4(最終話):神様、転生させてくれてありがとう
「なんですって……?」
これには転生者の私も口をあんぐりと開けてしまった。【マジ&プリ】のゲーム開始時は既に戦争が行われている状態だったから、ゲーム内ではどちらから戦争を仕掛けたかなんて設定は語られていないし、ジュネの記憶の中を辿った限りでは魔の国が侵略してきたと聞いている。
……ただ、よく思い出してみれば。
「う、嘘を言うな! おい、その魔物は嘘をついているぞ!! お、おお、俺の国が侵略などするわけがないっ! デタラメを言うな!!」
アーネスト王子が震え声で主張する。魔皇子の落ち着いた話し方と比べてしまうと天と地の差を感じるわ。よく思い出してみれば「魔の国が侵略してきた」というのは王家の一方的な主張で、なんの証拠もないのにこの国の皆が信じているだけなのよね。
「ではどちらが嘘をついているのか確かめてみましょうか? この首飾りで」
「ほう?」
私は再び首元に手をやりそう言うと、魔皇子の声音が俄然興味を持ったものに変わる。
「これは我がエスモンド家に伝わるもうひとつの家宝、真実の首飾りです。この中央の魔石に手を当て、言葉を述べてから『真実だと誓う』と宣言すれば、その言葉の真偽がわかりますの」
「万が一嘘ならば?」
「嘘をついた者は雷に打たれたようになります。人間ならば瀕死。魔族とて無傷では済まないでしょう」
「ハハハ、それは面白い。まあ俺には全く問題ないがな。嘘はついていないのだから」
彼はそう言うとすぐさま、躊躇いなく私の首飾りに手を当てた。
「魔の国はこの国から戦争を仕掛けられ、今も戦争中だ。これは真実だと誓う」
この場は一転して静寂に包まれた。会場の人々は皆、魔皇子が首飾りの裁きに苦しむことを期待し、固唾をのんで見守っていたのでしょうね。私も念のため、魔皇子の言葉からたっぷり10秒の間を取ってみた。けれど何も起こらない……やはり真実なのかしら。ただ、魔皇子も被侵略側だと主張している魔王に騙されていると言う線も無くは無いわよね。ここはやはり。
「では、アーネスト殿下も真実の誓いを」
「ひえっ!?」
私が王子に水を向けると、王子と思われる影はド近眼の私でもわかるほど飛び上がった。
「殿下? 我が国が侵略などするわけが無いのでしょう? この首飾りに真実だと誓ってくださいませ」
「い、いや、それは……きょ、今日は俺は体調が悪くてだな……」
完全にしどろもどろになっているアーネスト王子に思わずため息をつくと、ほぼ同時に会場のあちこちから同じ様な吐息が漏れる。これはもう首飾りに誓いを立てるまでもなく……。
私の隣の魔皇子がからからと笑う。
「ハハハ、勝負あったな。しかしこの国の王子がこれ程矜持も胆力も無いとは。国は違えど同じ次代を担う者として情けない。これではこの男と今ここで和平を結んでも全く信用できないぞ」
「恥ずかしながらおっしゃる通りですわね。兄から急ぎで遣いの者を戦地に居る国王陛下へ出させますわ。日を改めて正式に陛下と和平を結んで頂いて……」
「そんな悠長な事は出来ない。今、俺の配下達が必死で戦線を守ってくれているのだから」
「しかし」
「今、国王は戦地と言ったな。ならばあとは魔力を辿れば恐らく会えるぞ」
「え!?」
「一緒に来い」
そう言うと彼は私の肩を抱き、一瞬でワープをした。なんと! この国では失われた究極魔法のひとつである空間移動魔法を使えるとは!
