Ep.7 長と悪魔
・オウル 今作主人公。濡れ羽色の長髪の女性。精霊術使い。
・レオ・グライフ 悪魔。銀髪金眼の男性。オウルと契約した悪魔。
門の先には木が乱立する森があった。
木々は幹の形が階段になっていたり、足場になっていたりしていた。
足場にはエルフ様が--
「誰もいない?」
「エルフは普段他種族に見つからないように過ごしているからな。出てこないだろう」
「そう、なんですね」
拾って貰って、勝手に育ててもらった気になっていたが、エルフ様からしたらただの他種族らしい。
「……なんだそんな顔して」
「あ、いえ、なんでもないです。なんでも……」
顔に出ていたらしい。
貰った本も、今まで里に置いてもらった恩義も持ち続けている。
今まで通りそれを持ち続けることは出来るのだろうか。
「難しく考えるな」
「え?」
「エルフって種族は信頼関係を築くのに何百年とかかる世界一慎重な種族だ。獣人の長と会ってるって聞いたが、それこそ獣人の長以外に会ってる奴いないんじゃないか?」
確かにエルフ様が里に来るのも、エルフ様のところへ行くのも長様だった気がする。
違ったとしても伝達用の役員として仕事についている里の上役だったはず。
「獣人の里に囲まれているからと言って、エルフは自分たちの里から出ない。自分たちのテリトリーである森に散歩に出たとしても、獣人にすら気配は悟られないし、見つからないだろう」
「なんでそんなことまで……」
「俺がレオ・グライフだからだ」
「はぁ……」
何かを隠しているのは知っているけれど、ここまで露骨だと気になるというか腹が立つ。
「そのうち分かる。そんなことより、あれだろう? 長の木」
ひと際大きな葉が波立つ木があった。
それは色んな木から足場が伸びて、里の中心というのがありありと示されていた。
「あれが……長様の」
「エルフの恩恵をじかに浴び続けた森の心臓とでも言えるな」
「森の心臓?」
「ああ。森と共に育ち、森を育てるエルフのその長が住む。それだけで十分に木は元気になるものだからな。ましてやこの里は怠けて無い様だ」
「勿論ですとも……」
木の前に着いた辺りで重厚で落ち着きを感じる声がした。
長い耳の男性。
髪は白く長い。少ししわの見える肌は白く、服も神官をイメージしたような純白。
全身が白い。
「お久しぶりでございます。レオ・グライフ様」
「ああ。息災だったようで何よりだ」
「えっと……」
里の中ではヒエラルキーのトップに鎮座されるエルフの皆様。その中でもさらに上に居られる長様がグライフさんに遜っている。
訳が分からない。
「君がオウル、か。その節はすまなかった」
「え? あ、いえ。謝罪なんてそんな。こちらこそ、助けていただいてありがとうございます。今自分がここに居られて、生きていられるのはエルフの皆様のお陰でございます」
伝えたかったことを一気に伝え、頭を下げる。
私が今できるのはこれだけだろう。
「ふむ……」
「……長、一つ頼みがある」
「?」
「何でございましょう」
グライフさんが長様に頼み?
「この周辺の国が少々きな臭い。とりあえず、こいつ(オウル)を使って魔術国家の方を見てくる。何かあった時に森を使わせてくれ」
「……我々とて人間にこれ以上の敵意を向けられては耐えられないものもあります」
「人間は最近排他的になりつつある。この森は大きな国の国境線となっている面が多い。このまま放っておけば何れ人間が来るぞ」
「……しかし」
「俺がいる。俺の力はお前のような長命種の長ともなれば身をもって知っているだろう?」
人間が排他的に?
