Ep.9 魔術の練習
・オウル 今作主人公。濡れ羽色の長髪の女性。精霊術使い。
・レオ・グライフ 悪魔。銀髪金眼の男性。オウルと契約した悪魔。
詰め所には守り人や少数の哨戒班がいた。
グライフさんが魔道具の場所を聞くととある木箱を指さした
「あれが今回押収した魔道具を仕舞っているハコです」
「ありがとうございます」
しかしそんなものを触ってしまってもいいのだろうか。
「正しい手順を踏まなければ起動しない。素人が持ってもただの重い塊だ」
「へぇ……わ、ほんとに重い」
重いと言っても持ち上げれないわけではないが……
素材は何だろうか。よくわからないが、鉄のような肌触りだ。ただ、鉄ではないという。
「……」
「それで、その魔道具が姿を隠す魔道具だな」
こんこんと軽く指の背で叩きながらいろいろ弄ってみる。
「これここに溝があって……」
「まぁ、隠すと言っても実体が無くなるわけじゃないし、範囲内の存在を希薄にさせる程度だ」
話を聞きながらパズルのおもちゃのように凹凸を合わせていく。
抱えるくらいの大きさの塊だったものが両の掌で持ち上げるのに丁度いいくらいになった。
「……なにしてる」
「小さくしてます」
「……よくできたな?」
「溝があるじゃないですか。おもちゃみたいですねこれ」
「はぁ? おもちゃぁ?」
それを聞いたグライフさんは腹を抱えて笑いはじめた。
「グライフさん? たしかに魔道具と呼ばれたものをおもちゃ扱いしたのは私ですけれど、そんな笑わなくても」
「魔道具を、おもちゃ、ははっ!」
「いやだって! これ! あのサイズのものがこの大きさになるんですよ?! もうボールみたいじゃないですか!」
これより小さくはならなさそうだが……
「ははっ……それで、完成だ。今この空間は周りから中の生物の存在が希薄に感じる。騒ぎになっても困るから貸せ」
「あ、はい……戻し方はどうやるんです?」
「ここをこうしてだな」
「あー、大体手順は同じなんですね。魔力とかは必要なさそうですね」
「魔道具の元は魔法だ。魔法に関しての話、覚えてるか?」
「魔力の消費は無い。でしたっけ」
頷いたグライフさんの手元には完全に戻った魔道具があった。
「そうだな。それでだ、この魔道具だが割と初歩の初歩だな。お前でも解除できるからおもちゃってのもあながち間違いではないかもしれない」
「魔道具にも初歩とかあるんですねぇ」
「それを使って教えたりするからな」
「今の私みたいにですね?」
「戻し方しか教えてないが」
実際組み立ての方法はすんなり分かった。
むしろ簡単だったのだが……
「普通は解けない。この溝は模様に同化しているし、ピースを動かす時に魔力は取らないとはいえ魔力の質は問われるからな」
「質、ですか?」
「ああ。質と量は別だ。生まれ持ったものだからお前は運がいいかもしれないぞ?」
魔道具を受け取り、いろんな方向から見る。
溝ははっきりと見えるし、緻密な模様は色んな意味があるように思える。
「魔力の質、ですか……私に才能が?」
「あるかもな。その手に持っているのは初歩だと言ったろう? もっと難しい魔道具が扱えるかはその時になってみなければ分からないな」
「もっと難しい……私が扱えるかはさておいて、見てみたいですね」
「それこそ魔術国家に多くあるだろうな。人間の中では一番保有数が多いと聞いた」
魔術国家に行く理由が増えたが、今の私の能力では厳しい場面が多いだろう。
それに捕まった騎士たちから得られるであろう情報にもよる。
「まぁ留まるとしてもそれはそれで都合がいい」
「そうですね」
「……そろそろそれ置いたらどうだ?」
溝に合わせてみたり、戻したり手慰みにしていた魔道具を指してそう言った。
「手にしっくりくるんですよね」
ペンをくるくると回すのと同じだと思う。
「まぁそうそう壊れるもんじゃないからいいが……」
「見るからに硬そうですよね。何で出来ているんです?」
「ざっくりと言えば鉄みたいな鉱石に魔法使いが魔力によるコーティングを施した魔鉱石という素材だな」
「じゃあ鉄以外でもできるんですか?」
「出来るし、寧ろ作りたいものによっては鉄が元だと作れない場合がある」
それが難易度に関わるのだろうか……
「これは元が鉄だから簡単なんですか?」
「いや、鉄だからということは無い。魔力のコーティングがどれだけ繊細に薄くかけられているか、が指標になる」
「へぇ……他に見たことがないからというのもあるかもしれませんが、そこまで雑な品には見えませんね?」
「そうだな、何といえば分かりやすいか……不純物が混ざった結果としか言えないな」
「不純物ですか……」
「この場合空気を含む純魔力以外のものを『不純物』というからな?」
「エ゛ッ゛?!」
