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第77.5話 震え

エストアニ王国が降伏を決定する前日。新たにディール帝国に雇われたワイバーンとその操縦者は、同乗予定のパルマーの奴隷が酷く震えていることに気付いた。


「どうした、飛ぶのが怖いのか?」

「いえ、飛ぶのは大丈夫です。高高度にも耐えられますし、バトラーさんの操縦の腕を疑ってはないです。歴戦の傭兵団の団長ですし。

ただ……」

「ただ?」

「この抱える爆弾が、どれだけの命を刈り取るものなのか、私は知ってしまっているので……」


バトラーと呼ばれた男性は、怯える奴隷の肩を叩く。その後、新兵にかけるような言葉を送ってしまった。


「不安になるな。戦争なんてもんはな、相手をただ殺すことだけを考えれば良いんだよ。他の思考は捨て置け。そうじゃないと、仕事が出来ないぞ。今はただ、与えられた任務が達成できるか、それだけを考えるんだ」

「はい……」


この奴隷は、パルマーの初陣の時から付き従っていた中級奴隷である。地獄のような訓練を経ても、得られた耐久力は低い。その臆病さゆえに、前線から遠ざけようとパルマーも農奴にならないかと提案をした。


しかし戦場を経験していくうちに、次第に剣術や盾術などの戦闘能力自体は向上し、臆病ながらも任された仕事や作業はきっちりとこなすようになった。そうして今回、大任を任された。もしも上手く成功すれば、祖国である元オーブリー王国での男爵位を確約されている。


一発で戦局どころか、国の存滅にすら関わるほどの死人が出る爆弾。それを怯えながらもしっかりと抱きしめたパルマーの奴隷は、覚悟が決まってしまう。


「皇帝陛下より連絡。落とせとの指示が入った」

「よし分かった。

ほら、行くぞ」

「……ええ。行きましょう。

可能な限り、高く飛んで下さい」


バトラーの体重は60キロ。パルマーの奴隷は48キロ。大型魔素爆弾は22キロ。合計で130キロほどの重りを乗せたワイバーンは、鎧を付けずに空へと昇る。反撃を受けることすらない、高い上空を飛ぶ予定だからだ。


「それを地面に叩きつけるのか?」

「いえ、真ん中の出っ張りを押し込んで捻ると30秒後に爆発する仕組みです。

なので、あの山と同じぐらいの高さから落とす予定です」

「あそこまで一気に上がると俺が辛いんだが……仕方ねえか」


目標地点に到達したパルマーの奴隷は、抱え込んでいる大型魔素爆弾の起爆装置を稼働させ、すぐに落下させる。直後、叫んだ。


「全速力で逃げて下さい!逃げきれなければ、一瞬で灰になります!」

「お、おう。そんなに慌てなくても良いんじゃねえか?あの爆弾、爆発する時間には地面に到達してるだろ」

「いいから早く!」


鬼気迫る勢いのパルマーの奴隷に押されたバトラーは、全速力でその場から離れるようワイバーンに指示し、ワイバーンもそれに応えて加速を始める。


そして二十数秒後。世界が揺れた。


「GRAAAAAAAAAAR」

「うわあああ!?」

「耐えて下さい!死にますよ!」


ワイバーンは下からの衝撃波を受け、落下していく。しかし全速力でその場から離れていたのと、大型魔素爆弾の大部分を構成する魔素の純度が低かったお蔭で、ワイバーンの傷は浅く、何とか持ち直す。ゆっくりと高度を下げ、落ち着いて帰還ルートを辿る最中、2人はとんでもない光景を目の当たりにした。


「おい……これ、何人死んだんだよ」

「……少なくとも、爆心地から1キロは粉微塵ですね。人の気配が全くしません」

「あそこに、砦があるはずだよな?瓦礫すら、残らねえのかよ」

「ないですね。周辺の村も、人も、畑も。跡形なく地図から消え去りました」


徐々に、とんでもないことをしたんじゃないかという気持ちが2人には湧き上がって来るが、拠点に戻ると他のワイバーン兵達が小型魔素爆弾を持つパルマーの奴隷達と飛び立つ準備をしていた。


「なあおい、この爆弾ヤバイぞ。軍人も民間人も関係ねえ。全部吹き飛ばしてしまう」

「ああ。さっきの衝撃波はここまで届いた。間違いなく貴様は、この戦争での英雄だ。誇るが良い」

「あんな……あんなもんをまだ使うのか」

「ああ。さっきお前達が大型魔素爆弾を使ってくれたからな。後続の彼らは、もはや劣悪な小型魔素爆弾を使うのに躊躇などしないだろう」


拠点に居座る指揮官の伯爵に対して、話しかけるバトラーは、自分達が心理的な先駆けになっていたことを知る。後続のワイバーン兵達は、次々に小型の魔素爆弾を城塞内部へと放り込み、戦果を挙げて行った。


それはもはや、戦争ではなく虐殺だった。戦うために集っていた農民達はほぼ全員が塵となり、城塞内部の9割を超す人々が死滅した。僅か一日で徹底抗戦派は消え失せ、エストアニ王国は降伏をする。


この戦争を契機に、ディール帝国内での反乱は起きなくなった。おぞましい真実が、尾ひれを付けて噂としてディール帝国内を駆け巡ったからだ。


エストアニ王国の予想より遥かに早い降伏に周辺の国々は動揺する。次にディール帝国の標的になったのは、ボルグハルト王国だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 投下者やパルマーは、チャーチルやオッペンハイマーにルーズベルトに比べたらまだまだ善人だって言えるのがリアルの嫌なところ、そいつらは自分が地獄に落ちるとか作ったとか考えてないし。
[一言] 一方しか核もってなかったらこうなるわな 大陸統一帝国も近いな
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] >一発で戦局どころか、国の存滅にすら関わるほどの死人が出る爆弾。それを怯えながらもしっかりと抱きしめたパルマーの奴隷は、覚悟が決まってしまう。…
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