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13 菊池のちくわ操縦講座 異端編

「シートって何を選べば良いんですか?」


 スタートの時点で正面を向くのが『エスケープ』で、対戦での先行逃げ切りに向いているとされている。


 逆にスタートの時点で後ろを向くのが『ターンリフト』。こちらは中盤以降での追い込み向き。エスケープよりも30cmシートが高く、周囲を見下ろせる。


 右に向くのが『ライトスカート』、左が『レフトスカート』。どちらもコーナー重視とされている。


「初心者のうちは、自分に合ってると思うのを選べばいいわ」


 結局それしか無い。続けていくうちに、何ができるのか、何が足りないのかわかってくる。そして『何が』には模範解答が存在せず、個人個人で解決するしか無いことも。


「ライトスカートで行きます」





 ライトスカート、レフトスカートの由来は、スカートを穿いた女性がバイクの後部座席や自転車の荷台に足を揃えて横に座る姿だ。


 スカートを穿いて普通に股がると、チェーンやらスポークやらホイールやらにスカートが巻き込まれてしまうから、足を横に向けて座るのだ。





 コーナー重視を選んでオーバーステア、か。


 なぜそうなるのか菊池には想像がつかない。初心者への指導は初めてでは無い。だがオーバーステアで悩む初心者は初めてだ。


 コーナーでちくわの後ろ半分が外に流され、インの方向にちくわが巻き込まれるのが、ちくフルにおける『オーバーステア』の定義だ。


 乗用車では、後輪のグリップ不足かアクセルミスかステアリングまたはブレーキのミスで起きる(んじゃないかと思うぜ………………多分)と駿馬から教わった。


 ちくわにはタイヤが無い。存在しないタイヤは滑らない。


 さらにちくわにはアクセルとブレーキが無く、ひたすら加速し続ける。だからコーナーでの遠心力は増大し続ける。


 そもそも仕様上コーナーリングそのものが、インを攻める行為そのものが難しいのだ。


 乗用車はタイヤとアスファルトの摩擦によって推進力を得る。その運動エネルギーが遠心力を上回るから『曲がる』という現象が起きる。適切な速度で走行する限り制御はたやすい。路面やタイヤの状況で覆るが。


 だがちくフルのちくわは異なる。1チクワンーー時速5Kmで浮力を得る『設定』だ。前進する度に速度が上がる『設定』だ。(物理法則を完全に無視しているのには目をつぶっていただきたい)


 10cmだが、浮いているのだからグリップは無い。重心移動によって曲がる『設定』だ。ダウンやウイリーで減速できるが、ブレーキとは呼べない。これはもともと斜面に対応する機能で、減速目的のものでは無い。


 制作者の設定ミスでは無いのだ。本来、小学校低学年向けにリリースされたゲームだ。コーナーのアウトコースを安全に通り抜けるのが、制作者にとっての最適解なのだ。事実チュートリアルでもそのように教わる。


 最低品質の罰ゲームタコちくわでも無い限り、全速力でも難易度1は十分曲がり切れる。難易度2以降は……プレイする年齢層が大きく上がり、それに嫌々公式が対応したせいかバランスが悪く、少なくともダウンとウイリーを駆使できなければ完走は難しい。


 商売なのだから利益を得るために顧客のニーズに応えなければならない。招かれざる客でも、それが多数派なら対応せざるを得ない。


 話を戻そう。


 ちくフルの難易度1のコースでは、ソロのタイムアタックで品質並以上のちくわに乗る限り、大人しくアウトコースを通って余計な事をしなければ……致命的なオーバーステアは起きない、とされている。


 菊池自身が初心者だった時は、コーナーの半ばで、なんとなくアウトからインに入ろうとした際に、重心移動のミスでのみ体験した。


 離凡も同じようなことした……のかも。


 とにかく見てみないとわからない。





「菊池さんが座る位置ですが……」


 離凡が指定した位置は、シートの右斜め後ろ。距離は3m


「2mあれば()()()()()とは思うんですけど、どうしても気になるんで最大限離れてほしいです……」


 当たらない?何が?