エルフ様や獣人の皆を嫌悪しているのは私が里で育つ時にはなっているというのが正しい表現な気がするのだが……
「帝国に数週間滞在したが、お前たちが知るよりもまずいことになっている。国同士の同盟が少しずつ進められて、もうすぐそれが完成する。他の小さな里はエルフ獣人問わず制圧されている所まであるんだ」
「それはこの里より小さいからでございましょう? 森を育て、里を大きくする心掛けを怠った故の結果であります」
「それを怠っていないこの里は獣人とも連携が取れているから安全だと? あまり人間を侮るな。人間という種族の特性は魔術を使うことではなく、数だ。体が弱く、長くは生きられない。個々の力量もまちまち。ただ、知識があり、国という群れの形態を造る生物の中では断トツだ。いいか? 似た(・・)失敗を繰り返しても諦めをしない。どんな手を使っても。そういう種族だ」
長様はじっとグライフさんの方を見ていました。
しばしの沈黙の後、長様が肩の力を軽い溜息と共に抜き、こう言いました。
「……人間がこの森を諦めないとおっしゃるのですか?」
「王がいくつ代わってもな。ここの長は代替わりをしていないが、周りの国の王は何代目だ? そして侵攻が止まったことがあったか?」
「ふむ……里の会議にて一考させて頂きたく。ご出席願えますか?」
「構わない。が、早々に魔術国家を調べたい」
「緊急で会議を行います。出来れば、獣人の里でお待ち頂きたく」
「ああ。オウル、獣人の里に伝え、長と共に会議に参加してくれ」
頷いて獣人の長様の方に向かう。
一言二言グライフさんとエルフの長様は話した後、互いに木の中に入っていった。
あそこが会議で使う部屋だろう。
私は獣人の里に戻り、長様を探す。
門のすぐそばでおばば様と共に立っていたのを見つけ、事情の説明をした。
「おばば様、あとでお話しましょう。少しの間ならここに居られると思いますから」
「そうかえ? 久しぶりに帰ってきたんだから、ゆっくりしてお行き」
「ありがとう」
長様と歩いて会議へ向かう。
長様はポンと頭に手を乗せて撫でてくれた。
「?」
「無事でよかった」
「ふふ、この里に育てられた人間ですよ? 自然の中で生活する技術はあります」
「それでも、人間であるお前のことを里の全員が心配している。手紙が来れば皆で見ている」
「恥ずかしいのでやめてくださいッ!」
一体何してるんだ。長様宛の報告書まで回し読みしてるなんて……
この里を離れて結構経ったがそこまで心配されていると思ってなかった。
「お前は知らないかもしれないが、育ての親やら幼少の頃から見ている奴からしたらいつまで経っても子供は子供なんだ」
「私もう二十超えてるんだけれど」
「言っただろう。いつまで経ってもかわいい子供なのだ。おばばなど毎日のように手紙来てないかとか言っている。今日こそ何の連絡もなく来るから何事かと里の者は騒がしくしているし、話したいことが山のように積もっている者もいる」
「いやまぁ、寂しかったと言えば寂しかったですが、外ではそれどころはなかったんですよね……」
寂しさを感じる暇がない日々だった。
人間の生活というものを観察し、同じように暮らせるように努力していた。
一年以上という期間を経てこの里に戻ってもつい昨日のように思い出せる。
私が思っているより里の皆は私を心配してくれていた。
「色々大変だろう。分からないことだらけの中死に物狂いでやらなければいけないこともあって」
「……帰ってきてもいいとか言わないんですね」
「やるなら最後までやれ。満足は衰退への第一歩とはよく言うが、満足をしてはならないわけではない。満足しない生き方は疲れてしまうからな」
「心に刻みます」
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「と、そんな訳で最近周辺国はこの森に対して攻撃の兆しがある。俺の考え通りなら直近二週間前後と言ったところか」
「そんな早く……」
「長殿、これはどういたしましょう」
「うぅむ」
会議にはエルフ様、獣人の里の長とそれに近しい方々が参加していた。
若いエルフ様も参加しており、明らかに顔を顰めていたが……
「……」
「なにか?」
「!」
「……こんな悪魔頼らんでも何とでもなるでしょう? 長様、精霊様のお力を信じていないんですか?」
「何ということを言う! 貴様若衆から選ばれたからと言って調子に乗るでない!」
「若衆ならみなこう言いますわ。しかも悪魔頼るなんて……そこの人間だって昔拾った言っても人間でしょう? この里の敵の二大巨頭じゃないですか」
