第60話 追い討ち
カルリング王国では小麦の収穫時期を迎えて何とか飢餓状態は脱したものの、未だに食料事情はかなり悪い。来年まで持たないから日々の食事を切り詰めるのは仕方ないとして、やっぱり耕すための馬や牛を殺しているのは痛い。恐らく、今年の収穫量は昨年比で8割ぐらいのはず。来年は、もっと落ちてくれるだろう。
一方で、ディール王国も総合的な収穫量は大して多くないので余裕ある生活は出来ないです。農作物の種類を増やしたのは良いし、食料自給率はほとんどの項目が110%から120%で小麦に至っては150%ぐらい。一方で、一部の農作物の自給率はかなり低いです。果物類は全滅気味。
でも果物は、収穫量が少なくても生きて行くのにそこまで問題視はされないだろう。食料関係で一番辛いのは、買いだめしていた塩が目減りしていることだ。このままだとあと2、3年で尽きてしまう。明確なタイムリミットは、塩になりそうだなこれ。一応岩塩の採取もしているけど領内を賄いきれるわけないし、海に面してないのが非常に苦しいです。魚とかも全然食べてないし。
ディール王国内ではエストア公爵領に小さい湖があるけど、淡水な上に魚の種類が少ない、不味い、有毒種が多いの三重苦。まあ有毒とは言っても死に至るような毒を持つ魚はいないし、お腹を壊すだけだが、俺がお腹を壊すんだから訓練されていない人なら死んでいるかもしれない。
もしかしたら、寄生虫が悪さをしているかも。でも刺身は食べたい。醤油ないから塩で食べてるけど、塩でも刺身は美味しいです。日本人の性だなこれは。異世界人には全く流行らないどころか、魚を生で食べる変態みたいな目で見られているけど、止められないです。
……そういえば醤油を作ってる異世界人とかいっぱいいた気がするけど、作り方とかみんな覚えているの凄いな。マヨネーズぐらいならギリ分かるけど、醤油と味噌は無理だわ。大豆から作っていることぐらいは知っているし、酵母とかが必要なことも知っているけど、具体的な作り方は分からんです。
最悪、塩問題はカルリング王国を縦断して海まで塩を取りにいかないといけないかもしれない。それか、シュルト公爵に届けて貰うか。前にシュルト公爵領に行った時は、遠目に海が見えたけど、上手く活用は出来ていないようだった。大きな港とかなかったし、勿体ない気持ちになる。
地震からの復興作業が着々と進む中、気になっていたボルグハルト王国の情報が入って来たが、どうやら地震による被害はディール王国と同程度らしい。そしてそれ以上に、疫病が蔓延しているとか。そういえばボルグハルト王国のトップにあの性王がなれたのは、宮中で致死率の高い疫病が蔓延したからだったな。
アルフレートの正妻である第四王女が、巡り巡って王位を継承した頃には疫病が収まっていたらしいけど、地震で再度流行するというのはどういうことだろ。単純に疫病が収まったのは、感染した人が全員死んだことによる根絶だと思うけど……地震で建物が倒壊し、日々の暮らしが大変になり、免疫力が落ちた上、環境衛生が悪化したのかな?
……情報を持ち帰った人物と、その人物と接触した人の特定を行い、接触回数を減らせるよう隔離するか。今ここで感染病が流行るとうちとしても大打撃だし、下手したら俺が死ぬかもしれない。
しかし指示を出す前に、どうやら情報を持ち帰った人物とそれに関わった人は自主的に隔離をされている模様。あれ?一応他国で感染病が流行っていて、その国から帰って来た人がいる時の対処方法、決めていたっけ?……あ、独立した頃に決めていたわ。過去の俺有能。伊達にコロナ禍の世界を過ごしてない。
幸い、今のところは高熱が出たり倒れたり、息苦しくなったり下痢にはなってないようで、無事とのこと。これ流行っているの、チフスに似た何かだな。恐らくは人から人に感染はするけど、空気感染はしないやつ。もし空気感染するなら、宮中だけとか特定の場所だけでの流行はあり得ない。
ということは鼠とかの小動物を媒介するルートか、排泄後の便ルートの確率が高い。とは言ってもトイレに行った後に手を洗うの、この世界だと庶民は難しいんだよな。下水道はあるけど、上水道はないから自由に水を使えるのは水属性魔法を使える人か、その類のアーティファクトを持っている人のどちらか。
他は井戸で汲んだり、川から汲んで来たりするしか方法がないので、トイレに行った後に手洗いしろと簡単に言うことは出来ても実行は出来ない状態。他領では大便を水で下水まで流したりするけど、うちでは大便が火薬の原料だし……。
……ボルグハルト王国に送り込んだ他の諜報員達は、全員その感染病を発病したということか?あ、俺が昔に書いた諜報員の心得に「他国への潜入時にその国固有の病になった場合、帰って来ずに完治させた上で帰ってくること」って書いてあるわ。
ということは、全員発病してそうだ。全員、同じトイレでも使っていたのかな。まあそれは十分に考えられることだし、今は自国で疫病が広まらないように考えておこう。




