悪魔との契約
15歳 高校一年の春、一つ気づいたことがある、この世界は俺を中心には回っていないということ。世界は意志を持たない、平等ではないこと。そんな当たり前に気付いてしまった。だからと言って自死する勇気は無い。痛いのは怖い、死という漠然とした恐怖は俺に生きることを強制させる。ならば俺の生活は、日常は無意味なのだろうか、こんな無意味をあと何年続ければ、、そんなことを考える。だから希う自分に意味を付けてくれる何かを、なんでも良い誰でも良い、だから俺を救ってくれと。
高校2年生としての新学期が始まる、結局俺は生産性のない無意味な日常を繰り返し続けている。あの想いは誰にも何にも届かなかった。意味を成さなかった。改めて思う世界は俺を中心には回っていないのだと。
今日も静かな家でいつもと同じ朝食を取る。制服に着替え学校に向かう。学校指定の服があるというのは、やはり良い、自分の存在を証明できる上に、ファッションに興味のない俺にとって服を選ぶ必要性がないのは実に良い。学校までは歩いて15分ほど、私立新見学園の制服を着た人達がわらわらと学校へ向かっている。
「コイツら一人ひとりに人生のバックグラウンドがあると考えると気持ち悪いって思わないか?」
唯一の友人、林慎之介に声を掛ける。
「そういう気持ちの悪い冗談は好きじゃないな優一」
どうやら俺の唯一の友人と言うのは勘違いだったようだ、コイツの事は今からモブAと呼ぶことにしよう。
「そんなことより優一、お前文系を選んだんだろ?今日からは自分でノートを取るようにしろよ。」
モブAは友達の俺に対して、そんな残酷な事を言ってくる。
「まあ、頑張るよ。」
顔の良い上に頭の良い文武両道、才色兼備な林慎之介という存在に張り付いているひっつき虫は今日付けで辞めなければならない。
「じゃあまた放課後で。」
先ずは友人を作らなければならない、真面目でノートを取っている友人を。
クラス表は既にメールに送信されている、恋人と一緒のクラスになる喜びをクラス表を見て感じられないのは悲しいことだと心から思った。本当に悲しいのは彼女がいない自分だったか。
教室に入ると喜びを噛めしめている男共が目に入る、その奥に明らかに一際目立つ女がいた。兎にも角にも顔が良い、とりあえず何処に座れば良いか悩んでいると、自由席 早いもの順と大きく書かれた紙を目にし、迷わず1番前の右端に座る。仲の良い生徒同士が喋っているのを聞いていると直ぐに鐘がなる。
「今日から君たちの担任となる畠山です。担当教科は国語。皆さんの進路が実現できるよう精一杯サポートさせて頂きます。以後よろしくお願いします。」
随分と腰の低そうな先生だ。
「皆さんのことを知りたいので一人づつ自己紹介をお願いします。先ずは皆さんから見て右端の阿藤さんから!。」
俺に視線を向けながら言っているので、おそらく右端の阿藤とは俺の席に位置してる者のことを指しているのだろうが、俺の名前は阿藤ではない。
「私は阿藤 由紀と申します。趣味は音楽を聞くこと、料理部に所属しています!得意科目は世界史です!これから卒業までの2年間よろしくお願いします!。」
1時間後には忘れてそうな無難な自己紹介に拍手を添える。
「素敵な自己紹介ありがとございます。ですが阿藤さんはなぜそんな所に座っているのですか?」
畠山の疑問に白鳥という女生徒が答える。
「自由席だと書かれた紙が黒板にあったので、阿藤さんは座っていたのだと思います。もしかして席指定があったのですか?」
「その通りです。メールに添付されていた筈なのですが、、。誰かが妙な悪戯をしたのでしょうか?」見渡すように畠山は伝える。
だが確実に畠山のメールに席指定表は無かった。それを見越して、つまらない誰かがつまらないイタズラを仕掛けたのだろう。