魔力を多少なりとも感知できるようになって、扱う練習をしているとそれは馬鹿にならない技術だと痛感する。
実際私が思っているよりレベルが高いことなのだろうけれど。
「それって今の時代に出来る人いるんですか?」
「いないから『魔術具』と呼ばれる劣等品が出回っているんだ。今のこの世の中に魔法使いはいないからな」
「グライフさんでも出来ないんですか?」
「そうだな……やろうと思えば出来るかもしれないが、魔法使いを生業にしていた奴らのクオリティには遠く及ばないだろう」
魔法という技術を復活させれば出来るかもしれないがな、なんて苦笑いを浮かべながら続けた。
「……グライフさんやベアンテさんは魔法使いの時代に生きていたんじゃないんですか?」
「生きていたし、魔法も使える」
???
「そんな顔するな。いいか? 魔法の時代を知っている連中はもうそんなにいないだろう。そしてその"少ないうちに入っている俺"が"今、この世の中に魔法使いはいない"と言っているんだ」
つまり深堀しないほうがいいということだろう。
笑ってない笑顔で言ってのけるグライフさんの声を聞いて、背筋に嫌な汗が流れた。
「……つまり"絶対に使えない"訳じゃないんですね?」
「オウル」
「知らない方がいいことがあるのは重々知っていますよ。でも、例えばですよ? 魔法を使えるようになったらって夢想して、あんなことしたいこんなことしたいって考えて、それが出来なかったら。きっと私は笑います」
「は?」
「だってグライフさんやベアンテさんみたいな人たちが抱えている"魔法"にも無理なことがあるって分かったら、万能なんて無いんだって認識できるじゃないですか」
「それがなんで笑いの種になるか理解できないんだが?」
「秀才も天才も可能性の内側にしかいられないんですよ。グライフさん」
何を言っているのか分からないという渋めの顔でこちらを見てくる。
きっとこの気持ちや考え方は理解されない。
されなくていいのだ。これが私なのだから。
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魔道具を箱に戻した後、微妙な、ホントにビミョーな顔をしたグライフさんを連れて少し離れた森まで来ていた。
というのも、やはり各国が事情は違えどピリピリしているという報告を受け、下手に刺激できないとグライフさんが判断を下した。
まぁ私たちがピリピリの一端を担っているんですけれどね。
そして、鍛錬をしつつタイミングを見計らうという方針になったため森に来た。
「……まぁ言いたいことは山ほどあるが。とりあえずだ。体力はまぁ兎も角、目下の問題は魔力だな。魔力量は次第に増えるとして、コントロールを練習するとしよう」
「はーい」
「その前に、魔術の行使の際には詠唱が行われるがあれは言葉を言えばいいということではない。言葉自体も勿論覚えてもらうが」
「精霊術と混ざりそうですね。まぁ精霊術の方は精霊様に伝われば最悪行使可能ですから」
「どちらかというと精霊とのコミュニケーションが難関だったな」
精霊様は気紛れな性格をしている。
たまに構え構えと頬を突いてくるときもある。が、タイミングが悪かったり、機嫌の悪い精霊様にお願いすると口を聞いてくれなくなることすらある。
「……猫みたいだな」
「たしかに」
実際それほどの自由奔放、いや場合によっては猫より質の悪、ごほん
「ね、猫のように愛らしいという意味でございます!」
「それでフォローしているつもりか?」
聞かれていなかったようで、なんとかなった。
「……まぁ、詠唱の単語は一人でも覚えられるようにまとめる。意味さえ分かれば覚えるのは簡単なはずだ」
「ありがとうございます」
「一先ず、基本の四元素について話そう」
グライフさんは指先に四色の灯を点けてみせた。
「四元素とは火・水・地・風の四つの要素のことだ。これらはそれぞれがそれぞれのバランスを保っている」
「バランス?」
「風は地に、地は水に、水は火に、火は風に強い。三すくみならぬ四すくみだな。他にもあるにはあるが、それはおいおい」
「火と水はイメージがつきやすいんですけれど、風と地に関しては何と言うか、ぱっとしないというか……」
「んー、これはおとぎ話の抜粋だが『風が強い日には地図を描き直す準備をせよ』とか『濁流すら受け止める母なる大地』という一文がある。無論、風が強く吹いただけで地形は変わらないし、濁流とまで言われる水の流れを止められる地質なんてものはないだろう。どれもこれもが眉唾物だが、イメージを定着させる上でよく教えられるお話しだな」
加えて、風が火を強めてしまうことを教わった。
グライフさんは帝国の火薬庫をそれで爆発させたと胸を張って言ってのけた。
さては反省してないな?
