48 ボスを倒さない限り、雑魚が涌き続けるのは仕様です
「おいおいお嬢ちゃんッッッッッ!」
背後ーーカオザツはシートをレフトスカートにしたので左側から強い視線を感じた。
チラリと見ると。10本のちくわが自分に向けられていた。
「お転婆は嫌いじゃねぇぜッッッッッ!」
感情が高ぶる。強い怒り。カオザツはちくわの向きを変えようとして、インのガードレールに接触。ちくわはアウトに弾かれたが、なぜか怒りが治まる。
インに滑り込んだモヒカンのリーダーは、右のちくわフィンガーを再びカオザツに向けようとする。本当に指に嵌めたちくわで精神操作できると確信したカオザツは、リバースしシートの陰に隠れた。
「離凡サン、聞こえていれば菊池サンもッッッッッ!指に嵌めたちくわで精神操作できるみたいですッッッッッ!」
ちくわフィンガーと精神操作の対象との間に何らかの障害物があれば無効化できるようだ。とは言え。
菊池サンのように疾走れないッッッッッ!
人生の一部と言えるほどやりこんだちくライダーなら、既知のコースを目をつぶっても(よほどのアクシデントが起きなければだが)疾走れる。
このコースは菊池にとっても初見なので、彼女でもシートに隠れながらではまともに疾走れないだろう。大きくコーナーを曲がりながら前進するカオザツは、実力の割に非常に良くやっている。善戦、いや超善戦である。
ドラゴ●ボールで例えるなら、Zが着く前のヤ●チャが最後の変身を終えたフ●ーザ様相手に死者を出さずに持ちこたえているような状況だ。
「菊池サンッッッッッ!聞こえますか?離凡サンッッッッッ!どうにか持ちこたえてッッッッッ!」
悟k……じゃなかった菊池が追い付くのを、カオザツはひたすら願った。
ベジー……じゃなかった離凡は、菊池と万智緒のレースを想う。
菊池のロデオワーク、Mリスペクト、ストレートでの細かい重心移動によるちくわ操作。アンチPTAカテゴリ。
万智緒のそつの無い疾走。相手が菊池だったから惨敗したのだ。カオザツも言っていた。ちくライダーが相手で無ければそれなりに強い、と。まともなレースゲームなら上の下くらいだとも。
「「ヒャッハーッッッッッ!」」
「「助けてえええええええ!」」
コーナーの後半でもインとアウトから挟まれる。インの過積載ちくわは前に出て離凡を抑える。頭を抑えられるので小刻みにダウンを繰り返す離凡。追い付いて来たアウトの過積載ちくわは斜め後ろに貼り付く。
コーナーの後の短いストレートで引き離したいが、加速性能は同じ。ちくわにアクセルは無い。前のレースで感銘を受けても離凡には『12.1』は再現できない。ちくわのリソースはまだ前後ともに99%なのだから、どちらにしろ不可能だ。
離凡のシートもカオザツと同じレフトスカート。クロックもリバースもしていないので、体はインに向いている。
「ぶっ飛べやッッッッッ!」
インのちくわが離凡へ寄る。NPCのちくわはほとんど消耗していないように見える。重量はほぼ同じだろう。曲がりながらインから寄せられると、外側のちくわはテコの原理で弾かれる。菊池との地獄のマンツーマンで嫌と言うほど言われた。
外に弾かれた崩されたところを、アウトのちくわにチャージされればちくわの横転は必至。大型漁船の甲板上のコースは、陸地のコースよりも狭い。もしコースアウトすれば、ちくわが海上で疾走れるか確かめる羽目になるだろう。
離凡はウイリーを選択。ちくわ後部がアスファルトに接触し、減速する。インの過積載ちくわの後ろ半分が外に流れる。
ここで離凡はクロックのボタンを長押ししつつ体を外に傾けた。アウトの過積載ちくわが迫る。インのちくわはダウンで減速。
接触直前でインに大きく体を傾け、長押ししたボタンから指を離す。視界が右に流れ、それに着いて来たちくわが、阻むように後ろ半分を外に流したインのちくわを弾く。
すかさずウイリー。持ち上がったちくわが、助けるべき人質ごとモヒカンを打つ。
やべっ、と思った離凡。モヒカンと人質は、ギャグ漫画のように吹き飛ぶ。
「任せろおおおおおッッッッッ!」
捕らわれていない乗組員NPCたちが、飛んでコース外に落ちた人質を受け止める。
一方、モヒカンは速度を上げて空の彼方に消えた。同時にモヒカンが親指を立てて微笑む姿が映る。
「テメーッッッッッ!よくもおおおおおッッッッッ!」
アウトの過積載ちくわに乗るモヒカンが吠えた。離凡と追うモヒカンとの間には、星になったモヒカンが乗っていたちくわが転がる。
『離凡サン、気を付けてッッッッッ!運転手がリタイアしたちくわが残っているのはおかしいッッッッッ!』
カオザツがウインドウで叫ぶ。対戦は初めての離凡には何がおかしいのかわからない。
《ムービーを開始します》
なぜか離凡とカオザツが並んで疾走る。背後には転がるちくわ。さらにその背後には過積載ちくわとちくわフィンガーの持ち主。
ちくわフィンガーが空に掲げられる。
「勝負はここからだぜえええええッッッッッ!」
「ヒャッハーッッッッッ!」
コース外……正確には海からモヒカンが乗ったちくわが乱入。転がるちくわを吹き飛ばし、レースに割り込んだ。
《ムービーを終了します》
「おかしいッッッッッ!おかしいぞッッッッッ!」
叫ぶ離凡の隣のカオザツが答える。
「いや、これ、ボスを倒さないと雑魚が延々と涌き続けるやつです……」
ちくフルの仕様でそれをやるとは。普通に考えてボスはちくわフィンガーだろう。
「涌き続ける……卑怯なッッッッッ!」
そうだった。離凡はド●クエすら知らないんだった。
「とにかく、菊池サンとの合流を目指しましょう」
ちくわフィンガーから距離を取らなくては。離凡が精神操作を受けたらどうなるかわからない。
「スロープが近いです。離凡サン、地下に何があるかわからないです。気を付けて……」
『2人とも、聞こえる?』
操舵室の方にちくわが1本。菊池だ。さらに飛んだ1本は過積載ちくわだろう。まだ人質が乗っている。
『黙って聞いて!地下は1本道ッッッッッ!絶対に減速しないでッッッッッ!重心移動もしないで……』
《電波の届かない地域に入りました》
スロープに差し掛かった瞬間、菊池の声が途切れた。




