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マーダーM  作者: 瞑想
1/5

月曜日/赤い車輪


不思議な女性だった

印象的な女性だった

そしてとても綺麗な女性だった

それが私の最初の印象だった


指は5本であるし

腕は2本であるし

脚は2本である事から

彼女は人間に分類される事に間違いはない


但しその在り(よう)が美し過ぎる

但しその在り(よう)が人間離れしている


具体的且つ象徴的なものとして「妖精」だとか「絵画から抜け出てきたよう」だとか「筆舌に尽くし難い」だとか…そのような言葉が相応しいのだろう


抽象的な概念で言えば「熱砂航路(ねっさこうろ)を行く砂漠旅団の女王」だとか「名書と名著を並べた時にイメージする最も美しい女性の顕現」…これが相応しいのかどうかは後に知り合いの文学者に聞いてみるとしよう


神奈川県S市の怪事件

7日連続で発生した怪事件

令和5年4月16日から7日連続で

所謂(いわゆる)、怪死をとげた者が居たという話


私は一枚の壁を隔て尋問の様子を伺い見る

どのような経緯で此処に至ったか

それについては是非触れないで頂きたい


『……マーダーM……』

私は狭い部屋の中

聞く者の居ない独り言を呟いた


尋問官が彼女とテーブルで対峙している

君のテーブルと私のテーブルの価値観の違い

そんなものは此の際、問題ではない

其処に鉄製と木製の中間素材で出来た

テーブルがはっきりと存在していればいいんだ


尋問官…その男は覚悟を持って此処に居るのだろう

切れ長の目が知恵と智慧を象徴している

同テーブルには彼の持ち物であろう

5ミリ方眼のノートとボールペンが数本


彼の体躯は大柄で、しかし腰骨が細い見事な身体

筋張(すじば)った手背部が自慢の握力を誇示している

肩甲骨の隆起から「格闘家」「それも只者ではない」

アンケートをとればその(あたり)が優勢を占めるだろう

男が66人いれば同数66人が彼を2度見する筈だ


『……マーダーM……』

私はもう一度呟いた


彼女の指先は男のそれとは対極のベクトルを持つ

繊細の極みとでもいうのだろうか

少し背中を伸ばす仕草をする彼女


バレリーナのような所作/猫のような仕草

その運動神経は胸鎖関節を支配し貫通し

美を司る女神が指先一本 ゝ に留まっている


無駄のない華奢で可憐な佇まい

唇には一切の無駄を排した微笑

彼女の周囲だけ温度が少し低い…そんな感覚になる


黄土色のワンピースに膝上三寸のストッキング

ストッキングの上端左右に

細くはっきりとした線が上方に延びる


セクシーなガーターベルトは

私の視線を(くぎ)にし九時を刹那に封じ込める


その隙間から覗く肌の色艶について述べよう

その隙間から覗く肌の色艶及び形状ついて述べよう

それは足でなく脚であると付しておく

歩く為でなく男を魅了する為にあると断じておく


尋問官はその脚を見て興奮するのかという

下世話な脳内質疑は答えを得ることは無い


::::::::::::::::::::::


①月曜日は情熱の赤ひ車輪


『始めるとしようか』


黒づくめの尋問官が最初の声を放つ

人間の可聴域(かちょういき)を若干下回る

極/極/低音の渋い声だった


『……』


彼女…マーダーMと呼ばれた女性は無言

沈黙の中に微笑を混ぜる所作は

一方通行の鏡を隔てても美しく感じた

大人びているにもかかわらず

少女のような無邪気さも併せ持つ彼女


私は何故か脳内に平行四辺形が浮かび

その公式の半数(はんすう)反芻(はんすう)するとともに

その公式に確固たる疑いをもってしまい

全てを三角形に分解して計算し直した

両公式は全く同じ解であるのに

私は後者しか正解ではないと

何となくそう思ってしまった


『月曜日の出来事については?』

尋問官が二の矢を放つ


『……』


彼女は黄土色のワンピースの肩口を

右手と左手を交互に操り魅惑のお色直し


その唇は若干広角末端の角度を修正し

無言を貫く事に終始しているように見える


『質問が抽象的だったかな?』


『……』


『教会の牧師さんが死んだ事は知っているかな…最近の彼の動向はおかしいと月曜日の信者が言っていた。仕事は手につかず…祈りの時間に気もそぞろ。常に何かを考え込んでいるようだったと。ね』


『……』


『こんな事も言っていたそうだ。「…俺の信じていたものに価値なんてなかったんだ…全てが間違っていた」此れも月曜日の信者から聞いた事だ』


『彼について…又は此の案件について何か知っている事は?』


『……』


『だんまりかい。まあいいだろう。時間はたっぷりある。令和を象徴する短歌でも考えながらゆっくりとこちらも構えるとしよう』


『メルヴィルの小説でも読みながらゆっくりと歯切れのよい日本語の本質に迫ってみるとしよう』



『……クス』

彼女は少し空気を振動させた



『爛漫たる春の木漏れ日の中で君の沈黙だけを糧に、勝手な妄想を暴走させて老僧のように今後の構想を練りつつ思想と発想と夢想の違いでもメモしておくさ』


『気が向いたら喋ればいい』



『……クス』

彼女はもう一度空気を振動させた



『…嗚呼。その牧師は君を知っているとの事だよ。何故俺がそれを知っているのかは秘密だ。本当の深海の砂で見つけられたものと同じように秘密にさせて貰う』


『もう少し言えば…相対性理論の矛盾点を発見した誰かがキャンパスノートに記した内容と同じように秘密にさせて貰う』


私はそのやりとりを見る

一方的に喋る男の口調は軽快な円舞曲のようだ

反ベクトルのマーダーMは彼の話を聞き

時折微笑みを返しながら時間が只/過ぎる


月曜日に召されたのは牧師

遺書があったのが救いだったと

同事件の邂逅禄に記されている


牧師の性器と肛門の丁度中間には

紅色い文字で車輪の図が描かれ

同じく紅色の意味不明な文字があった


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