「……そんな目で見るな」
「……」
「ごほん。それでな? 四元素は基本だと言ったが、ほかにも属性はある。雷・氷・金・音だ。これらは四元素に関連する属性として知られている」
「?」
「分かりやすいところで言うと水と氷だな。あとは地と金か」
何となく分かる。
『関連する』という言い回しを踏まえるとその属性の側面的な要素の事を言っているのだろうか。
「始まりの火について知っているか?」
「また何かのお話ですか?」
「いや、これは実際に起こった出来事だな。この世に火が生まれた瞬間は落雷によるものだった。だから火は雷と関連している」
「へぇ……知りませんでした」
グライフさんはまた別の色の灯を指先に点けた。
「風と音に関してだが……そうだな。風が通り抜けるときに大きな音が鳴るだろう? 空気があるからそれら二つがあるわけで。何となく分かるか?」
「まぁ……何となく理解は出来ます」
「今は何となくで構わない。関連しているとは言ったが、これらは先程の構図には当てはまらず、それぞれがバランスを取ってはいない。ここまで言っておいてなんだが、そもそも亜種やら派生やら言われるこの属性を扱える魔術師はあまりいないしな」
確かに言われてみればその属性らしき魔術を見たことがない。
戦闘や日常の生活でも使われていないと思う。
「氷とか需要高そうなんですけれど」
「そうだな。氷を扱えるような奴は人生バラ色という奴だろう。金もそうだ。地中地表関わらず、金属製のものを自在に操ったり形成したりする」
「剣とか鎧も含めですか?」
「そうだな。磁石を思い浮かべてくれれば分かりやすいか」
つまり想像通りなら鎧を着た人は抵抗が出来ない。身を守るために身に着けた鎧も剣も全てが弱点となりえる。
「雷はThe・自然の驚異って感じがするんですが、音とは?」
「音もなかなかに厄介だぞ? 戦場で使えば五感の一つが使い物にならなくなるんだからな。それに、音の術者は音速での移動が可能になる。雷だって移動は早いが、コントロール性に欠けるからな」
亜種属性だったか。出来れば使い手と敵対はしたくないものだ。
「そしてそれぞれの属性には色々な用途がある。生活に応用できるのは勿論、攻撃・防衛手段の確立、付与や治療などなど」
「……覚えること多そうですね」
「多いな。本来はゆっくりと教えていくものだが、生憎時間も無ければ余裕も無い。一気に教えていくからな」
「……お願いします」
私の魔力の総量は一度二度で空になるほどしかない。使って休んでを繰り返して限界値を高めていく。
学びながら実践をするのは馬鹿みたいに辛いが、グライフさんの言う通り時間も余裕も無いので弱音を吐く暇もなく動く。
「」
だがいくらなんでも走りながらの記憶力テストはきついと思う。頭も回らないし……
「ほら、食って休め」
「この……悪魔……」
「悪魔だが?」
そういうことではない。
言われたことを無理やり頭に詰めている感じがすごい。
知識やイメージがあってこそ行使が出来るらしく、覚えるだけ覚えて実際に体験してみたりしている。
「火は単体、水は状態異常、風は複数、地は継続」
「よし、それが治療、付与魔術の内訳だな。火の魔術で一人に対して集中的に治療や付与を施すか、広範囲に亘って癒すかなどの選択肢が生まれることを忘れるな」
「亜種属性はどうなるんです?」
「それらより効力が良い」
幸い里の外にはこちらを狙う獣がいて実践のコントロールや精霊術との併用も身についてきた。
そういったところでグライフさんが「あ」と一言。
「エルフのとこに滞在すると言っておかなければな。何かあれば行くと言ったし」
「あぁ、そうでしたね。私も行きます?」
「いや、俺一人でいい。なにかあれば連絡してくれ。俺との契約を想起しながら考えれば俺に伝わる」