「その……難易度1でも良いですか?コーナーが増えると対応できないんで……」


「構わないわ。リタイアとか気にしなくて良いわよ」


「ありがとうございます。ではタイムアタックを始めます」


 離凡はシートの右横に立つ。シグナルが光る。タイムアタック開始。


「ふんッッッッッ!」


 離凡がシートに腕をかけ、ちくわを押す。初心者にはスモウジャンパーはハードルが高いようだが。


「うん?」


 菊池は驚いた。ちくわの前進が思ったよりも速い。


 プレイヤーが操作するアバターは容姿と体型しか差が無い。スペックは全く同じだ。身長が高いと体が軽く感じて思考制御に支障が出る。それゆえ高身長は不利になると言われている。


 なのにちくわの前進が力強い。


 農業の手伝いをするから身体制御に秀でているのか、と菊池は考えた。


 VRゲームは運動神経に優れている方が有利だ。リアルでの成功体験がアバターの思考制御をスムーズにする。


 ちくわが浮く。離凡はどうにかアクション映画のように飛び乗る。声をかけるか菊池は迷ったが、黙って見ていることにした。


 ピヨピヨピヨピヨ……


 速度は7チクワン。良い速度だ。カツオには中速域でのコーナーリングに補正が入る。具体的にはアンダーステアになりにくくなるのだ。だから菊池なら最初の右コーナーは重心移動のみで対応する。


 離凡は足を伸ばし……






「えっ」






 浮いた。正確に説明すると、コントローラーを握った拳をシートの上に立て、腕を伸ばし体を浮かせた。ちくわが傾き出し、コーナーのインへ向かう。


 加速するちくわ。離凡の足が沈む。ちくわが縁石に迫る。


 その時。


 離凡の膝が曲がる。腰が曲がり、畳まれた足は腕の間へ。そこから前転……いや、倒立。


「えっ?えっ?」


 上がった足が曲がり、アウト側に向く。重心が変わったちくわは、縁石から離れる。……離れ過ぎる。


 離凡は慌てて膝を曲げ、そのまま足を腕の間から潜らせてコーナー突入時の体勢に戻す。ちくわが傾く。縁石に迫る。速度は伸びて10チクワン。ちくわが左右に震える。


 若干のオーバーステア。ドリフトらしい挙動でちくわはコーナーを回る。オーバーステアに過敏になっているのか、離凡は足を動かす。菊池に背中を向け、左腕を上げ、足を潜らせてアウト側に。


 アンダーステア。ちくわはバンクの外へ流される。必死の形相の離凡は右腕を上げ、その下に足を回す。ちくわが震える。


 コーナーの半ばでオーバーステア。動きが鋭すぎる。離凡は菊池に背を向け、足を左へ。ちくわがしなる。


 イン側、アウト側、イン側、アウト側……離凡はどこかで見た動きで両足を振り回してちくわを制御した。


 いや、制御とは言い難い。離凡の難解な動きが伝わり、ちくわの前半分と風に揺れるススキのように揺れている。


 なんとかコーナーを脱出。リソースは後半分が1%未満。ダウンもウイリーも使っていないのだから当然と言えば当然。


「やった!このやり方で、初めてコーナーを抜けたッッッッッ!」


 確かにコーナーは抜けた。だがストレートの入口で、激しくしなったちくわが左の縁石に乗り上げ……


「うわあああああああああああッッッッッ!」


 そのまま跳ねて転がって離凡は下敷きになった。菊池は地中を潜り、蟻の巣を見つけた。





《離凡は落ちくわしました。リタイアです》






「その、なんて言うか、すみません……」


 手を顎に当てて考える菊池の耳に離凡の謝罪は届かない。


「本当にッッッッッ!ごめんなさいッッッッッ!」


 どこかで見た動き。あれは。


「……あん馬」


 サーキットの事務所の床にあてられていた離凡の顔が上がった。





 まさか体操の選手とは、でもなぜ?


「その、ちくわの上が練習しやすくて……」


 離凡は菊池の思考を察して、疑問に答えた。


「いや、そういう練習場とかリアルに無いの?」


 ちくわをあん馬に見立てるのは無理がある。確かあん馬は演技中に静止するのは減点とか失格になるのでは?うろ覚えの知識を菊池は探った。 


「無いんですよ。ここしか見つからなかったんです」


 どういうわけだろう。


 菊池は離凡を舐めるように上から下へ、そして下から上へ見た。視線が頭上のネームで止まる。





 離凡。


 リボン。


 ()()()()()()()()()()





 1人の著名なアスリートの愛称が、菊池の脳裏に浮かんだ。


 もっとプライバシーを隠す努力をしろやああああああああああああッッッッッ!


 菊池は脳内で叫ぶ。

自転車の2人乗りって、昭和のマ●ジンとサ●デーで多い気がする。

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