第56話 転作
カルリング帝国の経済破壊は行ったが、ボルグハルト王国やレナート帝国、エストアニ王国の経済活動はほぼ通常通りだ。他国だと通貨が違うし、既に一度実行した手で他国も潰せるほど、この世界は甘くはない。既にカルリング帝国の経済がどういう経緯で潰されたのか、他国はある程度分かっているだろうし、そうなると効果が薄くなる。
通貨を偽造するのにもそこそこ労力がかかるし、食料の買い占めは最早通用しない。虚報からの買い占めコンボは、もう二度と使えないだろうな。ということは、別の方法で他国の食料生産力を削らないといけない。
なので、綿花の栽培方法を輸出します。……別に特別なものじゃないけど、綿花の栽培はどの国も一部の特権階級しかしていない。具体的にはクヌート教の教会のお偉いさん達。破門された以上、そういう存在は無視して綿花を広めることに尽力しよう。上手く行けば、他国の農民達が騙されて転作してくれる。
……地味に綿花って、必要な水の量が多いから他と競合するんだよね。まあ素直に農民が転作するかと問われたら、それもまた微妙なとこなんだけど、将来的に綿花が足りなくなる恐れがあるから早めに手は打たないといけない。
あとは、ミントのような繁殖力のある植物の種を複数種類、スパイ達に持たせて各国の農場にばら撒く。改造を施した結果、もはや植物の核兵器みたいなものになってしまった植物の種。一応食べられるから、餓死者は少なくなりそう。栄養とかほとんどないけど。
うちも一部の領土でも、繁殖し始めているので問題になっているぐらいだ。対処法を正しく知っていないと、農地を丸々乗っ取られるだろうな。……ミントっぽい植物の、品種改良を進めたお蔭だけど、ぶっちゃけやる必要が無かったぐらいには元々の厄介度が高い。
というか他にも色んな作物の品種改良には手をつけているけど、繁殖しやすい、成長が早い、種子が多いって品種改良し易すぎた。より成長を早く、より繁殖することを目標にして育て続けたから、まあ農地に撒くのは完全にテロ行為だな。
……といっても、結果が出るのは遅いだろうし、それまでディール王国が耐え続けられるかという問題もある。全方位敵外交をしている以上、徒党を組まれるのは必然的。それらに打ち勝って、国を大きくし続けないと内にも敵が出来てしまう。
繊維業に力を入れ始め、各国に種子爆弾を撒いてしばらくは平穏な日々を過ごしていると、シュルト公爵家が独立戦争に勝ってシュルト公国を建国したという情報が入る。まあ今の死に体のカルリング帝国相手なら、公爵1人どころか伯爵1人でも勝てそうだな。
あと純粋に、シュルト公爵の軍が精強だ。レナート帝国相手に略奪してたようだし、飢饉には陥ってないから余裕で勝っている。
しかしシュルト公爵以外が独立に踏み切らないところを見ると、ヴァーグナーが目を光らせているのか。あいつ以外に、今のカルリング帝国の宮中を取りまとめる奴がいるとは思えないし……。というか飢饉中でヴァーグナーはめっちゃ頼られてそう。第六皇女と結婚したのが運の尽きだったな。
と思っていたら、ヴァーグナーが第六皇女、現皇妹との離婚を発表。軽く言ったが、大事件である。クヌート教の教義で離婚は禁じられているのもそうだけど、この世界の文化、慣習的に離婚はあり得ないことだとこの世界の全人民が認識している。
離婚率、脅威の0.1%以下だ。しかもそれも側室との離婚であって、正妻が離婚されることはここ数十年で片手で足りるぐらいしか起きていないはず。その理由も、子供を産めないが大半だったはずだから、子供が出来たのに離婚とか初めてじゃない?
側室との離婚でも評判はガクッと下がるのに、正妻との離婚とかやべーわ。リンデさんから、ヴァーグナーの弟というだけで睨まれてるわ。怪力持ちの眼光超怖い。
しかもあれだけカルリング帝国の甘い汁を啜っておきながら、死に体になったら即切り捨てかよ。離婚後、即独立戦争を仕掛けるとか俺より無情じゃないか。当然ながら、ヴァーグナーはこの独立戦争中に教皇から破門される。これでクラウス家の三馬鹿は、揃って破門されたことになるな。……あれ?
……これ、しばらくは共闘できるんじゃないか?少なくとも、相互不可侵条約を三ヵ国で結ぶことは出来るだろう。そのうち、教皇が周辺諸国の軍を集めて討伐しに来るのは目に見えている。だけどそれすらも、協力すれば簡単に跳ね返せる確率が高くなる。
過去に起こった大聖戦では、教皇が自領の2万を含む10万規模の軍で破門した国の王を捕らえて火炙りにしていた。しかし三兄弟が協力すれば、逆に教皇を捕らえて火炙りにすることも可能なんじゃないか。
まあ兄弟での協力とか考えても、行動には移さないんですけど。まず俺が現在進行形でヴァーグナーの息子を拉致してるし……あああああ!こいつ親が離婚した上、どちらが親になるかも確定していない曖昧な状態になりやがったから利用価値が暴落しやがった。
まあでもヴァーグナーの跡継ぎ候補ではあるだろうし、コイツと引き換えに援軍とか要求したら応えるかな?……兄の2人と足を引っ張り合わないことを確約するだけで、今まで西に9割ぐらい向けていた意識を北と南と東に向けられるんだよなあ。




