30 DE☆KO☆TO☆RA破壊ボーナス
8月中には●●覚醒編が終わると、先週は思ってたのですが……
砂漠を抜け、田園地帯を抜け、ピットインで交換したカツオ100%のちくわが疾走る。
シートはエスケープ。正面を警戒するが、デコトラは来ない。砂漠にも田園にもいなかった。
可能な限り速度を落とし、空いている家があればダイナミック入室からのダイナミック退室で通り抜け、高い建築物があればMリスペクトで登って下を警戒する。
それでもデコトラはいない。
ムービーを警戒しながら進むと、とうとうスタート地点に戻ってしまった。
「おっ。嬢ちゃん戻ったんか」
クバリが出迎える。アナウンスが聞こえた。
《【動かぬ証拠】を渡しましょう》
クバリに渡すと何か起きるのだろうか。
新たなムービー開始及びクエスト発生を警戒しながら、【動かぬ証拠】の1/3から3/3までを渡す。クエスト達成のアナウンスが響いた。
これで終わりか。拍子抜けだ。
「なあ嬢ちゃん。1つ答えてくれ。どうしてそんなに欲が無いんや?」
「どういう意味です?」
「どういう意味って……デコトラのコンテナから漂う匂いでわかるやろ?」
匂い?
排気ガスは臭かった。
「アイツらがよう……闇で蟹を流しとんのは知ってるだろ?」
クバリの言葉に、大きく目を剥く菊池。
「ちくわの一撃で叩きのめせば、コンテナからな、そこそこの量の蟹が手に入ったろうに」
菊池は膝から崩れ落ちた。
デコトラはチャージで倒せたようだ。
「トラック、トラック、トラック、トラック……」
ブツブツと呟きながら、頼りない足取りで菊池は自分のガレージへ向かう。
「トラック、トラック、トラック、トラック……」
相変わらず閑散としている【連合ハマグリベース】で暮らすNPCが菊池を心配そうに見るが、彼女にまとわりついた負のオーラが声をかけるのを阻む。もしもNPCが声をかけても奇声を上げて意味不明の動きをするだけだろう。
「トラック、トラック、トラック、トラック……」
菊池の視線がさ迷う。デコトラを探しているのだろう。デコトラは特定のワールドクエストしか出ないのだが。
ふらつく足取りでガレージに入り、ゲーム内仮眠用の簡易ベッドに倒れ込む。
「蟹を喰わせろおおおおおおおおおッッッッッ!」
(もともと女性としての魅力は皆無だが)100年の恋も冷める醜い絶叫。菊池はジタバタと手足を振り回す。
「そうだ。蟹……食べちゃおッッッッッ!」
菊池がラストエリクサー症候群から解放された……かと思いきや。
「何、コレ」
ありったけの蟹を食べようとメニューを開くと、『漁業権』と言う新たな項目が追加されていた。
放心している間に色々クバリから説明を受け、全て聞き流していたのを菊池は思い出した。
ヘルプを見ると、プレイヤーやNPCを雇用する形でクランのような法人を作り、自らが所有した漁場で獲った魚介類を市場に流したり法人で保管して自分で使ったり雇用したプレイヤーに分配できる、と書かれている。
「アタシ、引退を考えてるんだけどなぁ……」
漁業権とやらは譲渡や販売ができ対人戦での賞品にもできる、ともヘルプにはある。
「だから市場に素材が流れて来ないのかしら?」
プレイヤー自身で素材の流通を管理しろ、と公式は言うのか?
「荷が重いわね」
せめて5年早ければ。せめて駿馬が引退する前なら。
漁業権の項目を開ける。
『連合ハマグリベース イワシ漁場G1』
『連合ハマグリベース シャケ漁場G1』
『連合ハマグリベース エビ漁場G1』
「もう持ってんのッッッッッ?」
そう言えば『欲の無い嬢ちゃんに託すでぇ~』とかクバリが言ってたのを聞き流した気がする。
「つうかさ……【動かぬ証拠】って何だったんだろ?」
クバリも『大人の事情』と連呼していた。GMコールで訊ねると『大人の事情です』と瞬時に返答が来た。
知らない方が良いのかも知れない。知らない方が良いことをクエストのストーリーに組み込むのはどうかと思うが……
「『G』ってのは何なのかしらね……」
元気のG、てなことは無いだろう。
「うーん、イワシにシャケにエビか……」
レース用ちくわの素材としてのイワシの説明は1度しているので省く。
シャケ、マス系は登り坂に強く、エビ系はちくわがしなりにくくなる。
「シャケは切り身も美味しいけどイクラや白子が良いんだよね。氷頭ってお正月以来ね」
氷頭はシャケの鼻の軟骨で、塩を振って水分を抜き酢漬けにして大根と一緒にして酢、砂糖、塩と和える。ウィキペディアでは柚子の皮をあしらいイクラで飾り付けると良いとあるが、作者は無い方が好きだ。たいていおせち料理に付いてくる。
「それとエビか~~~~~~♪」
エビは天ぷらに限ると菊池は思っている。100歩譲って寿司屋の卵焼きだ。寿司屋の卵焼きにはエビのすり身が入っているのが定番だ。
「どうすれば獲れるんだろ?」
このところログイン中はイワシばかり食べているのせいもあり、すでにシャケとエビの2択に絞られた。
とりあえずシャケ漁場を選択すると、法人を設立してくださいとアナウンス。
法人は漁業組合で設立できると言う。普通のクランも漁業組合で作れる。
いっちょやってみっか、と菊池は漁業組合の自動ドアを通る。クランに入っていなければ用の無い場所だ。そこいらの窓口にいる職員に声をかける。どの窓口でも法人設立の受付はしてくれるようだが。
「【ハマグリ資本連合】での法人設立には、干しハマグリ1兆個とプレイヤー1人以上NPC3人以上のスタッフが必要です」
菊池は踵を返した。好感度の高いNPCはたくさんいるのでイケるだろう。が、古くからのフレンドはほとんど引退し、現役のフレンドの半分はログイン時間が合わない。残り半分はちくライダーでは無い。一般のプレイヤーには重荷の気がした。
何より問題なのは手続き料の干しハマグリ1兆個だ。先週……蟹系素材購入費用を稼ごうとさえしなければ……転売に失敗しなければ……そのくらい楽勝だったッッッッッ!
こうなったら……
入院前までに切りの良いところまでは書きたい。




