【葉暮銀流】エッセイの楽しみ方
最近、エッセイを投稿しています。
これは2作目ですね。
まぁ気楽な内容です。
炎上しないと良いなぁwww
どうも葉暮銀です。
小説家になろうのエッセイを読むのが結構好きなんですよね。
気が向くと感想も結構書いちゃっています。
エッセイの中でも、書籍化して浮かれている人や、部門別1位を取って自慢しまくる人なんかは読んでいてとても痛々しくて好きです。
マウント取ってくるのを笑って読んでいます。
これはとても理解できます。
私もしたかったですからwww
もともと無料小説投稿サイトに小説を投稿する行為ってほとんどが承認欲求を満たしたいからですからね。
承認欲求を満たす必要がなければ、投稿する必要がありませんから。
それが満たされた後は、知らない人にも賞賛されたいんでしょうね。
でもしなくて良かったです。
間違いなく黒歴史になりますから。
でもエッセイの本当の好物は書籍化したいけど、現実を理解してしまい、何とか心の平穏を保つために強がっているエッセイです。
このようなエッセイの肝は未だに書籍化をほんの僅かでも諦めていない事が大切です。
初めから書籍化は無理と思っている人や、完全に諦めた人のエッセイだと大して面白くは無いのです。
自分は面白い小説を書けるはず。小説家になろうで、ランキングが上がり、もしかしたら書籍化もされるんじゃないか?
こんな想いを持って投稿を開始した人が、実際には全く小説が読まれない。
その現実と理想のギャップを埋めるために、自分が小説を書く行為を無理矢理正当化する自己防衛が堪らなく好きですね。
だいたいのパターンがこちらです。
①書籍化は諦めたが、自分の小説にも読者が付いている。その読者のために頑張る。
②自分は誰にも読まれなくても小説を書くのが好きだ。だからこれからも執筆を続ける。
③流行りのテンプレや人気のある分野じゃないからしょうがない。読者のニーズに合わせるつもりはない。このまま自分のスタイルを貫く。
まぁ他にもありますが、重要なスパイスは決して書籍化を諦めていない心を持っているという事です。
文章では書籍化を考えていないと言いながら、実際は書籍化の夢を持っている。
そのため、エッセイにはそこはかとなく哀愁が漂うのです。
この哀愁を自分の作品で表現できたら、人気が出ると思うのですが……。
まぁ書いている人が残念ながら無意識なんですよね。
完全に諦めている人のエッセイは文章に鬱屈した想いを感じません。
どのように考えれば、自分の気持ちに整合性を持てるのか。
そしてそれを無理矢理思い込もうとしている。
でも結局無理しているんですよね。
それがとてもいじらしい。
たぶん小説家になろうには、書籍化を夢見ながら挫折した人が大勢いるんでしょうね。
このような人達がいるから書籍化した作家は光輝くのだと思います。
敗者がいるから勝者がいる。当たり前ですが大切な事です。そして敗者がドン底になればなるほど勝者がより光輝く。悲しい現実ですね。
願わくば、小説家になろうで執筆している皆さんに幸せが訪れますように。
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このエッセイは別に炎上を狙っておりません。また誰かを貶めるつもりもございません。ただの私のエッセイを読んだ感想です。
まあエッセイの楽しみ方は人それぞれと言う事でご容赦ください。
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でも書籍化したとしても、重版が無ければ50〜70万程度の印税。酷いと30万程度。2巻、3巻と続く保証も無い。
継続してお金を稼ぐためには、新作をまた書籍化させないといけない。
時間換算で考えると相当割に合わないですよね。
それでも書籍化を目指す人に栄光あれ!!





