはカオザツから見て上に曲がっている。このまま着地できるのだろうか。
カオザツと離凡がトンネルに入る。
いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ……
40チクワンで地面に接触した音なのだとカオザツは思った。突っ込まない。
トンネルは180度のループ。このまま上に昇るのだろう。ループを抜け背後からのGを感じながら翔ぶ。正面の6等星が出口か。
40チクワンまで達した速度が、上昇に比例して下がっていく。
光。眩しさに瞬き。空。
塔、いや操舵室。窓ガラスの向こうに自販機。『クリームソーダガチャ 1回干しホタテ貝柱10個』の文字を読んだ瞬間に落下が始まる。緩やかに天地が入れ替わり着地。
現在のカオザツのリソースは、前半分が54%。離凡もほぼ同じ。菊池はすでに50%を切っている。
『聞こえる?』
ウインドウから菊池の問いかけ。
「聞こえます」
「きっ、きっ、聞こえます」
キョドってるのは離凡だ。
『早く合流しましょう。4周目は無いと思って!』
地下での自由落下と、操舵室前の大ジャンプの着地でリソースが40%以上削れた。何度も試せばちくわへの落下ダメージを減らす立ち回りを見つけられる可能性はありそうだが、このコースをこれから疾走る機会があるかわからない。
『これから』よりも目の前のレースが大事だ。ワールドクエストなだけあり、かなり厳しい。菊池の言うように、カオザツも3周持たないと思っている。
「「「ヒャッハー」」」
ちくわフィンガーと、新たなモヒカンがカオザツと離凡の背後に着地。忌々しいちくわフィンガーが離凡に向けられる。
離凡の裏に付いたカオザツは、ちくわを大きくダウンさせ後ろ半分を持ち上げ、自らのちくわを精神攻撃の盾とする。モヒカンのリーダーは面白くなさそうにちくわフィンガーを降ろした。
「菊池サン、離凡サン。聞いてください。偉そうなモヒカンの指に嵌められたちくわが、ワタシの乗るちくわに向けられたら……リソースが回復しました」
通信不能状態の時、ちくわフィンガーを向けられると精神をーー正確には感情を操作される効果があることも付け加える。
『また新要素ね。でもそっちに張り付いてるモヒカンのリソースの減りが少ない理由がわかったわ』
菊池に張り付く過積載ちくわは前47%の後ろ89%。残りの敵チームは平均で94%。回復ゲートごとピットインが爆破されたが、リソースの回復は不可能では無い。
『相手に回復手段があるからこそ、短期決戦でキメなきゃダメよ』
雑魚ちくわをリタイアに追い込んでも、無限涌きするのだ。ちくわフィンガーのモヒカンボスをどうにかしないと勝てないだろう。
『とにかく合流しましょう。こっちのモヒカンは生かさず殺さずで泳がせとくわ』
そう言う菊池のリソースは前48%の後91%。それが少しずつだがゴリゴリ削れて行く。速度を落として追い付くのを待っているのだろう。
「離凡サン、こちらの努力で菊池サンに追い付くしか無さそうです」
ボスを含む敵チームのちくわ3本のチャージを凌ぎながら、菊池が周回するのを待つのは難しい。絶対に持たない。
「カオザツさん。僕、先行してみますね」
右の緩やかなコーナーに、体を倒した離凡が鋭く突っ込む。
「ちょっと離凡サン、緩やかなんだから……」
最小限の重心移動で曲がれる、と言おうとしたら、離凡が逆立ちした。両足がアウトに向けられ重心が傾き、ちくわの突入角度が修正される。
「だいぶ前半分が削れたせいで、ちくわの角度を曲げやすくなりました」
「えっ、えっ」
離凡の謎の行動でカオザツの重心移動が遅れる。鋭くインに体を倒し、ドリフトのような軌道でコーナーを抜けた。
『ヒャッハー』のかけ声が遠ざかる。
「すごいですねカオザツさん、まるでレーサーみたいだ」
逆立ちを続けたままで離凡が言った。
「な、何をしているんですか?離凡サン」
「何って重心移動ですよ。頭や肩を振るより、脚を伸ばしたり曲げたりする方が鋭い重心移動ができるんですよ」
今度は左コーナー。離凡の脚がインに向け曲がる。
「シートの手すりをガッチリ握っていれば、ちくわをぶつけられても絶対に弾き飛ばされませんし」
「菊池サンに教わったんですか?」
「菊池さんには手本を見せて貰っただけです。お二人がお食事しているところに行く前に、少し試していたんですよ。それとさっきのレースも参考になりました」
「菊池さん……」
『うん、聞こえてる。その子はアタシたちの……ちくライダーの常識が通用しないから諦めて』
「ちょっと!酷いですよ菊池さんッッッッッ!僕はまだ初心者ですよ!菊池さんのようにロデオワークなんてできるわけ無いでしょッッッッッ!せいぜいフィギュアヘッドくらいですよッッッッッ!」
『カオザツの疾走りも参考にしてね……離凡君は、良くも悪くもちくライダーにはなれないから……』
この会話は何なのだろう?カオザツには理解できない世界だ。