会議に参加している他のエルフ様も少し同調的な表情が見て取れる。
少し空気が重くなってきた頃にグライフさんが咳払いを一つした。
「質問いいか?」
「質問も何もないだろう。あんたらの助けはいらないって言っているんだ」
「おや、俺の知っているエルフという種族は質問の一つも受け付けない狭量な種族ではなかったのだが……少し見ないうちに随分頭が固くなったようだな?」
「なんだと?」
最近グライフさんが若い人に突っ掛かっている気がする。
ジェイスさん元気かな……
「俺と君は初めましてだ。俺は今までの経験から君が俺より弱いことが分かる。いや! まだ口を開かなくていい。君は会議にも出ていることだし、この里の若者の中では発言力を持っているだろう。それが何に起因するものかは分からないが、もし精霊術や腕力などの実力だとするのなら若気の至りもいいところだ」
「言わせておけばッ!」
「ここまで言われて相手の力量の底を見ようとしない様が愚かだと言っているんだ。全くエルフという種族は、内側ばかり見て外の文化を取り入れようとしない点に関しては一級品だな?」
「言うに事を欠いて我らエルフまで馬鹿にするか貴様ッ! たかが悪魔が! そっ首刎ねて二度とその口を開けないようにしてくれる!」
飛び出したエルフ様は片手に細身の剣を持ち、血管の浮かんだ顔でグライフさんに真っ直ぐ突っ込んでいった。
会議で使われた資料が飛び交う中、グライフさんの血が舞った。
「グライフさん⁉」
「はっ! こんなものか!」
「随分元気だな。外でも走ってきたらどうだ。幸いこの森は広いぞ?」
「なんだと……?」
剣が半ばまで刺さった痛みなどないように、寧ろ自分から前に進み深々と更に刺さる。
「は?」
「それで? 君はこの後、どうしたら俺に勝てるんだ?」
「……化け物」
「おや? 君たちエルフのためにわざわざ外の情報を持ってきた俺たちを貶し、挙句串刺しにした君が『化け物』と口にするのは流石に厚かましいのではないか? 長殿が緊急会議の場まで設けた重要性も考えない。自分たちがいる場所が安全で、外の情報も全く耳に入れない。教えてやろう」
更に一歩グイっと近づき、顔をエルフ様に寄せた。
「貴様らエルフなどより高位の存在は、吐いて捨てるほどいる」
すでに力の入っていない手を解き、剣が刺さったまま下がると、それを一気に引き抜いた。
当然出血はするが、次第に出血の量は少なくなりものの数秒で傷が無くなり始める。
ちらっと長様達の方を向いたグライフさんは満足した顔で私の方に来た。
「あの、大丈夫なんですか?」
「あまり悪魔を舐めるな。明日か明後日辺りに魔術国家に出る。何かあればここに戻ってくるから、その時はヨロシク」
「かしこまりました」
エルフの皆様が一人を除いて一斉に頭を下げるのを見て、私は不思議な気持ちになった。
部屋を出ていく際に思い出したことがあって、一瞬立ち止まる。
「エルフの皆様、助けていただきありがとうございました。失礼します」
そう言って先に歩いて行くグライフさんを走って追いかけた。
エルフ様たちは少し驚いたような顔をしていた気がするが、あとで獣人の方の長様に聞いてみよう。
「それで、その鳩尾あたりの傷は大丈夫なんですか?」
「しつこいぞ。あんなものケガの内にならん。避ける必要も感じなかったからああして受けたんだ」
剣には精霊術が使われていた。
あの一瞬で精霊様のお力を宿らせる技量は流石エルフ様と言ったところか。
それでもグライフさんは平気らしいが……
「俺はとある呪い持ちでな。元々高い生命力に再生能力までついてしまった」
「それは呪いではないのでは?」
「いいや、呪いだ。自分の責任を果たすまで死ねない、窮屈な呪い」
「……昔何かやらかしたんですか?」
グライフさんの表情は別になんてこと無さそうだった。
いつも会話する時そのモノというか、飄々(ひょうひょう)としているというか。
「そうだな。上司を煽ったというか、反旗を翻したというか」
「だいぶ違いますよその二つ」
くっくっくと笑うグライフさんは楽しそうだった。
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「こちら、私を赤ん坊の時から育ててくれたおばば様です。おばば様、こちらがレオ・グライフさんです」
「ほう?」
「なんと……あなたがレオ・グライフ」
「ん? 知っていたか」
「ええ、もちろんです……わしは長より年寄り、この里じゃ最年長ですので。お噂はかねがね」
おばば様はグライフさんのことを知っていた?
