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42 一瞬の菊池

 本当に単純な話なのだ。


 菊池は万智緒の知らない疾走りをした。具体的にはアンチPTAカテゴリである。


 万智緒にはコースへの理解と技術と経験が無かった。各コースを目をつぶっても完走できるほどの経験が無かった。ちくわにはサイドミラーバックミラーも無かった。目視に頼り死角を疑わなかった。幻聴と決め付け確認しなかった。


 菊池が速く、万智緒が遅かった。それだけなのだ。


 もし万智緒が、後ろを振り向かずに疾走れば、追い付かれるのはもう少し先であった。であれば、もっと違う結果になっただろう。






「レーサーに謝れ」


 聞こえるように言った。だから万智緒の耳に届いた。


 フィギュアヘッドの体勢で菊池はアウトから万智緒を抜きにかかる。突入角度はアンダーステア気味だ。


「うるせええええええええええッッッッッ!」


 弾き飛ばそうと万智緒はクロック。だが、時計回りで半回転するちくわの後部は、速度に乗った菊池のちくわに追い付かない。


 クロックによって一瞬だけ空いたスペースに、身をよじらせながら左手のリワインドをコンマ1秒だけ緩めてサイドアローを行った菊池は、左右にちくわが跳ねたことでオーバーステアを深めイン側のガードレールへ突っ込む。接触を狙っての行為だ。


 万智緒はまだ自分のちくわの後部が、菊池のちくわを追いかけるのを恐怖と興奮で狭くなった視界の中で追いかけている。チャージしておきながら、菊池を見ていないのだ。


 窮屈な体勢で前を向いた頃には、万智緒の目にはちくわの後部の火を噴く穴が映った。菊池は跳ねるちくわでMリスペクトを実行した。


 クロックの慣性がまだ万智緒のちくわには残っており、このまま対処しなければ菊池のバックファイアにちくわが焼かれる。……蟹系素材なので影響は薄く、リソースが十分にあるので万智緒が炎を浴びることはないのだが。


 もしもちくライダーであればおとなしくガードレールにぶつけ、その反動を素直に生かしてコースアウトしてでもバックファイアから逃れる。


 もしも……レース経験者であるなら、Mリスペクトを模倣して、成功すればそのままスリップストリームに入っただろう。蟹系素材とフグ系素材、加速は菊池より上回る。ちくフルはリアルとは異なる。追突して落ちくわさせても相手を殺すことは無い。レーサーと言う人種はキチンとリアルと虚構の区別が着く。


 ちくわにはステアリングが存在しない。急にハンドルを切るのは危ないが……それよりも、闇雲にクロックやリバースをする方が遥かに危ない。





 そして、万智緒は脊椎反射的にリバースを選択。クロックとリバースは1秒以上の長押しがいる。ガードレールにぶつかってからリバースが発動。ちくわの後部が反時計回りに半回転。しかし後部がガードレールに再接触。反動で時計回りにスピン。


 それを見越した菊池は膝を曲げ仰け反る。Mリスペクトを維持したままガードレールでダウン。フィギュアヘッドを止めたのはダウンの際にガードレールに自分が接触するのを避けるためだ。菊池のちくわの後部が()()()持ち上がり万智緒を追う。


