2:屁理屈を並べ立ててでも逃げ切る!
仕方ないのでプランBに移行。念のためプランCも視野に入れて姿勢や美貌も出来る限り磨きつつ、魔導具を開発しまくる。ハッキリ言って辛かった。食事なんて常に魔導と美の研究をしながらだし、家に帰る時間が勿体なくて殆ど研究所に泊まり込みだったもんね。
その甲斐あって強力な魔導具を幾つか作成し、父親……つまり、この国の魔導士長でもあるエスモンド伯爵を焚き付けた。これで戦争中の魔物達を蹴散らしてきて! と。
要は、夜会イベントの前にさっさと魔の国の軍勢を倒してしまえば良いのだ。そうすれば異形の魔皇子も私を花嫁に連れ去ることもないだろう。
しかし魔導具を持ったエスモンド伯爵は鬼に金棒状態で戦ってるらしいが敵もさるもの。国境ラインを少し越える所までは行ったが、それ以上の侵攻は食い止めて応戦しているらしい。
私の目論見は破れたが、好調な自国軍に気を良くした国王が、自分が訪問することで彼らを更に鼓舞させ、もうひと押しでキメる! と戦場近くまで出張って行ったのが10日前。
これに私はホクホクした。自国が魔の国と戦争中で国王不在となれば夜会など中止になるだろうと思ったから。
しかし、ゲームの強制力なのか? アホ……げふんげふん……アーネスト王子はこんなご時世なのに強引に王宮で夜会を開いてしまったのだ!
ああーーー!! くそぅ見誤った!! 国王が王都にいれば「夜会での婚約破棄なんてアホな真似をしたらマズいですよね?」って事前に父か兄を通じて裏工作のひとつも出来たかもしれないのに!!
国王不在の今、王都で最高権力を持つ者は王太子であるアホ……げふん、アーネスト王子だ。彼の愚行を真っ向から止めるものなど居ない。……婚約者の私を除いては。
結果的に私にはプランC……つまり、夜会が終わるまで何としても婚約破棄をさせないこと。あの手この手を駆使し、屁理屈を並べ立ててでも逃げ切る!……という選択しか残されていなかった。
◆◇(以上、回想終わり!)◇◆
アーネスト王子の震える声が聞こえる。
「お、お前……いつもと態度が全く違うだろう! 普段はそのように饒舌ではなかったではないか! あ、まさか別人では!?」
「いいえ。わたくしのこの顔、この身体、間違いなくジュネ・エスモンドでございます。わたくしが今身に着けている首飾りにかけて、真実を述べたと誓いますわ」
私は首元に手をやり、ひときわ大きい魔石が中央に座している首飾りに触れて宣言をした。夜会の参加者からは尚一層ざわめきが起こり「あれが噂の……」という言葉があちこちにのぼる。
「わたくしは代々魔導士長を担うエスモンド家の名に……それだけではなく、今前線にいる父や、父の名代を務める兄の顔にも泥を塗るような恥ずべき点があってはならないと考えています。ですから、婚約を取り消すにあたり家を通じてそっと申し出るならともかく、戦争下で夜会をわざわざ開いてまで人前で罵られるなど断じて受け入れられません。あってはならぬ狂気の沙汰ですわ」
そもそもこの婚約だって別にわたくしやエスモンド家の希望じゃない。人並外れて高い魔力を有する魔導士の家系を王家が取り込みたいから、国王の命で結ばれたものだ。
「な、何だと……!」
たとえ顔は見えなくとも声の調子でわかる。あのアホで単細胞で言葉のバリエーションが少ないアーネスト王子は苦虫を噛み潰したような顔をしている筈。(前世でゲームをしていた時はこんなアホだとは気づかなかったよ!!)
