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大きな人の木の下で 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、少女はあっても少男とはいわず。魔女といっても魔男といわず、か。

 いや、最近は言葉に関して少し調べ物を始めたんだけどさ、女にだけあって男にはない、みたいなワードが少し目に着いちゃって、やたら気になるんだよね。

 まあ、雄々しくありたい男性像のもと、「少」とか「魔」とか頭にくっついた日には、情けなさの方が先立ってしまうかな……いにしえより、見栄でもいいから地力が優れていると見せなけりゃ、メスに振り向いてもらえない競争社会だものね。

 最強や伝説を負う。そこへ憧れるのも、受け継がれた遺伝子の名残なのかもしれない。

 そして僕たちが望む姿でないだけで、大きな視野で見たならば、すでに伝説を背負っていることだってあるかもね。

 僕の昔の話なんだけど、聞いてみないかい?



 我ながら、寝相の悪さはなかなかのものだと思っている。

 一年の四分の一から三分の一は、寝た時とは違う位置で目覚めてしまうんだよね。

 大半は布団の中で向きだけ変わっているだけで済むけれど、残りは布団の外で目覚める。

 掛布団を蹴散らしているケースにとどまらない。自分自身が、敷布団をおおいに外れて寝転んでいることもあった。

 こればかりは性分と、幼いころからなじんでいることもあって、特に不自由は感じていなかったよ。

 はたからみる家族には、心配なものとして映るのは無理ないけれどね。


 だから、その朝の僕の足の汚れようには驚いたさ。

 布団から外へ繰り出した足は、裏いっぱいに茶色いものをこびりつけていたんだからね。

 特に嫌な臭いがするでもなく、おそらく土だと思われた。

 実際に立って、足をつけた畳を汚すまでは、その存在に気づけないほど違和感のない付着具合だ。

 部屋の内部も、出入り口付近にまで点々と同じものが落ちている。家族によると、家のそこかしこにも同様。僕が歩き回ったであろうことを、示唆していた。


 しかし、足をどうして汚すことがあったのか、僕には見当もつかない。

 言いつけで、寝る前にはきっちり入浴をして身体は洗うし、以降は家を出ることも禁じられている。土を踏む機会はない。

 もちろん、家の中で土がむき出しになっている箇所もない。そうなると、僕自身に夢遊病の気でもあるのだろうか?

 両親と首をかしげていると、朝早くの土いじりを終えて戻ってきた祖母が、ひょっこり顔を出した。

 持っている土地の関係で、家と畑は少し離れたところにある。一度作業を始めると、戻ってくるまで時間単位を要することもザラで、この家の事情に気づいたのもこの時が最初だったんだ。

 その祖母が家と僕の状態を聞くや、もしやと思って、草を摘んできたカゴの中からよもぎを取り出して、僕の土のついた足裏へ押し当ててくる。


 まるで、じかにくすぐられているかのようなこそばゆさが走った。

 笑いながら暴れそうになる足を、ぐっと抑えながら祖母はたっぷり十秒間、よもぎを押し当ててから離す。

 たっぷり土を得たよもぎの葉。そのはがれた土に隠されていた足裏には、くっきりとミミズを思わせる腫れが浮かんでいたんだ。

 いや、ミミズと呼んでいいのだろうか。のたうつような数センチの細長い身体の側面には、ムカデの足を思わせるような突起も引っ付いているんだ。


「こりゃあ珍しい。あんた、『ヤドリギ』の役目を任されたようだよ」


 祖母は話す。

 ヤドリギの木は愛の木という側面があり、その下では若い女性はキスをこばむことができないとされる。

 しかし、それは人の文化に限った話ではない。

 その下であるならば、男女のむつみあいが許される……その許しを出すヤドリギの役目をどうやら僕は負わされたらしかった。

 土はその予兆。地に立つ木のごとく、足をそこへつけることによって力を得る。ミミズに似た形の腫れはそれを承った証。

 近く、僕は木の代わりとして、その役割を果たすだろうと教えられたよ。終われば、いつも通りに戻るだろうとね。



 両親はそのことを不安がり、一晩中、僕のそばにいて起きていると話したけれど、祖母はおそらくうまくいかないと告げる。

 多くの命の念願は、わずかな命の決意をものともしない。おそらくその願いは退けられるだろう、と。

 そうはなるものかと、父と母はその晩、僕の部屋へ布団を移したが、果たして祖母の言うとおりになった。

 いったん僕が寝付くまでの間、二人は確かにしっかり起きていて、夜を明かす気概もバッチリ見せていた。

 それが、僕が一度寝入ってからふと目覚めた折、寝る前まで両脇に座り続けていたはずの2人が布団へきれいに横たわっている。

 当の僕はというと、しっかり隠れた掛布団の上へ、もろに身体を横たえていた。

 手足は大の字。左右に眠る父母は、それぞれスペースを取るかのように横向きに寝込んでいて、そのすき間へぴったりはまるように四肢を広げていたんだ。

 そのうえで、指一本すらぴくりとも動かせない金縛りと来ている。

 寝間着もまた、無数の爪で引っかかれたかのように幾筋も生地へ長い傷をつけられている。それらは完全にちぎれ取れてしまうことなく垂れ下がり、木々のしだれを思わせる形だったよ。


 その、しだれたちを中心に、かすかに灯っては消える、いくつかの小さな明かりたちがある。

 蛍だ、ととっさに思った。

 以前、遠出した夜の清流でのみ、その姿を見たことがある。家のまわりでは、彼らの住める環境は残ってない、とも言い添えられて。だから、家のまわりで蛍を見ることはかなわないと。

 それがいま、このずたずたになった寝間着の垂れ下がる端を寄る辺にして、光たちが身を寄せ合っているんだ。

 明かりはあまりにささやかすぎて、暗闇の中であっても、ひとつひとつの放つ光はその光源をあらわにしてくれない。もしかしたら、彼らは僕の思う蛍とは違うものかもしれない。

 しかし、その彼らの集まりは、いまやちぎれて垂れるパジャマの生地一本一本を、塗り替えんとするばかりに取り付いて、しばしの時を過ごしている。

 身体は動かせずとも、そこにどこか安らぎめいた空気が漂っているのを僕は感じていたよ。


 気づけば夜が明けていて、あの光たちもいずこかへ消えている。

 両親も自分たちがこうもきれいに寝入ってしまったのに驚いていたし、僕の足裏にはまたたっぷりと土らしきものがついていた。パジャマもまた切られたままで、あの景色が夢でなかったことを物語っている。

 この世界のどれほどに身を置けるか分からない彼らは、こうして場所を選んで作って、羽を休めていくのだろうかね。


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