便利。
「……一方通行の連絡じゃないですよね?」
「ああ。会話は成立する。契約内容や悪魔側の技量、契約者の能力にもよるが、どれもパスできている」
「能力なんて対して高い物じゃなかったはずですけれど?」
「ここで言う能力は質の方だな。注意すべき点があるとすれば使う度に魔力は使うから総量の少ないお前とはあまり長くは話せない」
魔力の総量に関しては何となく認識が出来ている。
食事後のお腹の空き具合と運動後のお腹の空き具合が違うような、今少しお腹減ってるかなみたいな感覚がある。
「それじゃあ行ってくる。取り合えず魔術の練習でもしておいてくれ」
「あ、はい」
グライフさんはすたすたと里の方に歩いて行った。
魔力コントロールのために体内にある魔力を探す。
慣れればこの工程も必要無くなるという話だし、完全にモノにすれば自分以外の魔力も感じ取れる可能性があるとか。
魔力は体を血と共に流れているため、血の通った存在であれば大抵ぼんやりとした一の把握が出来る、と言っていた。
コントロールにはまず魔力を認識する必要があるのだが、これが私にとっては難関が過ぎる。
今まで見えなかったものを認識しろなどと言われても困るのだ。
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木の葉がさわさわと歌う中、私は一人瞑想をしている。
集中するには目を閉じるのがいいと聞いた。
直立不動で身を閉じている様は風を感じているように見えるだろうか。不審者に思われなければいいが、この辺りで会うとすれば顔見知りだろう。
身体を撫でる風を感じる触覚も、森の匂いを感じる嗅覚も、葉の奏でる自然の歌を聞く聴覚もこの時ばかりは少し邪魔かもしれない。
体内に集中とは一体どうすれば可能なのだろうか。
「これも雑念として集中を妨げる要因なんだろうなぁ……」
思わず独り言ち、目を開くと少し違和感を感じた。
魔力を感じられたという感覚的な違和感ならば諸手を挙げて喜んだのだが、残念なことにそれではなかった。
目を閉じる前、あそこに木は生えていなかった……?
そこまで考えてすぐに、それどころでは無くなった
「ンンッ?!」
口を何かが覆い、首にひも状の蠢く物が巻き付いた。
植物のようだった。
『ツタと葉っぱ?』
ツタは私を宙吊りにし、更にきつく締め始めた。
『連絡……グライフさん! 息が出来ません!』
『はぁ? 急に何言っているんだ』
『急に植物がッ! 息がッ!』
『ッ! 今行く』
意識が飛びそうになりながら目を凝らす。
あの木は先程までなかった。
木に擬態するような魔術か魔道具だろうか。
いやでも植物……まさか
悪いことは続くもので、血が沸騰したような熱を帯び始めた。
宙吊りにされている事も相まって頭がぼんやりとする。
必死に抵抗していた腕はだらりと揺れ、目は病人のような虚ろさに。
ツタは締め付けを止め、私を地面に横たわらせた。
視線は感じるがそれどころでは無い。
頭には色々な情報が流れ込んできている。
見たことの無い類の本の内容や、聞いたことの無い言葉。
走馬灯だったとしたら私の前世か何かの記憶だろうか。
ツタはいつの間にか地に消えたが、葉はそのまま口を覆っていた。
呼吸ができる程度には緩んでいる。
……姿を消すことのできる魔道具がもう一つあって、思いっきり抑え込んでいた?
いや、その可能性を信じたいが、明らかに無理があるだろう。
エルフ様以外にこんなことが可能なのはこの森にはいない。
私の意識はそこで眠るように沈んでいった。
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