第42話 虚報
情報というものは、正しく操れば核兵器にも劣らない兵器となる。近い将来、貨幣価値の暴落が起こる今、俺がするべきことは何か。
まずは、商人達からお金を借りることだろう。公爵にもなると、結構な数の商人から信用でお金を借りることが出来る。特に俺は何故か商人達からの評価が高いし、年利たったの50%で大量のお金を貸してくれる。アホだなこいつら。俺が年利50%でお金を借りるのに、インフレ率が50%で済むわけないだろ。
さて。カルリング帝国では金貨の純度が50%と定められている。基本的に、この世界でも金は貴重だ。次いで銀が貴重で、銅は大量にあるというのも地球と一緒。具体的には、金の量が1に対して、銅は500ぐらい出る。本来ならもっと差があるんだろうけど、銅はこれ以上産出しても需要が……という状態。
この貨幣の価値を下げるためには、大量に鋳造するという手もあるけど、単純に金貨の金の純度を減らしてやればいい。例えばだけど、純度を5%にまで減らしてしまえば、現在の10倍の量の貨幣を鋳造することが出来る。何なら、今ある金貨の金を再利用しても良い。銀貨についても同様。
これだけだと、重さでバレるので工夫は必要だけど……まあ共通規格とかも無い世界。多少大きくなってもバレないし、あとは魔法で重力を付与して、一定期間は本物の金貨と同じ重さにしておく。それ以降は中に埋め込んだ魔石の魔力が切れて軽くなります。偽物の金貨だと分かり易くて良い感じ。
そもそも悪貨はあちこちで出回っているものだし、それを国側が本気を出してちょっと大量生産するだけだ。目指すは貨幣量100倍。このためだけにポワチエ公爵領にいる貨幣を鋳造する職人さんを増やして工場化させました。ついでにこの偽貨幣を扱うのは何も知らない新人奴隷なので、万が一失敗しても大した痛手にはならないという。そして使うのに失敗しなかったので、大変に都合が良い。
借りた貨幣を溶かして作った偽貨幣で、衣食を買い漁る。多少高値になっても構わないので、1.5倍程度の値段でも2倍の高値でもどんどん買い込む。ついでに奴隷も買い込む。せっかく借りて増やしたお金、使わないと損なので追加で1500人ほど買った。500人貸し出し中でも、2000人の奴隷がいるって凄いな。これだけの労働力があれば、本当に色んなことが出来る。
元々、貨幣の量が溢れないように金貨や銀貨の鋳造のペースは意図的に落としていたらしいけど……それが爆発的に増えて、各地で大量に使われるようになったんだから、あっという間に地獄絵図が出来上がる。特に今回、今年は農作物が豊作だから早めに売りさばいた方が良いよという謎の情報操作があったので、大体の商人は倉の食料を売り切っただろう。
……偽貨幣の大量鋳造を始め、各地で食料品を買い漁った一か月後。ポワチエ公爵領とディール公爵領とシュルト公爵領以外では飢饉が始まる。みんなお金を持っているのに、みんな食料を持ってないから食料を買えないという異常事態に。過去にこういった策略が無かったことは確認済みなので、この国は今ハイパーインフレ初体験を迎えていることになるな。おめでとう。
増やした関所によって、外からの流通を完全にブロックしたので商人達は行き来出来ない。食料を持って他領に行く者は死刑との立札も立てる。俺が法だ。今現在、他領に食料を持って行かれると全ての計画が水の泡になるから仕方ないね。焼け石に水だろうけど、その水を与えるのもヤダ。
まあこの立札のせいか、ブロックしたのにも関わらず他領から噂が流れて来たのか、ディール公爵領でも食料の買い占めや買い漁りが多発したので結局ディール公爵領も飢饉になるという。それでも他領よりマシだけど。食料品の値段、まだ3倍にしか上がってないし。自給率はほぼ100%のお蔭で、わりと何とかなっている。
脆弱な経済システムを、破壊することが今回の目的だったわけだけど、こうしてお金で遊ぶのは楽しい。特にクラウス公爵領や上テレンス公爵領での飢饉は酷かったようで、ヴァーグナーさんは身銭を切って下々の民を助けたらしいよ。ざまあ。
完全に経済が壊れたところで、借金の取り立て目的でうちの経済圏に入ろうとした商人達には借金を返す。まだお金を借りてから3ヵ月ぐらいしか経ってないけど、利子は12.5%分キッチリ払う。現段階では本物か偽物か分からない貨幣だし、他領のインフレ率は3ヵ月で3000%とか面白いことになっているから、もはやその額のお金に価値があるとは思えないが。
偽貨幣については、こんなことをしなくても貨幣の量産とその用意が出来れば良いんだけど、出来そうだからやった。こっちの方が、より大量に貨幣を用意できるし、破壊力が上がるからね。こうなってくるとカルリング帝国から懲罰のための軍隊が差し向けられそうだけど、まず軍を起こすための兵站が用意できないから詰んでいる。
麦を始めとする主要な穀物類の収穫に合わせてやったから、まああと数か月は飢饉だろうな。にしても食料の買い占めって案外バレないな。これは情報の伝達が遅い、中世だからこそ通じることだろうけど……これなら偽貨幣は要らなかったかも。
他領が食料を求めて争い始める一方、買い占めを行ったディール公爵領では俺の倉で食料が腐っていっている事実。勿体ないから炊き出しという形で各村々に食料を与えた。こうやって良いことをすると、気分がとても良くなるね。盛大なマッチポンプだということからは、目を背けよう。