「言わせておけば! 俺を愚弄したな……不敬罪で」
「まあ! 不敬だなんて。わたくしが『殿下にふさわしくない女』と呼ばれたことへの反論を致しましたのがよくなかったのでしょうか?」
そらとぼけてそんなことを言うなんて、まるで本物の悪役みたいと自分でもチラッと思ったけど、ここはゴリ押しで行くべきだ! と思ったので気にせず喋り続ける。
「まさか私がオーロラ嬢より美しくないのが婚約破棄の理由かと申し上げたのが不敬だと? そんなわけありませんわよね! それを侮辱と感じるならばその言葉は真実だとお認めになるということですものね?」
「うっ!?」
うって言ったよこのアホ王子。図星だったわ。
そもそも私が言ってるのはかなり強引な屁理屈だ。「お前面食いなだけじゃん」って言われてるんだから、それを真実だと認めなくても侮辱とか不敬に取ったっていい筈なんだけどね。やっぱり面食いでアホだからそこには気づいていないみたい。
「わたくしが殿下をいつ侮辱致しましたの? むしろ侮辱されたのはわたくしの方だと考えておりますが」
もはや周りからはヒソヒソ声も聞こえない。婚約破棄を突き付けられた方の私が逆にアーネスト王子を圧倒している事に、そして王子の旗色が悪くなってきたことに夜会に参加した人は気づいている。
「は、はははは、不敬罪は冗談だ! だがお前が俺にふさわしくないのは本当だし侮辱ではない!」
王子は声が上ずりつつも笑った。あらら、冗談だと切って捨てたのはアホにしては良い判断だと思う。
「お前は光魔法が使えないだろう! 俺の妃には貴重な光魔法の使い手、オーロラこそがふさわしいのだ」
「アーネスト様……」
ヒロインがうっとりとした声を出すのを遮るように私は正論をぶつける。
「ええ、確かにわたくしは唯一光魔法だけは使えませんわ。でもほんの少し光魔法の治癒が使えるのみの彼女がふさわしいなんて国王陛下はお考えになるでしょうか?」
私は「のみ」を敢えて強調した。それは光魔法が使える事を差し引いても余りある程、彼女は王子妃になるにはふさわしくない点があるという意味なのだけれど。まあアーネスト王子は気づかないわよね。彼は勝ち誇った声を出す。
「ははは、ほんの少しだと? お前は魔力の高さが自慢だろうからそう言うのだな! よく聞け、オーロラは先日『完全治癒』の魔法を使ったのだ!」
「存じております」
「は!?」
『完全治癒』は光魔法の中で最も高難度の魔法。当然、高いパラメーターと経験値によるレベル上げが必要。ただし、王子が魔物に襲われて深傷を負った際にヒロインが助けるイベントがあるため、レベルが低くても使える抜け道も用意されている。そのイベントは先日起きている筈なのだ。
「オーロラ嬢は、普段は下級の治癒魔法しか使えません。ご自身でそう教会の司祭様に仰って光魔法の教えを請おうとなさっていたそうですもの。そうそう、司祭様は男性でしたわね。それもとても魅力的で頼りがいのある素敵な方」
私の言葉にピンク色のドレスが揺れた。動揺のために上ずったヒロインの声が出る。
「そ、それがなんの関係が!?」
「ジュネ、お前、何が言いたい!?」
私は何か言いたげに流し目をして見せた。1ヶ月前、無視されつつもヒロインに話しかけてみてわかったことがある。
彼女は転生者ではない(転生者であってほしかった!! もしそうならジュネの運命を知っているだろうから、夜会で婚約破棄にならないように協力を頼むことも期待できたもの)。
そして、ゲームではヒロインであるオーロラを育てて行きレベルが上がる毎に各能力を上げていけるけれど、明らかに今の彼女の能力は戦闘よりも攻略寄りに割り振られている。つまり、魔力や体力よりも見た目の美しさのステータスがすこぶる高いのだ。
それはそれで攻略対象(私の推し、超イケオジな司祭様を含む)を次々と落として、パーティーを強くできるのだから悪い方法ではない。ゲームならね。
「おい、サッサと言え!」
焦れたアーネスト王子の言葉に私はにっこりと答える。
「オーロラ嬢が司祭様と大変親密に接していらしたと聞いたものですから。ついでにうちの兄とも親密でして。ね? 兄様」
私の呼び掛けに、後ろから進み出るカツカツという足音が応えた。
私を夜会にエスコートしてくれた兄、父の名代でもあるジェイムズ・エスモンドだろう。
「あっ」
ヒロインと思われる方向から、小さく可愛らしい声が漏れた。