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4 レガシークエスト

 菊池は左に体を傾ける。ちくわは曲がるが、非常に角度のあるバンクの初心者向けコーナーの外側に流されていく。


「くっ、またアンダーステア……」


 現在のネタちくわは前半分がほぼ燃え尽きて短くなっている。その分シートの位置が前に来ており、菊池の重量の分重心が前に来る。


「まさか難易度1ごときで()()()をするとは」


 ちくわを軽くダウン。シートの下が擦れる。リソースが減る。減速目的の前傾では無い。


 菊池は立った。ちくわが跳ね返る感触。そこでウイリー。反動を生かしててインの方向へ飛ぶ。


 タイムアタックを投げ出したわけでは無い。その証拠に菊池はロデオロープでシートに繋がっているコントローラーをしっかり握っている。


 そしてリワインドのボタンを押す。ワイヤーがシートに収納され、菊池がシートへと引っ張られた。大物を引いた釣り人のようにちくわが菊池の方に引かれ、先端がインに向き、普通の乗用車で言うドリフトのような挙動でコーナーを進む。





 菊池が使ったのは、上級者や廃人が使う難易度の高い技術でロデオワークと呼ばれている。ちくわの上から左右に飛び、リワインドでシートに戻る事でちくわの角度を強引に変えるのだ。


 サービス開始直後、レースゲームに慣れていないプレイヤーが、コーナーで振り落とされた際に偶然見つかけた運営が想定しなかった現象であり、プレイヤーの平均年齢を一気に倍にした原因だ。


 ロデオワークと言う名称は、発見者が命名した。ロデオロープも最初はただのワイヤーだった。


「ふぅぅぅぅ……なんとかイケそうね」


 命名したプレイヤーであり、現時点のちくフル廃人の中で誰よりも使いこなしているとされている菊池白菊はため息をついた。


 長い長い360度のコーナーを抜け、メインストリートに入ってホッとしたのもつかの間。後半分のリソースが10%を切った。前半分は未だ7%。


 最高速なのでリソースの消費は速いが、体重移動を一切せず直進し続ければ……


「楽々イケるわね」


 ちくわの全長はリソースに比例する。とうとう菊池の身長より短くなった。


 メインストリートの上を横切るバックストレートの真下が、スタートラインでありゴールだ。コースによっては強い横風が吹く。初心者向けコースなのでその心配はいらない。


 菊池は寺で修行する人のようにピクリとも動かない。短くなったちくわは左右にブレやすいが、これなら直進を維持できる。無難にゴールできる。目標の1周完走は達成だ。


 だが菊池は立ち上がった。このちくわはタイムアタックが終われば燃え尽きる。消えて無くなる。2度目は無い。だから最善の疾走を目指す。


 なんとなく造ったネタちくわでも、操作性が酷くても、それを言い訳にしたくない。


 リバース。続けて同じ方向のターンはできない仕様。クロックの後はリバースしか、リバースの後はクロックでしか半回転できない。


 わずかに減速。菊池は膝を曲げ、同時にクロック。半回転の勢いを受けに跳ぶ。


 ロデオロープさえ繋がっていれば、さらにどちらかの手でコントローラーを握っていれば、プレイヤーは車体の一部と見なされる。車体の一部がゴールラインを割れば周回と認められるのだ。


 ゴール前で自らを飛ばして、コンマ1秒でもタイムを縮めるのはちくライダーの習性である。





《1stラップ、24:35:22》


《コースアウトペナルティ、05:00:00加算》


《悪質なショートカットに対するペナルティ、20:00:00加算》




「うん、酷い」


 どのコースでも言えるが、1stラップは12チクワンに到達するまでの手間があるので、非常に時間がかかる。それを差し引いても遅い。レースゲームの経験の一切無い初心者でも慎重に走れば11分で一周回れるのだ。


 リワインドでちくわに戻る。目標はクリア。でももっと疾走らせたい。


 残りのリソースは6%と7%。2度のターンにより減速したが、すでに最高速。


「行け」


 ちくわが燃える。排気音がピヨピヨ響く。パリパリと炭化した部分が剥がれる。その振動がシートに伝わる。


 右コーナーが見える。リバース。後半分が燃え尽きた。シートがぐらつく。ちくわが疾走る。


「行け、行け」


 リソースが減る。6%、5%。菊池は体を右に傾ける。


「もっと行け」


 アンダーステア。外に流れる。さっき縁石を吹き飛ばしたところから芝生に出る。リソースが減る。3%、2%。


「戻れ!戻れッッッッッ!」


 せめてコースの上へ。ダメ元でロデオワーク。1%。


「戻れッッッッッ!戻ってッッッッッ!」






《ちくわは走行不能になりました》


 この瞬間は、いつも切ない。






 視界が暗転。NPCの前に戻る。


「シラギクちゃん、スランプかい?」


「……そういう日もあるわ」


 菊池は報酬の干しハマグリ1個を受け取る。たった1周のみで、しかもあり得ない遅さ。貰えるだけましだ。内心では返上したい。


 動画は残したが、はっきり言って反面教師以外の価値の無いタイムアタックだった。人に見せられるモノじゃない。


 とりあえずイワシつみれ入り味噌汁でも飲んで気分転換、と考えた菊池は事務所を出た。


 買いだめしたイワシの串焼きがストレージにあったのを思い出し、二刀流でかじりながらサーキットの観客席へ向かう事にした。全財産でもイワシつみれ入り味噌汁を買えないのを思い出したからだ。


 観客席には誰もいない。普通なら忌々しい複数のカップルがイチャついているのに。ちくフルのサーキットは遠距離恋愛のライトユーザーのデートスポットだったりする。


 VRのレースゲームは、日本人にとってのモータースポーツの敷居を大きく下げた。そしてちくフルには不良漫画的な意味での『気合の入った』プレイヤーはほぼいない。だからカップルは安心してイチャイチャする。


 悲しい思い出が甦った菊池は、具体性のあるシャドーボクシングを始めた。歯形のついたイワシが手から離れたのでスライディングキャッチ。何事も無かったように観客席の椅子に腰かけて、かじる。


「くっ、いつの間に串だけにッッッッッ!」


 今は我慢だ。全財産の干しハマグリ1個ではイワシの串焼きを2本しか買えない。タイムアタックで稼がなければ。


 スケトウダラでカッ飛ばすか?いやいや、タコとスケトウダラのハーフ&ハーフで行くか?そうだった。ありあわせの素材で造ったちくわに生命を吹き込むんだった。


 しかし、ひとりドカ食い気絶部のOGとしてドカ食いがしたい。


 アンダーステアしていく目的に振り回される菊池。





 その時、雷が鳴った。一気に空が暗くなり、見た事も無い大雨が降って来た。


 別に濡れたからどうと言うわけでもないが、菊池は慌てて事務所に戻る。


「こんな大雨、公式イベントでもないのにッッッッッ!」


 事務所の中に入る。誰もいない。


「えっ、バグか何か?」


 GMコールをしようとしたら。






()()()()()()()()【菊池駿馬(しゅんめ)の遺産 前編】を受注しますか? Y/N_》


「ふぇ?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] なぜ!ちくわにしてしまったのだろう。 宝の持ち腐れ臭を感じるのだ。 文章力には問題ないと思う。ならば問題はちくわ。 いや、でも、コロンは好き。
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