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14 サムライ・リボンソード

全てのアスリートに敬意を。

 5年前の夏。


 4年に1度のスポーツ世界大会で、3個の金メダルを獲得した選手がいた。競技は吊り輪とあん馬と平行棒。






 (非常に失礼な表現と理解しているが)2X世紀まで数百年にわたるスポーツの歴史の中では、それほど珍しくは無い。アメリカでは毎回のように現れる。日本でも水泳や柔道の個人と団体等々、そして体操も。50大会のうち7大会くらいは出るのではないか。


 誤解の無いように言っておくが、メダルの有無に関わらず、代表に選ばれたかどうかにも関わらず、またプロアマOB0G問わずアスリートは敬意を払うべきで、公的に彼らがないがしろにされることなどあってはならない。……一部の悪意ある者は消耗品のように思っているようだが。


 世界大会を終えて帰国した際、彼らは温かく迎えられる。ケガせず帰って来れたのを喜び、健闘を称えられ、メダルを取った者は称賛される。


 だが、その熱は半年もしないうちに冷め、大衆の興味は他に移る。





 だが彼は例外だった。


 理由の1つが年齢だ。最初の金メダルを取った日に14歳になったのだ。


 14歳の金メダル3個獲得は、日本では彼が初めてだった。さらに銀が3個も。


 その世界大会での体操競技は、床、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒の6種目である。


 ドラマもあった。本来リザーバーとしての参加だったが、食中毒などのトラブルで動ける体操競技代表は彼1人のみ。世界中の落胆と筋違いの批判と面白半分の中傷を跳ね返し、彼はメダルを6個獲得したのだ。






 もう1つの理由は、帰国直後に空港にて能面のような表情で『体操』の引退、次の世界大会で行われる『()男子新体操』への転向を発表したことだ。


 男子新体操は、なんと日本発祥とされているマイナースポーツだ。女子向けの新体操のように音楽に合わせ技術と芸術性を競う。


 種目はスティック、リング、ロープ、グラブの4種目。団体演技もある。


 ()男子新体操は、これまで女子のみだったフープ、ボール、リボンを男子新体操に含めた競技と。


 どのような経緯で彼が転向したのかは不明だ。態度からして望んでいたものでは無いのは、誰の目にも明らかだったが。


 14歳の若さでのメダル獲得。突然の引退及び転向宣言。熱が冷めても、彼を取り巻く嵐は止まなかった。






 そして4年後、時系列としては去年。


 彼は1人で新男子新体操に挑んだ。


 他に代表選手は集まらなかった。彼の突然の転向に批判と言う名の中傷が巻き起こり、スポンサーは撤退し支援団体は彼を見放した。素質ある男子新体操の選手は支援団体によって世界大会不参加を強制された。


 それでも結果は、金メダル7個。他国ではメダル獲得のチャンス、とばかりに体は女子、心は男子……という選手が多数参加したが、彼は全てを叩きのめした。


 彼の演技はこれまでの(女子向け)新体操のイメージを大きく覆すものであった。


 白いスティックの動きで、空と雲とその向こうの星々そして人類が立つ地球が星の1つであることを表現した。


 2つのリングの操作によって、努力の素晴らしさと運命の不条理を示した。


 ロープの制御によって、万物の栄枯盛衰を描いた。


 2本のグラブと己自身で、人は1人では生きられないと言う哀しみ、手を取り合う喜びを魅せた。


 回転するフープで、昇る太陽と沈む月と、その下で行われる人の営みで見るものに涙を誘った。


 体を転がるボールで、生と死、引き継がれる生命を謳った。


 最後にリボン。あのリボンだ。リボンを刀剣に見立て、剣舞を行い、争いと皮肉にも争いが生み出した物、この世の矛盾、しかし未来に希望はあることを観客からの大喝采によって証明した。


 これまでの新体操に哲学が無かったわけでは無い。新男子新体操に参加した選手の中で、生物学的な意味での男子は彼1人だったので、良い意味で注目を浴びた。


 各国の代表選手やマスコミは彼を称えこう呼んだ。


『サムライ・リボンソード』と。


 リボンの演技が最も反響を呼んだからだ。


 だが日本のマスコミは……











 ……そんなに悪い子には思えないんだけどねぇ。


 臭いとか嗅がれたわりには、菊池は離凡に悪い印象を抱いてはいない。





 ちくフルに限らず、VRゲームでプレイヤーは自分のアバターを美男美女にする傾向が高い。菊池もそうである。


 離凡も高身長にしては幼く可愛らしい顔つきだ。もしサムライ・リボンソードが離凡であれば、と言う前提だが。


 サムライ・リボンソードと呼ばれる少年の体格は、公式発表によると身長219cm、体重117Kgだ。顔は……非常にゴツい。それはもう常に葉っぱを咥え、風呂にまで学生帽をかぶっていそうなくらいゴツい。


 日本のマスコミはルッキズムに傾倒している。もしもサムライ・リボンソードの顔が……もう少し穏やかで目がパッチリしてれば、元歌手の自称ご意見番やフェミニストの女性ニュースキャスターが擁護した可能性が高い。


 新体操については菊池はわからないが、少なくとも体操ではサムライ・リボンソードは圧倒的に体格が大きい。体重117Kgは数字としては大きいが、菊池がTVで見た時はガリガリに見えた。


 容姿や外見もそうだが、彼にとって1番の不幸は、有力な後ろ楯が一切存在しないこと。裏を返せば圧倒的な実力を持っている証拠。それが裏目に出た。





 5年前の世界大会終了後の時点で、声の大きい人のサンドバッグだった彼は、去年の世界大会の帰国後に次のように発言した。


『次は、体操と新体操で15個の金メダルを取ります』


 体操の個人6種目プラス団体、新男子新体操の7種目プラス団体。合計15個。


 サムライ・リボンソードの発言の動機は、マスコミは興味を持たなかった。


 マスコミが大衆に伝えたのは非現実的である根拠のみ。


『あの体格で体操は無理だ』


『4年のブランクが埋まるはずがない』


『体操と新男子新体操は全く別のスポーツ。2つの競技の掛け持ちなんて不可能だ』


『男子新体操には彼を上回る選手がたくさんいる。舐めるな』


 等々。


 そこに評論家や芸能人志望のアスリートOBやOG、名前を売りたいお笑い芸人やインフルエンサーが便乗する。


『前例が無い』


『できるはずが無い』


『調子に乗っている』


『まるでトドだ』


『顔がキモい』


『痛い、とにかく痛い』


 さらに激しいバッシングの嵐を受けるサムライ・リボンソードに、支えようと言うスポンサーは現れない……と菊池は聞いている。






 本当にちくフルで体操や新体操のトレーニングが可能なのか、菊池は疑問だが……


「まあ……ちくフルは1ヶ月のプレイ料が2000円だから。VRゲームの中じゃ1番安いもんね……」


 サムライ・リボンソードは現在大学生だ。体育学部は無く、体操部も新体操部も存在しないと聞く。


「ねえリボン君。本当にちくフルしか無いのね?」


「サーキットで疾走するちくわは、素晴らしい練習用具ですッッッッッ!」


 真顔で言う離凡。それを見て菊池は、彼がアホなのか天才なのか迷った。

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