第39話 譲渡
ディール公爵になってから、しばらく経ったけど未だにヨアヒム伯爵はパウルス陛下の封臣のままだった。本来であれば、公爵になった時点で封臣の譲渡が行われるんだけど、俺が成人していないせいでその話が進まなかったのだ。
しかし皇帝の家令であるシュルト公爵家の当代、フォンターナさんが働きかけてくれたお蔭で無事にヨアヒム伯爵が俺の封臣となる。皇帝視点では、直前まで戦争していた相手に封臣を譲渡しないといけないとか内心は如何に。
まあでも公爵を与えるということはその地域の主であることを認めるわけで、公爵を与えた段階で譲渡していないとおかしい話なので一度決まったら後は早い。
そして俺の封臣になってくれたので、早速ヨアヒム伯爵に通告。内容はファビ伯爵領の没収。過去に俺やアルフレートが、ヴァーグナーに受けたものと同じである。歴史は繰り返すもの。
ここでヨアヒムには、選択肢が生まれる。1つはこんなの受け入れられるかと反乱を起こすこと。この場合、停戦期間を破って宣戦布告するのはヨアヒム側となる。開戦事由が暴君パルマーに対する反乱、になるからな。
もう1つは、素直にファビ伯爵領を明け渡すこと。こちらを選択した時、封臣契約を修正することになっていて、内容は主君の封臣に対する領土への干渉不可。要するにこれ以上は領土の没収等は行えないし、ヨアヒムが領内で何をしていようが俺は干渉できなくなる。
まあ契約なんて破ることも出来るんだけど、単に領土の没収をするのとは比較にならないぐらいには暴政と見なされる行為であり、主君や配下からの信用を著しく失う。つまりは、ヨアヒム伯爵の家名の地、ハース伯爵領には手を出さないと約束する、みたいな感じの認識で良い。
ぶっちゃけ、ここで反乱を起こした場合、ヨアヒム伯爵に勝ち目はない。そして反乱を起こした場合、反乱を起こした側が勝てば独立することになるけど、負けた場合は主君に何をされても文句を言えない立場となる。大体の場合は、領土を全部没収された挙句に殺されるね。
服従か死か、みたいな2択を突き付けていることになるけど、これ俺もアルフレートもヴァーグナーからやられたんだよなあ。しかも全所有伯爵領に対してだから、選択肢は無かったようなものだった。一方でヨアヒムは、服従を受け入れても一伯爵領の領主として、存続し続けることが出来る。
結構迷ったみたいだけど、1週間後に返答が来てファビ伯爵領を丸々譲渡される、これで俺は5伯爵領持ちで、ヨアヒム伯爵という一伯爵領の伯爵を封臣として従えている状態になる、ディール公爵になって、一番大きな出来事だ。
一方のジェレミアス公爵は、ポワチエ公爵になったことで皇帝の直轄地だった伯爵領を譲られ、第六皇子を封臣として譲渡された。……ここで皇帝がポンポンと敵だった奴に領土や封臣を渡している理由は、幾つかある。
まず1つ目の理由としては、既に皇帝は統治能力を超えた数の封臣を抱えていて、直轄領もキチンと管理出来ていなかったこと。というか公爵が誕生したら、その公爵領にいる伯爵全員をその公爵の封臣にするのは過去からの慣習だ。簡単に戦争の火種になるし、公爵になる時に大金を払っているのはこの譲渡が目的でもある。
2つ目の理由としては、恩を売って裏切り辛い状態にしている。既にヴァーグナーとかは、皇帝から下賜されまくっているから簡単には裏切れないだろう。あとは封臣の譲渡の際に皇帝との10年の停戦条約を結ばされたので皇帝に対する策略とかは何もできなくなりました。まあこれも慣習なので何も文句は言えない。
これからしばらくは、内政に専念することにするか、南にあるエストアニ王国へ喧嘩を売るかの2択か。こちらから宣戦布告したら、封臣も主君も一斉に敵になるのは辛いけど、ジェレミアス公爵の協力があればある程度は削り取れそうなんだよな。
まあでも、奴隷兵を着実に増やして内政に専念するのも悪いことじゃないか。最近は奴隷の値段が高騰し始めたから、また領内の揉め事に首を突っ込んで……。
いやそれよりも、奴隷を増やすという方向性だけなら南にあるエストアニ王国のミラー公爵領へ略奪しに行った方が利益出そうだな。確かエストアニ王国は、ボルグハルト王国の性王が破門された時にいの一番にボルグハルト王国へ喧嘩を売り、あっさりと負けている。
そんなに戦争が強いとも思えないし、何よりヴァーグナーの治める公爵領も、アルフレートが治めるボルグハルト王国も、エストアニ王国領と接しているんだよな。
……非常に癪だが、本当に癪だが、あの2人を誘うのが一番効率良く略奪出来そうだな。それぞれが一斉に略奪を開始すれば、エストアニ王国は1つの軍にしか対応出来ないだろう。ということは残りの2つの軍は、好き勝手略奪が出来るということだ。
当然、エストアニ王国の封臣達もそれぞれ軍を持っているし、各地で抵抗されるだろうけど……他所から奪う以上に、楽に稼げる手段をまだ人類は発明したことがない。




