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1-1 女の子を部屋に入れるときは、私に連絡してって、あれほど言ったよね

 十億円に当たったことはみんなに内緒だった。しかし、さすが十億円。三日後には怪しげな不動産や証券の営業があり、近所の人もすれちがいに由記ゆきを見るようになった。


「はあ〜やっぱりばれている…。銀行が言いふらしたか、いや、それは信用問題になるか…」


 由記は一人暮らし中の大学生。宝くじに当たったことは親にも親戚にも言ってない。


「お姉ちゃんには言うかな…。でも俺の金をあてにして仕事を辞めるとか言ってきたら嫌だな〜」


 一人で公園のベンチに座り、ポケットから銀行通帳を出した。

 うっとり。

 三億円だ。

 銀行員の勧めもあって、十億円は四つの銀行にわけて預けた。


「とりあえず食べにいくか」

「由記くん」


 突然、真後ろから声がした。びっくりして、銀行通帳をどこかに投げて地面に倒れた。運動音痴で手足を同時に動かそうとするとコケるのだ。


「私にナイショで宝くじに当たったのね」


 姉の可憐かれんだった。可憐は落ちた通帳をハンカチで拭い、由記に手渡した。


「驚かないの?」

「うれしいよ。でも最初から知ってたの」

「え…なんで?」


 湿った強い風で、可憐の長い髪がバサッと揺れた。


「お姉ちゃんはあなたのことをなんでも知ってるから」

「う…」

「今日も部屋に行っていい?」

「え、今日もくるの?」

「うん。宝くじ祝い」


………


 その夜、由記は当選金の処理と今後の人生について話した。


「普通、宝くじに当たった人間は仕事を辞めて、派手な生活をして破産する。だけど、俺はそんなバカじゃない」

「うん」

「俺は、当たった金を投資信託にして封印するつもりだ」

「俺?」


 可憐は『俺』という一人称をひどく嫌がっていた。


「ごめん、僕です」

「はい」

「えー…僕は当たった金のほとんどを投資信託にするつもりです」

「偉いね」


 偉いね、に感情がこもってない。


「だから、なんというか…」

「だいじょうぶ。私は由記くんのお金をあてにしてないよ」


 可憐の表情は読めない。昔からそうだ。なにを考えているかわからない。弟思いのところは感謝しているが、ポーカーフェイスのところはたまに怖い。そのとき、


「ピーンポーン」


 とインターホンが鳴った。モニターを見ると、同級生のなぎさだった。今日はレポートの手伝いにくる予定だった。玄関の鍵を開けると、


「いやー待った〜?」


 と言って、ガサツな感じを隠すことなくドカドカと入ってきた。


「こんばんは~」


 と言って可憐に頭を下げると、由記は「姉だよ」と一言で説明した。


「お姉さんでしたか。私、渚といいます。よろしくです〜」


 と言い、フルーツ牛乳の入ったコンビニ袋を可憐の前にドカッと置いた。


「今日も暑いね〜! 早く終わらせてレポートから解放されたい」


 渚は肌の露出が多い、ミニスカートのワンピースを今日も着ていた。渚がストローを出すあいだ、可憐は冷えきった無表情で渚を見ていた。由記は


「そういうことだから、お姉ちゃんは帰った帰った」


 と言って勉強の準備にかかるが、


「私もここにいますよ」


 と可憐はベッドに座りこんだ。


(なんかスイッチ入っちゃった…)


………


 ガサツな渚は三十分で寝た。勉強ができない典型的な学生である。その間、由記は可憐に事情を説明した。


「あさってにレポートを出すから、今日一緒にやろうって話になっただけ」


 可憐はベッドからソファに移り、由記の隣に座った。反対側に渚がいる。


「それだけ?」

「本当だって」


 可憐は人さし指で由記の頬をつんつんとつっついた。


「本当は彼女なんでしょ?」

「は? 渚が?」


 由記は手をふって「ないない」と言った。


「同級生で数少ない友だち。ちょっとがさつだけど、いい人」


 渚の寝息が聞こえる。

 可憐は由記にぴったりとくっついて、両手で由記の左手を包みこむように触りはじめた。


(また始まった…)


 他の女性と一緒にいると、可憐は『ちょっと危ないスキンシップ』で由記の気をひこうとする。


「レポートがあるなら、私に相談すればいいのに」

「渚から誘われたの。まだほとんど書いてないって言うから。お姉ちゃん、渚のレポートも書いてくれるの?」


 可憐は首を横にふった。あいかわらず由記の手をむぎゅむぎゅと触る。


「でしょ? だから二人でやろうと思ったの」

「ここより図書室のほうがいい」

「いいじゃん」

「本当は別の目的が」


 由記は姿勢を変えて可憐を正面から見た。不安を隠しきれない不器用な無表情。


「お姉ちゃん。気持ちはわかるけど。わかるけど…ってあれ? わかるっておいおい、俺なに言ってんだ…」


 一人でボケて一人でつっこむと、混乱して言いたかったことを忘れた。


「俺なに言おうとしてたんだ…ってお姉ちゃん…」


 可憐は頭を傾けて由記の左肩にのせた。

 これは『頭をなでて』という暗黙の命令だった。

 しかたなく、右手を伸ばして頭をなでる。


(しかし渚はよく寝るな)


 渚の寝息は少しうるさいが、それだけ眠りが深いということだ。おかげでスキンシップがバレずにすむ。渚がここまでぐうぐう寝ていなかったら、可憐もここまで接触してこない。


「女の子を部屋に入れるときは、私に連絡してって、あれほど言ったよね」


 と言うと、可憐は唇を由記の顔に近づけた。

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