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11 菊池のちくわ操縦講座 初級編 その1

今さらですけど、ブックマークと評価をくれた方、ありがとうございます。

 血のように赤いちくわ。それがカツオ100%のちくわの色合いだ。


「カツオのちくわって美味しいんですかね?」


「そもそもカツオでちくわが作れるのかしら……」





 日曜朝に放映する有名な大御所芸能人のバラエティ番組で、マグロのトロでちくわを作ったらしい。味は酷いモノだったと言う。


 『カツオちくわ』が水産大国である日本の一般大衆に認識されていない時点で………………鬼門なのは明白だろう。





「カツオ系素材の特徴は、マグロ系ほどじゃないけど摩擦耐性が高いこと。あと中速域でのコーナリングに補正がかかること。硬度が高めでしなりにくいから乗りやすいこと、欠点らしい欠点が見つからないことかな」


 加速性能は平均よりやや遅い。が、最高速度が12チクワンであり、どの素材のちくわでも最高速に変わりは無い。ちくわを擦るかぶつけるかしないと減速できない仕様を考えると、加速性能はそれほど重要では無い。……さすがに最低品質のタコちくわのように鈍いと辛いが。


 ここまであえて伏せていたが、1チクワン……イコール時速5Kmである。12チクワンで60Km。ちくわの最高速は原付の最高速度と同じなのだ。


 速度が上がる度に視界の中央に集中線が現れ、色の判別がしにくくなり、視界そのものも狭まる。また速度上昇に伴い強い風圧を体に受け、コーナーで明らかに過剰なGを体感する。


 だからプレイヤーはちくわに乗るとき激しいスピード感を知覚するのだ。


 観戦するギャラリーの目にも、サーキットで疾走るちくわに様々なエフェクトがかかるように見える。また独自性が強い……いや極北とも言える効果音によって、プレイヤーの感覚が色々ダメになるのも悪影響……影響しているだろう。


「中速域ってのは4チクワンから8チクワンまで。長いストレートが無くて、短いストレートが多いコースで光るちくわよ。細かい傾斜が多いコースでも重宝するわ」


 素材が最高品質なのは菊池の尽力によるものだ。


「それじゃ……【連合ハマグリベース】の難易度4のコースに来たわけだけど、タンデムするからね」


 タンデムは2人乗りを指す。同伴する者にちくわの操縦を教えるための機能なので……


「シートの真横に空気イスって、色々凄いですね……」


 菊池のちくわのシートはライトスカート。スタート時点では右に向かって座る体勢になる。離凡は彼女の2メートル先の空気中に座っている。


 同乗者の位置はシートの半径m以内に設定できる。運転手の真横で見るのが1番わかりやすいので、菊池がそのように設定した。


「大丈夫よリボン君。そのうち色々諦めが付いて突っ込まなくなるから」


 後ろに乗ってラッキースケベ等の期待を裏切られた離凡は、墓から甦る勢いで突っ込む。


「ダメやんッッッッッ!」





 シグナルが光る。離凡に手本を見せるためのタイムアタックが始まった。


 力士のように構えた菊池が、カツオ100%ちくわに体当たり。飛んでリワインド。ちくわが火を吹く。


「……暴力的なスタートですね」


 一般のプレイヤーは、シートの横に待機してスタートと同時にちくわを押す。


「ちくライダーとの対戦時は、ちくわに乗る前に妨害して来る可能性があるの。だから『スモウジャンパー』で様子を見なきゃダメよ」


 確かにシートの横に立って、ちくわを押した方がスムーズにスタートを切れる。前章でのレガシークエストのように、ちくわに乗る前に妨害を受ける可能性がある。乗る前にちくわに弾き飛ばされてもリタイアにはならない仕様だが、結構痛いので避けたい。


 対戦前に紳士協定を結んでも守られる保証は無い。それを理解しているからちくライダーはスタート前にちくわの背後で待機する。そこから先ほどの菊池のようにスタートを切ることを『スモウジャンパー』と呼ぶのだ。





 ちくわは順調に疾走り出した。


 短めのメインストリートで速度は5チクワンに届く。例の最低品質ならまだ3チクワンに届かないはず。


 最初のコーナーが見える。角度は右に60度。現在体を右に向けた状態の菊池は、背もたれを倒してゆっくり背後に手を伸ばす。ちくわは軽く左によれた。いったんアウトに寄せる。


「外から中にえぐるようにコーナーを攻めるのよ」


 背もたれを戻して背を伸ばす。両足を伸ばすとちくわは、近付いたコーナーのインへと先端を向けた。そこで足を戻す。


「重心移動ってゆっくりで良いんですか?」


「ゆっくり、って言うか……速やかに。()()じゃなくて()()()()


 日本の野球で最も有名な選手の天才的な指導が離凡の頭に浮かび、不安が増した。


「アタシも速く重心動かす場合はあるけど、リボン君はアタシより身長が高いじゃない」


「アバターの身長の高低差で重心移動の影響力が変化するってことですか?」


 飲み込みが早い、と菊池は頷いた。


「お手本を参考に自分でやってみることね」


 ちくわはコーナーの出口に近付く。


「コーナーからストレートの切り替えの部分は慎重にね。コーナー脱出の角度をいつも気にかけなさい」


 最初のコーナーの後のストレートは短い。正確にはストレートに入ってすぐ微妙に右に曲がる。しばらく行くと左に40度の緩いコーナーだ。


「初心者のうちは常にアウトからコーナーに入ることを心がけて。他のレースゲームみたいにインベタを攻めても加速しないから」


 速度は8チクワン。小刻みなダウンで7チクワン強まで減速。


「補正があるなら、できるだけ使うッッッッッ!」


 軽い重心移動のみで制御されたちくわがインを、インの縁石ギリギリを舐めるように通り抜けた。


「次、右直角ッッッッッ!」


 速度は11チクワン。運転手と同じ視覚効果の入った離凡の目には、コーナーの角が刃物か何かのように感じられた。


「ダウンで減速してッッッッッ!」


 ちくわの前半分が沈む。





 ポッポッポッポッ……





 ここまであえて描写しなかったが、ちくわの底がアスファルトに削られると鳩の声が響く。


「ここで立ってッッッッッ!」


 菊池はシートからちくわの沈んだ前半分に走る。


「跳んでッッッッッ!」


 反動で持ち上がった前半分の勢いを受けて跳び。


「リワインドッッッッッ!」


 巻き取られるロデオロープ。菊池とちくわが引き合い、ちくわの先端がインへ向く。


 12チクワンに達したちくわは、速度を維持したまま直角コーナーを抜けた。


「どう?参考になったでしょッッッッッ!」


 石像のように固まった離凡は、どうにか唇だけで『はい』と言った。

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