最初に自己紹介を済ませるために今の席に座ったのにも関わらず、自己紹介は出来ないし、何やらめんどくさい事になりそうだ。
「誰がイタズラをしたのか名乗り出てくれませんか?」この女の正義感は正しい。こんな小さなイタズラが周りに伝達しヒートアップすることは珍しくはない。こんなことになる気はしたが、最初だから多めに見るという考えもあっただろうに。全員が目を伏せ犯人が手を上げることを祈る無意味な裁判が行われる。
「、、分かりました。顔をあげてください。そしてイタズラをした人達は、後日連絡した日に職員室まで来てください。」
全員がボソボソと不満を垂れながら指定席に位置を移し替える。時間が詰まっているので手短に自己紹介を済ませていく。最後に朝に見た顔の綺麗な女の紹介になる、現在俺の真後ろに位置しているが、後ろを向くのが億劫だと考えていたら前の席の山田という女と思わず目が合う、思わず目を逸らし恥ずかしさを堪えながら、後ろの渡辺という女の自己紹介を聞く。
「渡辺 葵です。親の都合で群馬から越してきました。今日から何卒よろしくお願いします。」横の男が嬉しそうな顔をしている。名前は、、忘れてしまったが。
その後は滞りなく予定を済ませ、授業が始まる。進学校は始業式の日に授業をするのかと絶望しながら眠りに耽ける。授業が終われば後ろの女の周りに大量の人が集まる気配をキャッチし直ぐ様トイレに向かう、適当に時間を潰し教室に戻ると当たり前のように席が奪われていた。よくわからんチャラそうな男に。
「悪いけど俺の席だからどいてくれないか?」この手のチャラ男はたいてい良い奴である、特に近くに女が居るとさらに良いやつになる。
チャラ男は「悪いな」と一言添え、俺は席を返してもらいチャラ男が渡辺に連絡先を交換する様を見届ける。
昼休みもその後の休み時間も、とにかく渡辺の周りに人が集まった、綺麗なだけじゃなく社交性も高いらしい、そして何よりこの女は全国模試で1位に名前が上がっていたからだろう。人が集まるには十分な理由だったし、全国模試模試1位の同性同名の他人じゃなく、正真正銘の天才だったからだ。
畠山から「今日の放課後」というタイトルでメールが来たので、教師と恋愛しているような背徳感を浮かべながら職員室へ向かう。慎之介には今日は遅くなると言っておいたし大丈夫だろう。
職員室に入ると畠山と渡辺が待っていた。
「なぜ2人してあんなことをしたの?」
単純な疑問だろう。なんでこの女が居るのだろうと疑問に思いながら、俺は渡辺に目配せをする、すると
「この男にやれと強要されました」
???意味がわからない 俺は犯人が手を挙げなかった時のために手を挙げたのだ、あんな所で馬鹿正直に手を上げるやつは居ないだろう。というか何故コイツも手を挙げたんだ?
「断じてそんなことはしていません。2人で協力してイタズラをしました。僕たちは昔からの友達で彼女に協力をして欲しいと言われたので紙に文字を書きました。ですが貼ったのは彼女です。」
めちゃくちゃな事を言っているが即興にしては上手く言い逃れできた、、いや出来ていないな。というか何なんだコイツマジで。
結局強要させたということで判決はくだり、脅しの内容は恥ずかしい秘密をバラすと言われたと言うことになった。内容によっては完全に犯罪だが、こんなイカれた女を社会が擁護しても俺が許さないと憤慨しながら説教を受けた。
そして現在17.30を周り部活生以外は帰った静かな教室を渡辺と二人で掃除している
「何がしたかったんだ?お前のめちゃくちゃな行動のお陰で掃除も説教も食らって、こっちは迷惑極まりないんだが?」そもそも俺はあんなくだらない事はしないとムカつく気持ちを抑えられずに、問い詰める。
女は飄々としている。俺が怒られて気持ちがいいとか清々しいとか、そんな気持ちでは無いのだろうか?タダのイカれたアホなのだろうか?そんなことを考える。
