39 アンチPTAカテゴリ
そうか、ワイはファミ●ンロッキーがやりたかったんや……
「そんなに厳しいんですかね……」
観客席の離凡が首をかしげた。
「ちょっとガンバれば、サッと追い付きそうですけど」
菊池と万智緒。両方が主語だ。
「初心者なんですから、もっとオブラートに包んだ方が良いですよ」
カオザツは忠告した。離凡は気付いていないが、彼の背後では『ヤンのか?』とか『テメー明日の朝刊載ったゾ!』とか昭和風の出で立ちの観客複数がメンチを切っている。ちくフルではプレイヤーは暴力を振るえないから……何の脅威にもならないが、とにかくわずらわしい。
「万智緒さんは減速しなければ、すぐに追い付くでしょうね。ワタシだったらこの状況を維持しますけど。ちくライダーでなければ菊池さんを抜くのは不可能です」
『ヤンのかヤンのか』と連呼する背後を気にせず、はっきり言い切るカオザツ。
万智緒の応援に来ているプレイヤーは『夜露死苦』など難解だが悪意と敵意に満ちた横断幕を掲げていると言うのに、当の本人は勝利のためとは言うもの消極的な疾走をしている。野球にたとえれば満塁で敬遠する行為に等しいのに、荒ぶる態度の観客から万智緒に全くブーイングが無いのは……観客の素行そのものが打倒菊池のための仕込みなのだ。
「菊池さんは……見ていればわかります」
実は離凡は、菊池と万智緒とでなぜレースが始まったのか……全く理解していない。
「では見ています」
彼にとってちくフルは練習場でしか無い。菊池になんとなく着いて来たらここにいた。
「離凡さん、今回のレースは蟹系素材が使用されているので、非公式扱いになります。レースをする2人にはドライバーポイントは入りません。干しハマグリは出ますけど。それと非公式なので疾走る2人と観客は動画を記録に残せないんです」
それがどうしたのだろう、と離凡は思った。
「せっかくちくフルを始めたんですし、素晴らしい光景を目に焼き付けておくべきです」
素晴らしい光景?
「ちくフルへの意識が変わるかも知れませんよ」
『さあ菊池、いよいよ31LAP。現在の後半分ーーマカジキのリソースが12%を切った!』
『ん~、始めから蟹系素材相手の非公式レースですからね~ひょっとしたら、と思ってたんですがね~』
『出るでしょうね。非公式でしか出せない禁じ手を使わざるを得ないでしょう。追わせて差を縮めるには、万智緒は老獪過ぎます』
『万智緒はちくライダーではないんですよ、ん~、老獪と言うのは誉め言葉なのでしょうが酷ですね~』
『おっと菊池、最初のヘアピンに入る前でリバース。残り12%未満のマカジキを前に出しました』
『出ますね。始めからそのつもりだったのかも知れませんね。シートがターンリフトでしたし、んんん~~~』
『立ちました。シートの上に菊池は立ちました。そのまま前に踏み出します』
『ん~オカリナ型コントローラーのリワインドボタンにはすでに指が添えられていますね~』
ちくわのシートに付くコントローラーにはいくつか種類がある。
最もポピュラーなのは長方形型だ。一般人とちくライダーのほとんどがこれを選択する。握るとちょうど指先に各ボタンがあり、使いやすい。菊池もなるべくクリーンに戦う時はこれを使う。
初心者やロデオワークが苦手なプレイヤー向けとされているのが、グリップ型だ。自転車やバイクのハンドルの手で握る部分を切り取ったような形状だ。万智緒はこれを使用している。実は離凡も使っている。各指先でボタンが押せるようになっているが、ボタンが非常に硬い設定になっている。
現在菊池が使っているのがオカリナ型で、グリップ型の次に握りやすさに特化している。薬指の先が特にボタンが当たりやすくなっていて、多くのちくライダーがそこにリワインドボタンを設定する。
『菊池がちくわの前方に足をかけました。リワインドボタンを押しながら倒れました。アスファルトには落ちません。ワイヤーと自分の足でちくわに立ち、地面に水平に立ちます』
菊池はちくわに真横に立つ。左右のコントローラーから伸びるワイヤーの張力で姿勢を保持したまま、アスファルトに平行に立つ。曲芸では無い。意味のある行動だ。
『ん~出ました。一部のちくライダーのみが使う非公式の技のひとつ。フィギュアヘッドです。アンチPTAカテゴリとも呼ばれる技術です』
『もしもこのレースをPTAの方がご覧になっていたら、もしも『子供が真似をするので危ない』とGMコールをしたなら、菊池はペナルティを受けるでしょう。連帯責任で万智緒もッッッッッ!だがッッッッッ!観客席にはヤンキーしかいませんッッッッッ!偏見かも知れませんが、PTAとは無縁ッッッッッ!』
『んんんんん~これは見ものですッッッッッ!きっと色々見れるでしょうッッッッッ!動画を保存できないのが悔やまれますッッッッッ!』
『さあ菊池、左のオカリナ型コントローラーを引いた。引いた分だけワイヤーが収納され、それに比例してちくわそのものが曲がるッッッッッ!』
『実際の物理法則でそうなるのかわかりませんが、ん~ちくフルではこれで左に曲がりますッッッッッ!』
『ヘアピンに良い角度で入ったッッッッッ!ここで菊池はッッッッッ!』
左のオカリナ型で押し続けていたリワインドボタンを離す。シートに引かれるワイヤーが弛んだ。反動でちくわが跳ねる。
『ちくわが跳ねたッッッッッ!これも非公式技ッッッッッ!アンチPTAカテゴリッッッッッ!サイドアローだッッッッッ!』
『ん~~~ここにPTA関係者が存在しないと私は信じますッッッッッ!素晴らしい技術にはPTAからの講義が来るのが悲しいッッッッッ!』
『サイドアローでヘアピン後半をオーバーステア気味に進む菊池ッッッッッ!ちくわがサイドアローの反動で軋むッッッッッ!』
『その歪みは計算ずくです、ん~。左、右、左と歪むちくわ、その反動で菊池は右へ飛ぶッッッッッ!』
『アスファルトに付くかギリギリで、ん~~!何事も無いかのようにリワインドッッッッッ!』
『直角コーナーを鮮やかに抜けたああああああああああッッッッッ!』
『それで終わりません。スラローム手前ですぐさまフィギュアヘッドッッッッッ!ん~~~~~~、素晴らしいッッッッッ!ですがPTAには見せられないッッッッッ!』