しかも当然のように遜って……
「オウルや。この方はな? 昔あった大きな戦争に終止符を打った偉大な方なんじゃよ」
「え゛?! そうだったんですか?」
「まぁ、これだけ生きていれば戦争の一つや二つは止める」
「この閉塞的な里で聞いた話だけでも、数えきれないほどの戦争に参加しているという話を耳にしております……」
「よしてくれ。戦争に参加した回数なんて誇れるもんじゃない」
「この前場数が違うとか言って私に小言を言ってきたじゃないですか」
「それはそれ。これはこれ」
どうやら想像よりすごい悪魔らしい。
それだけ戦争に出ていればあんな芸当が出来るのだろうか……無理だな
「最近はお話を聞いていなかったものですから、取るに足らないようなものでありましょうが、心配をしておりました」
「ああ、それは悪かったな。東方の国に向かったり、仲間内で問題を解決したりとこの辺りより遠方にいることが多かった」
「それはそれは……お勤めご苦労様でございます。無病息災を小さき身ではありますが願っておりまする」
「有難い。あのような歴史を繰り返さないように尽力させていただく」
おばば様がこういう風に会話するのをあまり見たことがなかったので少し新鮮だ。
「オウル、休めるうちに休んでおけ。魔術国家では周りが敵だらけという状況になるかもしれない」
「そうなったらすぐ逃げましょうね……ではお言葉に甘えて少し休みます」
おばば様と久しぶりに家に入る。
色々話しながらご飯を作って、一緒に食べて、お風呂に入ってから泥のように眠る。
移動とかグライフさんの刺突事件とか実はそのグライフさんが割と有名だったりして疲れたのかもしれない。起きたら既に太陽は頂点より傾いていて、もう既に午後らしい。
朝? の支度を済ませ、外に出る。
家の前で植物に水をやっている精霊様を眺めているおばば様の隣に座った。
「おばば様おはよう」
「おはようオウル……よく眠れたかい?」
「うん。久しぶりにぐっすり眠れた気がする」
「そうかえそうかえ……そういえば、グライフ様が先程来ていたよ」
「グライフさんが? なんだろ」
上を眺めてさわさわと揺れ動く木の葉を眺める。
グライフさんが話に来ることと言えば昨日の事だろうか。
「……里は最近どう?」
「なぁんもないよ。オウルが出てから寂しかったけれど、ケガも病気もないし、平和そのものさね」
「そう……長生きしてね?」
「ふっふっふ。オウルがおばあちゃんになるのを見届けるつもりだよ」
「そっか」
獣人ならきっとできるんだろう。
おばば様が今いくつなのか知らないけれど。
「起きたか、オウル」
「グライフさん。おはようございます」
「ああ、おはよう。すこし森の東端辺りが騒がしい。獣人の哨戒班について行くぞ」
「今からですか?」
「もう数分で準備が完了するらしいからな。起こしに来た」
装備を家の中から持ってきて、おばば様に挨拶してからグライフさんと門の方に走る。
門の方に十数人が集まって支度していた。
「おう! オウル。それとグライフ殿。こちらはもう出れるぞ」
「おはようございます、リーダー。私たちも出れます」
「じゃあ行こうか。お前ら! 東端の喧騒の確認が今回の目的だ。いつも通り、音は最小限に、周りに気を付けて進め!」
「応ッ」
「私たちはどう進みますか?」
「俺が抱えて走るか。お前追いつかないだろう」
「じゃぁお願いします」
背中と膝裏に腕回され、抱えられる。
少し周りからぎょっとした目で見られた気がしたが、見ても前を見ていた。
「お前人気だな」
「え?」
「いや……行くか」
獣人の一団に紛れて東端の方へ向かう。
どこの国が来ているのかは聞いていないが、何もないと言いと願いつつグライフさんの服を少し強めに握った。
こんにちわ。御堂瑞駆です。
作中初のエルフの里の描写。
語彙力が欲しい……
お読みいただきありがとうございました。次回も楽しみにしてくれたら幸いです。
こちら筆者のTwitterアカウントです。(@Mimizuku_Oul)https://twitter.com/Mimizuku_Oul