「貴方、悪魔と契約を交わしていた時期があったわよね?」
やはり女はイカれていた
「イカれた女の妄言に付き合いたくは無いんだが」
「1年と半年前から1年前の今日まで、そして1年前の今日あなたは父親を悪魔に殺された」
黙り込む 目を見開く
「父親が死んで一家は崩壊、母親は妹と心中。悪魔に家族を殺れてからの貴方の人生は終わったも同然、毎日を無意味に消費して、毎日誰かに救いを求めながら生きている」
じわりじわりと舐るように詰め寄ってくる。
「取り残された貴方は死んだように毎日を送っている。」
反射的に渡辺の首根っこを千切れる程強く握る
「なんなんだテメェは」
「いやね、お話はこれからよ」
確信する
「私と契約して悪魔を皆殺しにしてくれれば貴方の家族を生き返らせてあげるわ」
やっぱりか、コイツも同じだ。
「報酬は前払いだ、先ずは家族を生き返らせろ。」
「無理よ、今の私にそんな力は無い。」
「悪魔を狩り殺せば力が手に入ると?」
「その通りよ、そうすれば貴方の家族を殺した悪魔を殺せる上に貴方の家族も生き返る。あなたにとってこれ程有利な契約は無いわ」
悪魔ってのは詐欺師みたいなもんだデメリットの無いような話も何か裏がある。信用してはいけない。心の弱みを見せてはならない。
「なぜ悪魔を狩り尽くす必要がある?」
「単純よ、私以外の悪魔は存在して欲しくないの、人間にだってそういうのはあるでしょ?自分以外が死んで欲しいと本気で思っている人間はいる。力が無いから実行できてないだけよ。」
「悪魔らしくて魅力的でしょ?」
魅力的だとは思わないが納得はする。
「もし裏切った場合の契約は?」
「命を掛けるわ」
この女は信用できないが今の俺は、縋ることしか出来ない。希望があるなら飛びついてしまうのが人間だ。
「いいだろう契約を結ぼう」
俺は多分焦っている、期待している、この日をこの時を、自分を救えるだけの力を手に入れる日を待っていたのだから。
「分かったわ、今日から貴方は私と一緒に生活してもらう。いいわね。」
有無を言わせないような圧力を感じる。しかしどういうことだ?
「私の契約は契約者と過ごしている間のみ発生するのよ。最初の50時間はどうやっても契約は出来ないわ。ちなみに半径1kmを超えると契約が破棄される。」
面倒だな。
「いや前回はやたらとデカい魔法陣を作って何やらバカみたいな呪文?を唱えて契約したけどな。生活の強制なんてものは無かった。」
だが内容なんてどうでも良い、
「私は下級だからそんなモノ必要無いのよ」
そういうものなのか。なんというか自分で下級とか言っちゃうのか。悪魔らしくは無いな。あまり。
「お前、名前は?」
「渡辺葵よ」
教えるつもりは無いらしい
「とりあえずお前のアパートを早急に見つけよう。」
「いえ、貴方の家に住めば良いじゃない。その方が手間もない。不測の事態にも対応出来る。」
「無理だ、俺の家にお前が入る余裕は無い」」
もちろん嘘だ 悪魔なんかと生活をしていたら、いつ寝首を搔かれるか分からない。
「いえ、勘違いしているようだけど、貴方に対して危害を加えた場合、契約の裏切りと見なされ、私が死ぬわ。」
なるほどな
「だがその50時間を過ぎるまでは安全じゃないだろ」
「そこは信用してもらうしかないわ」
「...」
興奮して頭が回っていないのか徹夜して起き続ければ良いか。そんな考えに至る
「良いだろう。ただし俺の部屋に許可なく入った場合も裏切りと見なす。」
「それで良いわ。入る余裕が無いわりには貴方の部屋はあるのね。」
無駄な会話だ。これ以上この悪魔と離したくはない。
「行きましょうか」
掃除道具を片付け帰路に着く。
ようやく、ようやく俺は人生の新たな1歩を踏み出せる。そんな喜びを悟られないよう、悪魔の前を歩きながら夢想する。今後の自分の人生を。