34 鯛のお造り消失事件 ~この作品の作者に叙述トリックが使えると思うか?~
お待たせしました。
「すみませーん菊池さーん」
いつの間にやらガレージの外に離凡。
「そうだわ。色々教える約束してたわ」
菊池は完全に離凡の存在を忘れていた。
「ねえリボン君、鯛のお造り食べ「一口くださーいッッッッッ!」
取り繕ろうと出した手に持っている皿の重量が、一瞬目を離した隙にごっそりと減った。
まさか。
モグモグモグモグモグモグモグモグ……
もぐらがトンネルを掘る音では無い。咀嚼の効果音はちくわと異なり、誰もが連想する擬音が採用されている。
「ゴクン……大変です菊池さんッッッッッ!一口しか食べていないのに、お造りがほとんど無いッッッッッ!事件ですッッッッッ!」
「……犯人はこの中にいるわね」
1980年代の不良漫画の主人公のように、菊池はカオザツの顔スレスレの位置でにらみ付ける。カオザツは気にも留めずにニッコリ微笑んだ。
「ワタシ、犯人わかっちゃいました」
「奇遇ね。アタシもよ……」
銃撃戦開始、とばかりに人差し指を突き付け合う2人。
「アタシはッッッッッ!一口もッッッッッ!食べてッッッッッ!無いわッッッッッ!」
「トリックですッッッッッ!菊池さんはトリックを使ったッッッッッ!恐らく叙述トリックッッッッッ!」
「ちょっとちょっとぉぉぉぉぉッッッッッ!」
探偵役として振る舞い冤罪を仕掛けようとする真犯人と、今回ばかりは本当に食べていない容疑者との間に、飛び込んで来た離凡が割って入ったッッッッッ!
「僕はリアルでプロテイン食べて来ましたからあああああああッッッッッ!大丈夫ですからあああああああッッッッッ!」
不毛な争いは、離凡による干しハマグリの提供によって終結した。
「ひょっとして僕が顔を出したから争い始めたんでしょうか?」
「そう言うわけじゃ無いから」
一口が無限大の女を菊池は横目で見る。離凡が来るまで話していた内容を聞かせたく無かったのだろう。残り99%の理由は鯛が惜しんだのだと確信している。
「まさか菊池さんの……彼氏?」
ここでカオザツの爆弾発言。
「「それは無い」」
揃って地獄を覗いたような顔で否定した。
「いや……菊池さん、その言い方は僕に対してあまりにも失礼じゃあ……」
現役アスリートの中で金メダル大多数保持者が、否定しておきながらもぬけぬけと言った。
「大 学 に 行 け……」
地獄よりも深い場所から無慈悲な言葉が溢れる。
「いや……その、スミマセンでした」
「次 は 無 い」
はは~と離凡は土下座した。
「な、なんかごめんなさい。お弟子さんですよね?」
「弟子って言うか、放って置けないと言うか……」
このまま離凡を放流すれば、後味の悪い結果になるだろう。
もしちくフルが一般的なハクスラRPGだったら、PKとかされるうちに学んだりアカウント凍結されたりするのだろうが。そっちだったら離凡をサムライ・リボンソードと見抜く者もいないはずだ。
『後編』の手がかりを探しつつ、法人を作り最低でも【連合ハマグリベース】の流通を回復した上で後進に穏便に引き渡し、蟹系素材を集めてアクティブシザーでアタシTUEEEEEする。その後引退。結構忙しい。
なら今後離凡をどう扱おうかしらね、と考えていると。
「菊池さん、彼を育てましょうよ」
うえぇ。と今にも吐き出しそうな表情をする菊池。
それに反して、土下座の裏の顔はキラキラ輝き出す。案外この男はかまってちゃんなのだ。
離凡の事情を話すべきか。カオザツは悪いようにはしない……と思う。手に負えなければ放置するだろう。
いや。大きな問題がある。離凡のちくフルへのモチベーションは一般的なそれとは致命的に逸脱しているのだ。
「アタシは自立できる程度に彼を鍛えようとしてるだけだから」
自力でイワシあたりの素材を集めて、クエストで通貨を稼ぎながら体操のトレーニングをできるようになれば十分だ。無理に他のプレイヤーと交流する必要は無い。そもそもできるとは思えない。一緒にいるだけでストレスフルなのだから。
「でも……………初心者を諦めずに……………………指導する姿を見せれば、人が集まりやすいですよ。優しく(優しいとは言っていない)指導できれば、法人へ入るハードルが下がると思いますし」
菊池の顔色によって、目に余るほど酷いのだとカオザツは判断したらしい。カオザツは【連合ハマグリベース】の難易度7を、選ぶちくわにもよるが……5周できる。
菊池は害虫を蔑む目で離凡を見た。土下座の背中に……なんか『これは面倒見てくれそうだなぁ』的なオーラで溢れている。
リアルの同僚に似たような奴がいるのを思い出した。菊池が仕事の応援を頼む度に例外無く身内に何らかの介入すべき問題が発生し、応援がいらなくなるとご都合主義的に解決して出社して来るのだ。
「保留でお願い」
カオザツは察した。
「最低限の面倒は見るつもりなのですか?」
「うん。そのつもり」
パァッと離凡から効果音が聞こえた気がしたが、不快なので聞かなかったことにした。
「本当に最低限よ。最低限ッッッッッ!」
「理解しました」
カオザツ+離凡。怖い組み合わせだと菊池は思った。
「それでですね菊池さん。味方にしたい方がいるんですよ」
「仕事が早いわね……」
嫌みだ。
彼女には菊池を担いでクランを作る構想が、競りで声をかけて来た時点であったのだとはっきりわかった。
それでも良いと菊池は思った。
社会に出て最初の健康診断でいきなり保険指導を受けて、保険指導員と上司にVRゲームダイエットを強制されたのがちくフルを始めたきっかけだ。
ちくフルには本当に救われた。社畜として大学の奨学金を返すだけの人生だと思っていた。そんな自分に少ないながらも友達ができるとは思わなかった。楽しいことがあるなんて期待していなかった。
菊池は社会に責任を求められる年齢だ。結婚は無理そうだから仕事をがんばらなければならない。
だが勤め先はブラック企業だ。そのまま勤務して改善して行くか。それとも見捨てて別の職場を探すか。
どちらも半端なことはできない。人生を賭けねば。
だからこそ、簡単に、気軽に、ちくフルを引退できない。少しで良いから恩返しがしたい。その対象はほとんど引退してしまった。ならば後に続く者に。ちくフルそのものだって恩返しの対象だ。
「カオザツ、その人にすぐ会える?」
「はい」
カオザツに何らかの企みがあるなら、それを逆手に利用してやればいい。
むしろそんな人間の方が、後を託せる。
「メールで連絡したら、すぐに会いたいそうです」
「なら行きましょ」
「ちなみに、2年目のプレイヤーで……菊池さんの知り合いです」
2年目?
菊池は思い浮かばない。
「出戻りです。1度引退して2年前に復帰したんですよ」