◆◇(しばらく後)◇◆
「帰ったぞ。俺の愛しいジュネ、変わり無いか」
「お帰りなさい旦那様!」
公務から帰って来た夫を私は喜び出迎えた。いつもの瓶底眼鏡に、ボサボサの髪、薄汚れた白衣という姿で。
「見てください! 魔石に私の闇魔法を込めることに成功しましたの! これでわざわざ各地に出向かなくても『生命吸収』での回復を望む人々に渡すことができますわ!」
「おお、これは凄いな。流石だ。……だが」
魔石を覗き込んでいた夫はその目を私に向けると手を伸ばした。彼の手は冷たいけれど、私の頬を優しく撫でる動きに愛と労りが込められているのが伝わってくる。
「ジュネ、またやつれたのではないか? これのために無理をしたんだろう。約束を破ったな?」
ああ、すっかりお見通しね。流石私の旦那様。
「……ごめんなさい。でも、どうしても一刻も早く完成させたくて」
あの後、怯える国王と状況がわからず目を丸くする父の前に私達はワープし、事情を説明して無事和平を結ぶことができた。勿論父は私が魔皇子の花嫁になるのに大反対したけれど、洗脳などされておらず間違いなく私の意思で結婚をする……と真実の首飾りに誓って見せたことで渋々許してくれたの。
魔の国の方はもっと大変だった。戦争を終わらせた魔皇子を英雄だと称える魔物と、人間と……それも甚大な被害を与えた宿敵エスモンド伯爵の娘と結婚するなど許せない! と反対する魔物でまっぷたつに意見が割れてしまった。
だから私達は各地を周り、戦争で傷ついた者たちに闇魔法の『生命吸収』を逆流する形で使い、私の多くの魔力と少しの生命力を分け与え彼らの傷を癒した。
実は魔の国が戦争で劣勢だったのは、エスモンド伯爵の活躍もあったけれど、魔皇子が死者を殆ど出さないように防戦一方に戦いを集中させていたのもあったからだったの。
それで私がお詫びを兼ねて皆を癒す度に、反対派も減っていった。ただあまりにも被害を受けた魔物が多くて、倒れそうになる直前で休んで魔力と生命力が回復したらまた癒しを行う……ということを繰り返していたら「無理をするな」と魔皇子に怒られてしまった。
でも、反対派に彼が「あの娘を娶るなら次期魔王の座を辞退しろ」とまで言われて私はとても悔しかったの。優しく強い彼こそ次期魔王にふさわしい人だと、どうしても魔の国の皆に認めさせたかった。
「あなたの邪魔は誰にもさせないわ……」
私が彼の手に自分の手を絡めてうっとりと見つめながら言うと、彼は美しい顔を少し歪めた。
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいのだがな……。やはり複雑だ」
「まあ、そんな事仰らないで。わたくしが喜ぶ言葉はご存知でしょう?」
「ああ……」
彼は複雑な表情のまま唇だけで微笑んで言った。
「ジュネ、愛している」
「はうううううん♡♡♡♡」
私は彼の声に痺れる。ああ、最高だわ、最高すぎる!! 神様、ジュネに転生させてくれてありがとう!!!
敵キャラだからゲームではCVの存在しなかった魔皇子が、まさか神ボイスゲーといわれていた【マジ&プリ】の攻略対象達よりも美声だったなんて完全に想定外だった。私はあの時初めて彼の声を聞いて、一目惚れならぬ一耳惚れで落ちてしまったの。声フェチの私にとって、あの声で愛でて貰えるなら見た目なんてどうでもよかったのよ。だって眼鏡を外してしまえば見えないんだもの。
……でもね。ひとつだけ問題があって。
彼ったら私が本気で惚れ込んでるのに、いくら言葉を尽くしても完全には信じてくれないの。和平の為に私が好いているフリをしているのだと思っているみたい。あれで意外と繊細と言うか、見た目にコンプレックスがあったみたいなのね。
決戦では第二形態に変身していた様に、彼は自在に変身できる能力も持っている。最近は人間に似た美形に角を生やした姿でいるけれど、それも反対派は「人間にすり寄ってる」って批判しているの。いっそのことエスモンド家に返した真実の首飾りを借りてきて「わたくしは皇子の見た目がどう変わろうと愛しています」って誓ってしまおうかしら。
「ジュネ、どうした?」
はっ。いけないわ。つい色々考えて自分の世界に入るのが私の悪いクセね。
「いいえ、何でも。わたくしも愛していますわ」
「……ああ、無理をしなくていいんだぞ?」
……あっ、でも今のままでも良いかも。美声の美形が叱られたわんこみたいに上目遣いで心配そうに見てくるの、意外と良いものねっ!!
私の中の新たな扉が開いてしまいそう♡
=END=