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マーダーM  作者: 瞑想
2/5

火曜日/橙の車輪


・・・・・・・・・・・・・


②火曜日は水面に揺れる魚


尋問室の壁は冷たい色で塗色されており

微かに湿り気を含んだ音が反響する

空調が唸りを止め/時が静止する様相

男は再び言葉のナイフを選び

丁寧に鞘から抜くように声を放つ


『火曜日のことだ』


前回よりもわずかに高く

しかし底の知れぬ深みを保つ声

バイオリンの最低音/それを

わざと弾いたような不安定さと色気

彼の言葉に疑問符をつけたなら

名演説になるに違いない


『この日,魚屋の息子が井戸の中で発見された。口には魚の鱗が詰め込まれていた。肺の中は水ではなく,泡で満ちていた。』


彼女の指先が無意識の舞を踊る

テーブルの上に置かれた彼女の手

華奢な指先は一匹の金魚のように揺れる


指の動きだけで/誰かを魅了できる女

——その事実があまりにも残酷に

此処の空気を艶めかせていた


『その魚屋の息子…少年と呼んでもいい年齢だ。彼は近頃,自分の背中に“(えら)”が生えてきたと言っていたそうだ。ごく親しい友人にだけ囁くように話していたらしい。’’夜になると呼吸が変わる”とね。』


『……』


『もちろん、そんな(えら)なんて見つかっていない。ただ,背骨の第七胸椎あたりに異様に赤くなった皮膚の裂け目が残っていたらしい。君はこの件についてーーー何か知っているか?』


『……』


マーダーMは唇を僅かに開いた

だが/音にはならない開口だった

その上唇と下唇は完璧なシンメトリー


嘲笑も微笑もなく

どちらかと云えば無表情

ただ/ほんの一瞬

まつげがひとつだけ震えた


『魚は言葉を持たない。だが,沈黙は水の中でこそ支配的だ。』


彼女の脚がわずかに組み替えられる。ガーターベルトの紐がぴんと張り,尋問官の視線が一瞬だけ吸い寄せられた。仕事人/仕事人。彼は目を逸らさない。目を逸らさぬよう最大限の力を網膜に込める。


寧ろその沈黙/そしてマーダーMの携える脚線美の間にある「不安定さ」を楽しんでしまえばいい。仕事のことなんか忘れて。良書は知識をもたらし,尋問官たる人生をそれらしくはしてくれる。だがそれ以上でもそれ以下でもない。細足は歩く為のものではない,まして走るなんてとんでもない。男を惑わす為,その為だけに存在しているようだ。


『少年の爪には、何かを必死に引っ掻いた跡があった。井戸の内壁には“逃げ場なし”と何度も爪で書かれていた。』


『彼が誰を見ていたのか…それはまだ明かされていない。が、その文字には異様な癖があった。“しんにょう”が逆になっていた。“とめ・はね・はらい”がすべて,左に傾いていた。』


『……』


『魚屋の少年は,教会の牧師に定期的に告解していたそうだ。月曜日の彼の死と無関係とは思えない。S市は割と治安のいい場所だ。少なく見積もっても平均以上。平均的な目線で見れば世界でも有数の。そんな土地でこんな出来事が起こるなんて…上弦の月が次の日,急に満月になるような気持ちの悪さを感じているんだ。ーーみんな。』


マーダーMの視線が一瞬だけ尋問官の左耳を見る

その一瞬が尋問官の喉仏を上下させた


『……くす』


尋問官が、初めて沈黙する

彼女は微笑を浮かべて続ける


『……ある少年の背中には

 ほんとうに(えら)があるの

 ただ,見える人と,見えない人がいるの』


『…魚は逃げないわ

 …逃げたのは水の方よ』


それだけ言って

彼女はまた沈黙ぶ

尋問官は無言のままノートに向かい

一枚の頁に彼はただこう記した。


《視線は深度6,集中力の担保

 言葉は泡となってーー浮上せず》


そして私は・壁の向こうで思案する

「彼女がこの事件の犯人なのか?」

並の解呪者では解けぬ呪い?

並の捕縛者では解けぬ結び?


彼女はおそらく人間ではない。

美しさは否定しない/だが女神ではない

その指先で男を誘惑するのが得意な悪魔?

それもおそらく最適解ではない


火曜日。それは臍下丹田の車輪

その図形が描かれた水没の曜日


・・・・・・・・・・・



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