第62話 カルマ
戦争の扇動をする方法として、一番楽なのは武器を売ることだろう。というわけで大砲と弾を次々に高値で出荷していく。既に俺やヴァーグナーが大砲を使用していることは周辺諸国には知られているので、いずれ技術が盗まれて広まるのは確実。だからその前に売り抜けておきたい。
うちの精鋭奴隷ぐらいまでなら、大砲の実弾が直撃しても耐えるし、大砲のコストパフォーマンス自体は今はまだ良くないんだよな。城壁とかを破壊出来るのは利点だけど、命中率は高くないので外れることも多いし、分厚い城壁だと同じ場所へ何発も撃ち込まないといけないのが辛い。
『警告。勇者が召喚されました。標的はあなたではありません。
この警告は勇者召喚時に、勇者召喚の標的と負のカルマ値が最大の生物に送られます』
出来れば内戦、内紛が起こりそうなところへ武器を送りつけたいので、情勢が危うそうなところを選定していたら『このサービスは終了しています』と同じような機械音声が頭の中で鳴り響く。勇者召喚って何?あの性悪女神は何も言ってなかったぞ。
『……あなたには説明する義務が発生したから説明するわね。
この世界に、勇者が召喚されたのよ。召喚されたのはこの大陸の南にある別の大陸。標的もその南の大陸にある魔族の王よ』
(うわ、久々に出てきた。死んだんじゃなかったのかよ)
『神がどうやったら死ぬのよ。
……あなたのせいで死んだ人間はこの世界の自然な死じゃないから、魂に関わる別の手続きが必要なの。あなた、元は日本の標準的な大学生よね?』
(21歳童貞。学費は奨学金を借りて、パチンコの稼ぎで日々を暮らしていた標準的な大学生だったよ)
すると、今まで教会で何度話しかけても何の返答も無かった性悪女神が唐突に事情を説明してくれる。死んだんじゃなかったのか。残念。ただ俺のせいで業務が莫大な量になったらしく、随分としおらしくなっていた。騙されんぞ。もっと業務量は増やしてあげよう。というか増やすなと頼まれても絶対増えるしな。もっと戦争はするだろうし。
(負のカルマ値云々って、何の話だ?)
『悪行の分だけ増える数値よ。善行をすれば減るし、正に転じる。
勇者召喚は別の世界から魂を呼ぶけど、基本は標的のカルマ値が反転した人間が、そのカルマ値の分だけボーナスを得て召喚されるという認識で良いわ』
(……何でそんなに情報くれるの)
『負のカルマ値最大の人間には説明しないといけないの!誰が好きであんたに情報渡すと思ってるの!』
(ふーん。
……え、待って。要するに俺って、現存する全人類の中で最悪の人間だってシステムに選ばれたの?)
『2位に30倍以上のスコアを付けているわね。
ちなみに2位の人間は強盗、強姦、殺人のコンボを100回以上決めているけど、それでもあなたの足元にも及ばない負のカルマ値だわ』
好きで情報を渡すわけないじゃないとか言いながら、恐らく言う必要のない「2位と30倍以上の差」という情報までくれるのはありがたい。説明では、標的の負のカルマ値の分だけ正義感の強い人が、ボーナス分の特性を得てこの世界に来るようだけど、それじゃあ今回召喚された勇者は弱いってことか。
『勇者召喚は10年に1回まで、それも多くの魔力を持つ者が複数名、何年もかけて行うから早々起こることじゃないけど、このまま悪行を重ねて南の大陸まで手を出せば、確実に次の標的はあなたよ』
(ということは、とんでもない強さの勇者が将来現れるということか。
ちょっと生きる楽しみが増えたわ)
『……一応、悪行の見直しをさせるための通達なんだけど無意味なようね。
というか何で普通の日本人が略奪して人を殺せるかねえ』
(娘と嫁と財産を奪われたおっさんとか、殺してあげた方が良いでしょ。殺さない方が生き地獄だと思うんだけど。いずれ野垂れ死にするなら、スパッと首を切り落とした方が楽だろうし)
『勇者に殺されて死ね』
最後は死ねと吐き捨てられて声が聞こえなくなるけど、次の勇者召喚までに最低でも10年かかるとか対策を考える時間が10年もあるということじゃん。まあ10年で別大陸まで手を伸ばせるかは微妙だけど、女神に言ったように楽しみは増えた。
俄然領土拡張の意欲が出てきたので、常備軍2500人と不死身奴隷1000人を使ってミラー公爵領に宣戦布告無しで侵攻。略奪の限りを尽くし、勝手に関所を作ってここはディール王国の一部になったことをエストアニ王国へ伝える。
当然、怒ったエストアニ王国が軍を派遣してくるけど、ミラー公爵領は周囲を山に囲まれている上、南からの進軍ルートがほとんどないのですぐに攻めあぐねる。こんな領土、切り取られて当たり前なんだよなあ。
よって東側であるエストアニ公爵領から大軍がやってくるかと思ったけど、うちよりも地震の被害が酷かったエストアニ王国は大軍を出せるような状態ではなく、1000人と2000人の部隊が2回やって来るだけだったので対処は非常に楽だった。
……これはエストアニ公爵領まで切り取りたいけど、人口が多いと支配が大変だから次はアラン公爵領かな。国境は軍で固めて、内側は反乱を起こされないように、反抗的な人物の国外追放を始めた。これにより、既に国民になった者が非国民を追い出す構図が完成し、勝手に国が形成されていく。こりゃ大義名分要らんかもな。人口が少ない上、震災直後だし文句を言える元気のある奴が少ない。
同時に情報の流出も起こるようになるが、これはもうどうしようもない。重要な情報を持っている者は追い出さずに地下牢へ入れるが、持ってない者から溢れる情報まで逐一管理するのはもう不可能だ。
ボロボロの公爵領でも、公爵領は公爵領。ミラー公爵領の実効支配を行ったことにより、これでディール王国の支配地域は公爵領4つ分となった。王国としては、これが標準ぐらいかな。




