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マーダーM  作者: 瞑想
4/5

木曜日/緑の車輪


ーーーーー


④ 木曜日は解剖台の天使


『木曜日のことだ』


尋問官の声は低く/低く

硝子の鍵が静かに折れる音のようだ。

その低く澄んだ振動が

天井の蛍光灯の奥までを貫く。


マーダーMは動かさない/瞼すらも

彼女は壁に映った影よりも静かに

壁画の中の少女より鋭利に存在している。



『法医学室の助手が死んだ』



『……』



沈黙



黙するのは金



『男だった。

 三十二歳。

 大学病院の地下二階

 管理室の椅子に座ったまま

 冷たくなっていた』



尋問官は視線を落とし

黒塗色ボールペンを回す

「くる・くる・くる」

随分と慣れた手つき

ノック音がしないように

指先で受け止めながら/回す


『不審な点がいくつもある

 同死体は胸を開かれていた

 ーー自分で開いたようにも見えた』


マーダーMの脚がわずかにずれた。

だがそれは無意識の動作だった。

椅子に触れる太腿ーー

その沈黙までもが艶を孕んでいる。


霧で包まれたかのような雰囲気

美貌という凡ての道標

それに従えばこうなるのだろうか

そんな脚線に罪の色が見える。



ーーー罰を与えるとしたら

ーーーどのような権力を持つ

ーーー何歳ぐらいの男なのか



ーーー手籠めにし針を刺すのは

ーーー一体どのように強靭な

ーーー社会的/頂きを持つものなのか



私は尋問官とマーダーMを交互に見

不思議な世界をひと泳ぎ



『メスは落ちていなかった

 縫合もされていなかった

 まるで…途中で誰かに

 “心臓を鍵穴のように”

 扱われたかのようだった。』



尋問官は静かにノートをめくる。

記された文字列は赤

血痕のやうな赤

紙の繊維に染みこんだ何かが

「事実」ではない「事象」を照らす。



『助手の舌の裏側には

 小さな鍵が入っていた

 金属片のようなもの

 “ANGEL-4”と彫られていた。』


『皮膚を裂かれた部分には

 指紋がなかった。』


『爪の間からは

 古い聖書のページが見つかった

 小さく破かれた断片

 その断片にだけこうあった』



 ”すべてを解く鍵は

 おまえの手の中にはない”


 ”今は…未だ”



『どう思う?

 抽象的な皿のような質問だが…

 この件についてどう思う?』



マーダーMは口を(つや)らせるのみ

ーー何も言わない


唇には一層/見えない空間がある

それが彼女の沈黙をさらに

美しく際立たせているに違いない。


尋問官の声は

一層穏やかになる

まるで語りかける対象が

すでに死んでいる者であるかのように。


『彼は、何をしようとしていたのだろう

 何かを開けようとしていたのか?

 銀色の鍵/鍵は何かを開放する呪具

 その“鍵”がーーーーーー

 彼自身の中にしかなかったのだとしたら?』


『誰がそれを開けただろう

 理由は?必然性は?

 彼は死ぬ必要があったのだろうか

 どう思うかね』



沈黙



『君も家の鍵を持っているだろう

 おそらくそのポーチの右端(うたん)

 異端と発端の両意を持つ鍵・が』



『……くす』



マーダーMの口元

微笑が浮かぶ

だがそれは笑みではない。

ただ,唇の左右の端が

少しだけ“ずれた”だけ。

あたかも感情の代わりに

「幾何学」が微笑んだようだった



『あるいはね——

 鍵は彼自身ではなく

 他の誰かを開けるために

 造られたのかもしれない』


『君は“誰かの解剖台”に

 なったことがあるかい?』



マーダーMは視線を左に移す。

尋問官の肩越し

誰もいない場所を見る。

それだけで空気が冷たくなる。



『彼の胃の中からも

 “鍵”の断片が出てきた

 錆びた鉄片で

 子供の玩具のようなサイズだった』


『切断面は新しい

 おそらく噛み千切り

 死ぬ直前に呑み込だんだ』


『なぜだと思う?』



『……』



沈黙。



『神経を焼かれた男の顔には

 まったく苦悶の表情がなかった』


『目を開けたまま

 鏡のような銀盤を見ていたそうだ

 死ぬまでずっと』


『そこには

 何が映っていたと思う?』



沈黙。



そして——

マーダーMが指を一本だけ持ち上げる。

右手の中指/それは否定でも肯定でもない。

バレリーナの様に静止する一本のーー指


尋問官がその動きに反応し

ペンの動きを止めた。


その沈黙の中

私は壁の向こうで考える。


ーー「鍵」とは誰のためにあるのか

ーー「鍵」は対なるものを必要とする


ーー「鍵穴」のことだ

ーー「穴」があって「鍵」が必要とされる


それは必然だった

社会通念上の当然でもある


マーダーMは喋らない。

だが・彼女の沈黙こそが

最大の答えのように思えてならない


私は記す::::


《木曜日:鍵は開くものではなく

 喉奥に眠る名前。》

《天使とは:切開の瞬間にだけ

 微笑む存在。悪魔と同義/同意》


死体の胸には

傷跡が車輪の形に描かれていたという

肉が開き、血がこぼれ

やがて沈黙と同じ色になった。


その血の色は「緑」

意味は“忠誠”

——誰に対して?


彼女が微笑むとき

世界は鍵を失う

私たちはただ

解剖台の上に並べられた

言葉の破片となるのみ


ーーーーーーー


“ANGEL IS A TOOL”


“THE TOOL NEEDS A KEY”


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