 この展開は菊池が狙った物だ。


 万智緒は回転する世界を呆然と眺め、菊池のちくわのバックファイアが迫るのを知覚できなかった。ちょうどちくわの横腹を晒した瞬間に、バックファイアの範囲に入った。






《万智緒がリタイアしました》


 アナウンスが流れた直後、菊池もアスファルトに顔をぶつけてリタイアした。





















 立ち上がった離凡は、ギリギリと力を込めて前の座席の背もたれを掴む。


「何なんですかあれ、何なんですか何なんですか何なんですかッッッッッ!」


 ふう、と軽く嘆息してカオザツは横目で離凡を見た。


「菊池さんです。菊池白菊さんですよ、あれがね」


「おい、うぜえんだよ!」


 離凡の前の座席に座っていたヤンキー以外の何者でも無いプレイヤーが、振り向いて怒鳴る。確かに背もたれを掴まれると迷惑だ。間違ってはいない。


 間違ってはいないが、それに便乗して仲間が負けた八つ当たりを始めるのはどうだろう。


「お前万智緒サンを舐めてんのかッッッッッ!」


「その態度のせいで万智緒パイセンが負けたんだッッッッッ!」


「目上への礼儀はどうしたんだッッッッッ!」


「テメー明日の朝刊乗ったぞッッッッッ!」


 見かねたカオザツが立ち上がり、周囲に干しハマグリをばらまく。ヤンキーは離凡に絡むのを止めて、イン●ン・オブ・ジョ●トイのように屈んで干しハマグリを拾い始める。


「離凡さん、菊池さんを出迎えましょう」






「菊池ィッッッッッ!」


 決着が着いて事務所に飛ばされた万智緒は、同じく飛ばされた菊池に食ってかかった。


「どんなズルしたんだ卑怯者ォッッッッッ!どんなチート使ったんだよッッッッッ!言ってみろッッッッッ!」


 事務所にいるNPCが万智緒を押さえ付けた。菊池は無視して事務所から出る。


「仲間……ね」


 カオザツの意図はなんとなくわかった。


「無茶をする」


 敵の敵は味方……いや違う。無能な味方はなんとやら、と言うヤツだ。


 あの様子だ。100%以上の確率で万智緒は菊池に報復してくるだろう。その手段は……レースしか無い。素材の独占をされた方が損害は大きいが、それはしない、いやできるとは思えない。


「アタシの敵を、あの逆怨み女がひとまとめにしてくれるって寸法ね。カオザツめ」


 ちくライダー、いやプレイヤーとして無能な万智緒に、菊池を敵視するプレイヤーを集めさせるつもりだ。確かに無能な味方より味方らしい。


 もしレースで菊池が負けたら、カオザツはあの女を担ぐつもりだったのだろう。


 別に構わない。そのくらいじゃないと困る。


 菊池の目標の1つは、『自分が近い将来引退する前提でクランを創る』ことなのだ。カオザツならどんな卑怯な真似をしてでも、利益がある限りクランを守るはずだ。


「おーい、菊池さーん」


 外道が離凡を連れてやって来る。向かっ腹が立ったので、いつか目の前で蟹料理を見せびらかしながら食べようと誓う菊池であった。






















「醜い」


 観客席ではいまだに干しハマグリ拾い大会が続いていた。もし実況と解説がいたなら『おぉっと、しゃがんでイ●リン・オブ・ジョイ●イッッッッッ!』とか『ん~インリ●・オブ・●ョイトイの中の●ンリン・オブ・●ョイトイでしかありませんね~』などと盛り上がっているだろう。


 そのプレイヤーは醜い光景から目を逸らし、サーキットを見た。目を閉じ、菊池のちくわをイメージする。


「白菊さんは、相変わらずだな」


 彼は微笑み立ち上がる。


「駿馬さんは一緒かな。一緒だと良いな。まとめて復讐できるのに……」


 階段を降りて出口へ向かう。振り向きサーキットを指差し。


「ママの仇討ちだ」























「菊池さん、お願いが……「却下」


 漁業組合へと向かう途上、離凡の頼みを秒で断る菊池。


「聞くだけでも聞いてくださいよ~」


「わかった聞き流してあげるわ」


「鬼かッッッッッ!」


「ひょっとして離凡さんは「却下」


 助け舟を出そうとしたカオザツの話を、菊池は秒で遮るが。


「あのレースの動画がどうしても欲しいのでしょう?」


 ハートの強いカオザツは止まらなかった。


「あれの動画は残せないわ。バン……バン……バンなんとかが蟹系素材使ったし、アタシも禁じ手使っちゃったしね……」


 そこまで言って、菊池は矛盾に気付く。


 ワールドクエストで蟹100%のちくわが出たのに……


 アイテムボックスを開けて動画デバイスに触れた。


「ああ、そう言う事か」


「「何がです?」」


 公式ーーちくフルの運営会社は、プレイヤーの手で蟹系素材をばらまいて……非公式レースの概念をぶち壊したい?


「10年目の改革は……プレイヤーの手でってね」

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