第37話 傭兵
ヴァーグナー軍と相対したわけだけど、この時点で勝負はついている。何故ならば、中央はこちら側の兵数の方が多くなり、その上、ジェレミアス伯爵の軍の主力が傭兵だからだ。普通、傭兵と聞くと数合わせのための金で雇われる質の低い部隊、みたいなイメージが先行するけど、全然そんなことはない。
簡単に17傭兵団9000人と言ったけど、これを用意するのは中々大変だ。そして傭兵というのは、基本的に強いところほど高い。ジェレミアス伯爵が幾ら払ったかは分からないけど、ここでケチるタイプの人間ではないだろう。
傭兵も常備軍の兵より強いことがあるし、傭兵団の団長クラスは、大体みんな強い。17傭兵団もいるということは、リンデさんみたいな存在が少なくとも数人はいるということだ。コルネリアクラスは、それこそ数十人規模で存在するだろう。
一方の第四皇子の援軍として参戦したパウルス陛下の軍は、4000人が農民兵だ。彼らも従軍経験が全くないとは思えないけど、常在戦場で生きている傭兵とは練度が違う。案の定、皇帝の常備軍は新兵でいっぱいだしな。恐らくは編成したてなのだろう。
皇帝の敵が増えているから、常備軍の規模を拡大したんだと思うけど、逆に狙い目になっている。これは、何もしなくても勝てそうだ。唯一気を吐いているのが第四皇子とその直下兵だけど、数が少ないからなあ……。
「……ヴァーグナーが、攻めて来ない?」
「当たり前だな。向こうもこんな戦いで出血するのが嫌なんだろ。下手に突いて精鋭を失うのも嫌だろうし、そもそもヴァーグナーも俺も、同帝国内への封臣相手の宣戦布告が出来なくなった。しばらくの間は、戦う理由すら失ったな」
カーラが動かないヴァーグナー軍を不思議がっているけど、当たり前のことだ。ヴァーグナー軍との睨み合いを続けるけど、仕掛ける気配は互いに全くない。少なくとも互いに、カルリング帝国の皇帝の封臣である間は、宣戦布告が出来ないから争う必要もない。まあ請求権を生涯持ち続ける関係で、カルリング帝国が崩壊した後も仲良くするかは分からないけど。
本当に軽く、弓矢で打ち合う程度で戦闘は終わり、戦争はジェレミアス伯爵が勝利していた。俺の援軍の必要はなかったかもしれないけど、まあ向こうのヴァーグナー軍の足止めをしたということで、キッチリと謝礼は受け取っておく。俺の軍がいなかったら数の優位が向こうにはあっただろうから、ヴァーグナー軍も大きく動いた可能性はあったし、後ろめたいことは何もない。
なお第四皇子は領土を奪われた後、同じポワチエ公爵領にいる第六皇子の領土に逃げ込んだ模様。この後でジェレミアスはポワチエ公爵になるから、再度敵対することになるだろうけど、もう皇帝からの援軍は期待出来ないんじゃないかな。
そもそもパウルス陛下が本気で第四皇子を助けたいなら、ちゃんと質の高い常備軍を寄越すはず。恐らくは練兵のために、軍を差し出したな。まあ第四皇子の領土ということは既に皇帝の領土じゃないし、失っても痛くも痒くもない。むしろ第一皇子の息子達の敵が少なくなって、ラッキーとか考えてそう。この世界の親は、大体そんなもんだ。
そんなこんなで無事にジェレミアスが公爵となり、これで約束は果たした形となったのでこれ以降の戦争は無理に付き合う義理はない。領内に戻ると、ボルグハルト王国との聖戦の際に捕らえていた女性の奴隷達が立派な兵士になっていた。……前から分かっていたことだけど、若い方が特性の獲得率は良いなあ。
この世界の全ての特性は、恐らく後天的に獲得することが出来る。しかしながら、その過程は険しい人には険しく、恐らく人それぞれに特性の成長率が決まっている。
教会に行って見れる特性はレベルⅠ以上だけど、たぶん可視化されていないレベル0の状態というのがあるはず。それでいて各個人に、成長率と上限が定められているから、それを見分けるのは難しい。
なので全員、低い成長率でも問題のないよう、強烈に痛めつけて自己修復特性と自己再生特性を優先的に身に付けさせる。この世界、自己再生特性を保持している人が今まで少なかったのはその過程で死ぬ人の方が多かったからだ。
単純に痛めつけるだけでも、相当に苦しい。しかしながら回復薬の存在や精神安定剤の開発。死の一歩手前まで痛めつける術により、安定して自己再生特性を得られるようになった。何よりも痛めつけられること自体が「仕込みだと自覚しないこと」により、効率が段違いになったのは驚いた。
……爆発耐性を得ようとした時、狙って得ようとするよりも爆発事故の方が圧倒的に効率よかったから気付けたけど、気付かなかったら延々と非効率的なことをするところだったんだよなあ。
まあ要するに、痛みのない鞭で打ち続けることに、大した意味は無かったということだ。そのことに気付いた時はやるせなかったです。まあそのお蔭で俺の痛覚軽減特性や鞭術レベルが大きく成長したから良いんだけど。良いんだけど釈然としなかったし、悲鳴を上げる奴隷を痛め続けるというのは、限られた奴隷しか出来ない行為だった。良心がまあまあ痛む。
最近ではリンデさんが女性の奴隷相手に回復薬を塗っていたようだけど、あのピリピリする回復薬をずっと手で塗っていたとかリンデさんも痛覚耐性上がってそうだ。後はゲロのような味がする回復薬が随分と減っているけど、俺がいない間は結構な頻度で痛めつけたのかな。まあそうするように指示を出したのは俺だけど、女性の奴隷達に生気が全くないというのは、ちょっと想定外だった。




