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15 ちくわは教えてくれる

「それで離凡君、アタシが君に口出ししてしまって良いの?」


 手本を見せた時、離凡の意識が何度か意識が飛んでいたのには気付いていた。あん馬とか鉄棒とかとんでもない演技をしていたくせにだ。


「普通のプレイヤーならできる範囲で教えるけど、君の調子を崩す可能性があるならこれ以上は手伝えないわ」


 それでもカツオは分けるけど、と菊池は付け加えた。


「僕には……ちくフルしかありません」


 思い詰めて視野が狭くなっているのでは、と菊池は考えて。


「VRゲームにも色々あるのよ。例えば……体操や新体操をテーマにしたアクションRPGとかね」


「知ってます。『レントゲンクエスト』や『ファイナルフラフープ』でしょう?」


 レントゲンクエストは跳馬の技術を生かして戦うハクスラ。ファイナルフラフープはフラフープで狙撃するというFPS要素が強いゲームだ。どちらも人気の高いVRMMOだ。


「僕には都合が悪いんですよ」


「自分で言っといてなんだけど……跳馬を振り回して無双しても、跳馬が上手くなるわけじゃ無いけどね……」


「チュートリアルまではやったんですけど……あれってそういうゲームなのですか?」


 ちなみにあん馬や鉄棒や平行棒、試合会場を持って振り回すことも可能ッッッッッ!3種のメダル、禁断(きん)色、(ギンッッッッッ!)色、(ドォウッッッッッ!)色のメダルからビームを放つことだってできるッッッッッ!


「でもリアル体操の技術の応用でダメージにボーナスがかかるらしいわ」


「なんだろう。こんな状況じゃなければすごくやりたいッッッッッ!」


「そっちにログインしなよ」


「いえ。マスコミが張ってるんで。僕を利用したい人たちもね。ログインして鉢合わせたら練習どころじゃありませんよ」


 相当追い詰められているようだ。


「君にとって今さらな質問だけど、リアルの練習場って借りれないの?」


「お金が無いです。大学も特待生で入れましたけど「ストッープッッッッッ!なるべくプライバシーを語らないッッッッッ!」


 今2人がいるのはサーキットの事務所だ。プレイヤーがちらほらとたむろしている。プライバシーを話すのは、特に離凡の場合は致命的だろう。


「す、すいません」


「リアルは無理。VRも無理。そうね?」


「はい」


 サムライ・リボンソードのバッシングは、彼の大学入学後にいっそう激しくなった。当然スポンサーは付かない。


 体操選手としてあまりにも体格が大き過ぎる彼は、評論家から将来性が無いとされている。男子新体操の他の選手からも、嫉妬と何らかの理由で疎まれている。だからまともな指導者は彼に関わらない。


 個人練習するにしても、練習場が見つからない。または使用料が用意できない。


 親戚からも支援を受けられない。いや、マスコミの報道によると彼の親戚は農家ばかりだ。単純に収入が少ないのかも知れない。





「うーん」


 菊池は腕を組んで顔をしかめた。それを見た離凡は縮こまる。


 何とかしてあげたい気持ちはある。が、菊池が離凡にできる事など、少なめのログインで中途半端に鍛えるくらいだ……それもちくライダーとして。


 制限時間だってある。菊池は仕事の都合で1年以内に引退するつもりだ。それまでに蟹100%のちくわで疾走る夢と、『後編』を片付けなければならない。


「ねえリボン君。そのプレイヤーネーム、変えた方が良いんじゃない?」


 まさかレントゲンクエストでもそのネームではログインしていないだろう。


「いえ、どれほど手の込んだネームを付けてもバレます。歩き方でわかっちゃうんですよ」


「あ、歩き方?」


「そう。歩き方です。僕らは……無礼を承知で他人の動きを観察します。菊池さんが思うよりも、ずっと演技の参考になるんですよ。トップアスリートはみんなそうです。それにくっついてくる記者はもっと凄い。……だから観察眼が優れていて、アバターの身長を変えてもバレます。経験上180cm台なら比較的バレにくいんです」


 ネームで気付いた人はわかりやすい反応をするので対処しやすい、と離凡は付け加えた。


 恐ろしい世界だ。会社員で良かったと菊池は思った。


「レースやタイムアタックの中断は、筐体を強制停止させないと無理だから……落ち着いて練習できるって言うのね?」


 VR用筐体は核攻撃にも耐える造りだ。電源は備え付けの人力発電で……いくらか凌げる。破壊も妨害も難しいだろう。自然災害なら止まるが、どれほど科学が発達しても自然の制御などできない。


 ……問題はちくフルが離凡の役に立つのかだ。


「そうですね。落ち着くって言うか……何て言うんでしょうね。ちくわが僕に語りかけて来るんですよ。平行棒に立つつもりで座れ、とか。ちくわを鉄棒に見立てろ、とか。コントローラーを握ったままシートに立てればつり輪で新しい発見があるとか、ちくわが疾走る姿は跳馬に通じるところがあるとかちくわの上を歩くことで床での演技が上手くなるとかあん馬がちくわに乗り移るとか静止したちくわはまるでスティックのようだとかちくわの前後の穴はリングやフープのようでクラブやロープやボールのようでもあり僕はリボンで世界平和を描いてラブ&ピースの精神で……」






 やべー奴ッッッッッ!






 先ほどのお手本を見た離凡のように、菊池は離凡を恐れた。自分の発言に酔う離凡に気付かれないように菊池は後退するが、一瞬で背後に回りこまれた。もちろん鼻の穴は拡がっている。


「菊池さん、これからが良いところなんですよ。つべこべつべこべつべこべつべこべつべこべ……」


 コイツはこうやって他者を遠ざけたんだ、と菊池は確信した。






「とにかく、リボン君は練習のためにちくわが必要なんでしょ?」


 本当にちくフルが離凡のためになるかは、結局菊池には理解できなかった。


「そうです」


「なら普通に……無難に疾走した方が良いわ」


「そんなバカなッッッッッ!僕には時間が無いんですよッッッッッ!」


 4年に1度の世界大会は、前回のチャンピオンと言うだけでは出場できない。実績がいる。実績を元に代表に選ばれなければ出場できない。


 まだ4年ある……違う、もう4年しか無い。……実際には3年半を切っている。


「無難に疾走して、ハマグリとかの通貨を貯めるの。難易度1でも1本のちくわで30周もすれば、新しいちくわを造れる程度に稼げるわよ」


「その時間が惜しいんですッッッッッ!」


「時間を惜しんだ結果、近海一本釣り漁船に迷い込んで……キハダを1尾ダメにしたんでしょ?」


「むぐぐ……」


「アタシがその場にいなきゃ、何も釣れずに戻って来たのよ?」


「むぐぐぐぐ……」


「別に()()()()()()するな、とは言うつもり無いわ。トレーニングの環境を作るための準備をすべきだって言ってるの。リボン君、さっきの疾走り見て思ったけど、難易度1を完走できたこと……………………1度も無いよね?」


「ぬふぅ……」


 打ちのめされた離凡は膝を付いた。


「最低限の面倒はみるわ。そうね……イワシのちくわを100本造れるくらいわね」


 それほど高いハードルでは無い。()()()()()()イワシはNPCから1tあたり干しハマグリ2000個出せば買える。


 そして標準的なタイムで【連合ハマグリベース】の難易度1を40周も疾走すれば2000個以上もらえる。続けるうちに、窓口のNPCの好感度が上がるのでさらに収入が増える。


 離凡はトッププレイヤーを目指しているわけでは無い。友達作りを目的にもしていない。疾走そのものが目的だから、今はこれで良いだろう。

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