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12 菊池のちくわ操縦講座 初級編 その2

「そろそろクロックとリバース入れてくわね」


 離凡は『入れてく』と言うフレーズの意味がわからなかった。彼にとってクロックとリバースは、ストレートでのみ使う機能だ。


 技術では無く、機能なのだ。消費したリソースを入れ替えるだけの機能である。公式サイトにもそのようにしか書いていない。


 ある程度キャリアのあるプレイヤーと対戦していれば知る機会はあった。離凡にはその機会が無かった。


 今日初めて『ちくライダー』を知るのだ。


「それじゃ右コーナーでッッッッッ!」


 クロック。


「ふおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!」


 離凡が座るのはシートの右2メートルの空中で、運転手の菊池に向いて座っている。コーナーの入口で視界が横に回転すた。背後、右、前とGが追従する。


「どう?」


 コーナーを抜けてから菊池が聞いて来たのだが、なんと答えていいか離凡にはわからない。黙っているのは失礼と思ってとりあえず親指を立てると………………彼女は歯を見せて笑う。


 図らずも離凡は、開けては行けない蓋を開けてしまったようだ。


「次行くねッッッッッ!」


 菊池は迫るコーナーに備えて体を左に倒した。ちくわが傾き、宙に浮いた離凡も傾く。


 左コーナーの角度は浅い。ロデオワークもリバースも使わず足を伸ばすだけの重心移動で攻めるらしい。


 菊池の足がピンと伸びる。ちくわがさらに傾く。離凡が傾き、背中が縁石に沈む。タンデムの同乗者に当たり判定は無い。


「んほおおおおおおおおおおお!」


 縁石の内側には草花があり、花弁や伸びた葉が刃のように離凡の目の上を通り過ぎた。





 そうこうしているうちに、ゴールラインを通過。まずは1周目完走。


「どのコースでも、どのプレイヤーでも1周目は遅いものよ」


 メインストリートがもう少しで終わる……そのタイミングで菊池はウインクした。実際にはまぶたを痙攣させたようにしか見えないが、離凡はできる限り好意的な解釈をしようと思った。


 この獣を刺激するのは危険過ぎる。絶対にラッキースケベを求めちゃダメだッッッッッ!


 離凡は別にトッププレイヤーになりたいわけでは無いのだ。ちくわ操縦の技術の中に、競技へ取り入れられる技術があるからプレイしているだけだ。ここまでは求めていない。


 それと、出会った女性プレイヤーとライトノベルみたいに……ムフ♥とか考えてもいたが……菊池は離凡のストライクゾーンから大きく離れているタイプだ。


「それじゃスピードも乗ってるわけだし、次の右コーナーは()()()()()()()するねッッッッッ!」


 コーナーの入口、インの曲がり始めの縁石。そこにちくわは突っ込み、大きくダウン。ちくわが曲がる。転がる。菊池の頭が地面に向かう……ところで。






 オッペケペー!





 ちくわが伸びて、バッタのように翔んだ。世界観を無視した効果音を鳴らして。


 菊池の、離凡の頭上を地面が流れる。


「あっ、タンポポ」


 運転手は余裕。


「てふてふ……てふてふ」


 同乗者は思考停止。


 ちくわは1回転し、路肩を飛び越えた。着地直前でクロック。ちょうど先端がストレートに向いたタイミングでアスファルトに接触。軽くウイリーさせ、最小限の減速でストレートに入る。


「今のは『パワーフェード』って言うのよ。リボン君にはまだ早かったかしらね」


 今の行為を右コーナーで行うのが『パワーフェード』、左コーナーで行えば『パワードロー』となる。ゴルフの技術から名前を取ったと言われている。


「……」


 絶対無理、絶対無理、絶対無理……


 念仏のように泣き言を心の中で唱える離凡であった。


 アタシも最初はこんな感じだったんだな~、とけしてそんなことは無かったのだが、存在しない記憶を懐かしむ菊池。


「次の技は……対戦相手がいないから無理……と」


 【連合ハマグリベース】のコースは、総じてアップダウンが少ない。だから使えない技術もある。現時点で見せられる技術が無くなってしまった。


 パワーフェードは高い衝突耐性を持たないちくわでは消耗が激しい。それでもカツオちくわの残りリソースは前97%、後98%。


「せっかくだしハマグリを稼ぐか」


 消耗によってちくわの長さが短くなると、重心移動のやり方が変わる。できるだけ多く周回して体で覚えてもらう方が良いだろう。


「よーし。なるべく速度を落とさず周回するわねッッッッッ!」


 ゲェッ!


 全力で態度による拒否を試みた離凡であったが、菊池はもう前しか見ていない。










「凄い……ハマグリが13万個も……」


 離凡が少しやつれたように見えるのは気のせいだろう。精神的にやつれたのは間違いないはずだが。


「まだまだよ。結構加減したのよ」


 49周。ウインドウの中で、ラッキーセブンを2乗したわりに不吉な数だけ並んだラップタイムをスワイプする菊池はため息。


「これじゃあ……参考にはならなかったかもね」


 いやいやいやいやいや……と離凡は迅速に首振り。


「そんなこと無いです。さすがですよ菊池さん」


()()()されても困るわ。アタシより上なんていくらでもいるのよ」


 謙遜のつもりなど無い。『弟子』がまともなちくわに乗っていたら惨敗していただろう。


「……菊池さんって上位ランカーだったりします?」


「一応、77位ね」


「……は?」


「引退した人ばかりだけど、上には上がいるから。プレイ動画とか見ないの?」


「いや全然見ません。あまり先入観を持ちたくなくて」


 やっぱこの子アスリートだわ。菊池は確信した。


 踏み込みすぎたとも思った。


「ねえ、疾走るところ見せてよ」


 離凡は迷う素振りをした。


「ちくわに乗る時間が確保できた方が、色々都合が良いんでしょ?」


 迷いながらも離凡は頷き。


「お願いします」






 タイムアタックで干しハマグリは十分得られる。素材は市場がまともに機能しているなら手に入る。


 わざわざ漁業をやる必要は無い。いくらログイン中は時間が10倍に加速するとしても、時間は有限だ。


 ちくわでサーキットを疾走する行為そのものを、離凡は必要としているのだ。


「失敗しても良いから、手本は1度忘れていつもの通りに疾走して見せて」


 菊池はこのあと、『異端』を知る。

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