第28話 漁夫
ヴァーグナーの部隊が水攻めに合ってから数時間後。ヴァーグナーから白紙和平の提案が飛んできた。これは実質勝利と言っても過言ではない引き分けだな。どうやらマジで500人の精鋭部隊の大半が、地下通路の水攻めで逝ったらしい。
地下通路は屈まないと通れないほど狭い上、そこそこ階段を降りないといけなかった。それを見ただけで、本調子のヴァーグナーなら罠だと感付けたんだろうけど……正常な判断をさせなかった俺の勝ちだ。どんなに軍が精強でも、トップ層がアホなら戦争は出来ないのと同じだな。
さて。ここまで戦争の経過でヴァーグナー軍の一部は壊滅したが、その軍力は未だにこちら側の軍力を上回っている。そのことを考えると、ヴァーグナーからの白紙和平の提案は意外だった。ヴァーグナーはもっと俺に吹っ掛けた方が利はあるのだが……流石に読み負けて精鋭部隊が壊滅した上で、撤退するから金寄越せは出来なかった模様。無駄にプライドが高いな。
もっと俺に吹っ掛けることが出来る理由は、ディール公爵領の半分を占めるヨアヒム伯爵がフェンツ伯爵領の請求権を保持しているからだ。間違いなくヴァーグナー軍が撤退した直後、ヨアヒムの方から宣戦布告が飛んでくるだろう。
ヨアヒムにとっては、攻めるのにうってつけ過ぎるタイミングだ。というかこのヴァーグナー・クラウスによるフェンツ伯爵領の請求戦争で、どちらが勝ってもヨアヒムは仕掛けるつもりだったと思う。現に軍の準備をしているという情報が入っているし……。あと数日で、こちらは両方向から攻められるような状況には陥る。
よっぽど大きく出られない限りは、俺はヴァーグナーからの停戦提案に頷くしか選択肢がないという。白紙和平は、俺が一番望んでいた結果だ。何故ならこれで、停戦期間も設けられる。その期間は、俺が子供だから3年間だけだけど、この3年という時間はとても大きい。この3年で、何なら俺は成人することになる。正直に言うとヴァーグナーとの戦争が引き分けで終わってめっちゃ嬉しい。
以降3年間、北東から敵が来ないというだけで飛び上がりたいぐらいだ。まあ向こうにとっても白紙和平で停戦期間が設けられるのは、ありがたい状況なのかもしれないな。こちらからも攻められないということだし、残りの拡張先に専念することが出来る。
この戦争が終わっても、白紙和平だった以上はフェンツ伯爵領の請求権をヴァーグナーは保持し続けるし、こちらもクラウス公爵領への請求権は保持し続ける。だからこの停戦期間は、仮初の平和期間だ。とりあえず今までの諍いは水に流し、仲良くするフリをしながら次の戦争に向けて準備をしよう。
……もしもこの世界がゲームの世界で、相手がCPUや思考停止した馬鹿共だけなら良いんだけど、残念ながらこの世界はどうしようもない現実で、無能な領主というのは中々いない。ついでに信用出来る領主もそんなにいない。
特に、兄弟間の友情というのは信用ならない。この世界では今までに何度も仲の良かった兄弟が、ある日突然兄や弟を裏切って攻めるということもあり、物語とかにもなっている。……この世界で兄弟の争いが多いの、こういう物語が多いせいもあるな?
ヴァーグナーもアルフレートも野心は隠してないので、仮想敵から外れるなんてことはない。そして案の定、ヴァーグナー軍が撤退した直後にヨアヒムが宣戦布告。立て続けに攻められるとか勘弁してくれ。
しかしまあ、ヨアヒムが攻めて来てくれたのでこちらもヨアヒムの領土の請求権を得やすくなる。なのでまずは、ヨアヒムがダーヴィト家の三男から強奪したロイター伯爵領の請求権を得るために教会へ寄付しよう。ここはこちらの言い分が通りやすいはず。出来ればこの戦争でヨアヒムを討ち取りたいけど……まあダーヴィトの例を見ているヨアヒム自身を討ち取るのはかなり難しいだろうな。
それにヨアヒムは息子が1人しかいないので、全部そいつに受け継がれてしまう。また、白紙和平とか向こうが降伏して賠償金を払うようになったとかで戦争が途切れた瞬間に、停戦期間が出来てしまうのも悩ましいところ。破ったら、当然袋叩きにあう。下手すりゃパウルス陛下が2万を超える兵力で攻めて来るよ。
ダーヴィトの時は向こうが死んだから戦争自体が消滅し、停戦期間も設けられなかったんだよな。まあ向こうの降伏を拒否し続けて、請求権が出来次第、その伯爵領の占領をしてしまえば良いんだけど……。
……降伏の拒否をすれば、それはそれで教会勢力からの評価下がるのがなあ。停戦期間を短くする方法もあるけど、ヴァーグナーとの停戦期間も短くなってしまうからそちらは少し難しいし、短くしたくない。まあヨアヒムから一伯爵領を強奪して、ディール伯爵領をジェレミアス伯爵から奪うのがディール公爵になる最短の道か。
ぶっちゃけ貨幣の鋳造を許可されている、常備軍の質、量の双方でレベルが高いジェレミアス伯爵と真正面から戦いたくはないんだけど、贅沢言ってられる状況じゃないから仕方ない。ジェレミアス伯爵とヨアヒム伯爵以外の領土拡張先、ボルグハルト王国のほぼ全権を握っているアルフレートと停戦期間を設けたヴァーグナーしかいないしな。
まああれこれ考えるのは、7日後にやってくるヨアヒム伯爵の軍を退治してから考えよう。……何か時間がかかっているけど、普通は宣戦布告してから軍の集結をするから、このタイムスケジュールが普通なんだよな。準備期間をたくさん貰えて、何だかほっこりするわ。




