第2話 鞭打ち
今まで、色んな異世界系の小説を読んで来た。どんなに不遇に見えても、そこには確実に抜け道が存在し、すぐに圧倒的な勢力となる。しかしながらこの10年、どんなに抜け道を探してもどこにも抜け道なんてなかったことが分かった俺は、性悪女神の叱責も受けて立ち上がる。
……と言っても、今からやるのも抜け道探しの延長みたいなものだけど。奴隷達を買った時に、自己修復を持つ奴隷だけを選別したのは理由がある。こいつらを痛めつけて、特性を成長させ、自己修復の上位特性である自己再生能力を身に着かせれば、かなり戦える部隊になる。
しかしこんな簡単なアイデアを、他の人が思いついていないはずがない。そしてこの手法が執り行われていない理由は、虐められ続ける奴隷が発狂するからだ。そりゃずっと痛みを感じていたら人は簡単に発狂するよ。慣れるはずもない。
だから俺は、もう一つ別のものも購入していた。この世界では結構な頻度で出回る特殊な能力を持つアーティファクト。その最下段に位置するEランク武具に付属している特性『共感(痛み)』を持つ鞭だ。
……アーティファクトの説明は省くけど要するにこれ、相手に与えた痛みを自分が感じられる特性なんだよね。相手もダメージは負うけど、相手の方は痛みを感じない。実質的なメリットは皆無な武器であり、かなり安く買えてしまった。
今から行うことは、至極単純。この鞭を使って奴隷を傷つけ、自己修復のレベル上げを行う。痛みが無くなれば発狂はしないだろうという考えが正しくなければ、成功はしない。そして自身が与える痛みに自身が耐えられなければ、発狂するのは俺自身だろう。
まあ発狂して思考停止状態になれば、それはそれで成功かもしれない。何も考えられなくなれば、生の苦しみからは解放されるかもしれない。その先が例え死だとしても、その死への恐怖心すら無くなるならありかもしれない。それぐらいに俺は追い詰められた状態だ。
奴隷20人の前で、俺は奴隷達に語りかける。これからひたすら鞭で打ち続けること。しかしその痛みはないこと。将来的には自己再生特性を持って、俺の軍の中核を担って貰うこと。
「はっきり言ってしまえば、貴様らは負け組の俺を成り上がらせるための駒となるために買われた。俺が勝ち組に転じた暁には、奴隷身分を解放し、貴様らにも家庭を持たせてやる。
自己再生特性に目覚めない奴、道半ばで死んだ奴はさっさと入れ替える。この部隊は常に、死と隣り合わせにあると思え」
そして先頭の奴隷の背中を鞭で叩いた瞬間、背中に凄まじい痛みが走る。一方の奴隷は、背中の肉が抉れたにも関わらず痛みが襲ってこないことを不思議に思っている様子だった。しかし鞭で打った箇所の肉は無くなり、血が流れていることには変わりない。
これを何度も続けると奴隷の身体の方が限界を迎えるので、ローテーションして背中を打ち、一周すると今度は尻を打つ。俺が鞭を振るう度、途轍もない痛みが俺を襲う。
……これ、毎日続けていると本当に発狂するかもな。一方の奴隷達も自身の身体からドクドクと血が流れ出るのは痛みが無くても辛い模様。お願いだから、俺より先に発狂はしないでくれ。購入費用として1人10万円相当のお金がかかっているんだ。まとめ買いしたお蔭か、かなり安くで買えたけど。
まあしかし、その心配は無用か。一発鞭で打つ度に、もんどりを打って倒れ、地面をゴロゴロと転がる俺を見て奴隷達はむしろ俺の心配をしてくれている。自己修復特性の助けもあり、鞭打ち2発ではそう簡単に倒れない根性もこの奴隷達は持ち合わせているらしい。
実際問題、一発打つ度に目がチカチカしているし相当辛いのは事実だけど、実際の傷は無いからしばらくすると痛みが引くんだよね。一日40発なら、何とか耐えられるかもしれない。
これを成人まで、5年も続ければ自己再生能力は会得出来るんじゃないか?互いに手当をさせた後は、冒険者ギルドにあるドブ掃除の依頼や城壁の修復の依頼などの誰でも出来そうな依頼を受けさせ、少しでも小銭を稼ぐ。
……収支は奴隷達の食事を最低限度に落として、ギリギリプラスといったところか。奴隷達を購入して、その奴隷を働かさせて悠々自適な生活というのも憧れるけど、規模を増やせばそのうち奴隷がやる仕事が無くなるのは目に見えている。
奴隷達に農家をやらせて自給自足?初心者がチートもなしに農業に手出しして簡単に成功すると思うなら現代日本で農業やってどうぞ。保険金とかないから台風が来たら一発で即死案件だし、化学肥料が手に入らなければ品種改良も進んでない。機械化した現代日本ですらキツい・汚い・危険の3Kだぞ。ガチ中世で成功するはずもない。
せっかく、伯爵領が寝てても転がり込んでくるんだ。これを活かさない手はない。軍の強化さえ成功すれば、活路は見出せる。問題は軍の強化が成功するまでに、俺の精神が燃え尽きそうなことだな。鞭打ちの痛みは、ちょっと元現代人にはキツいわ。よく鞭打ちを40回もして、気絶もしなかったな。地面をゴロゴロしていたから服はめっちゃ汚れたけど、よく耐えた。
初日は、何とかなった。でも1週間後は、何とかなっているか分からない。それでも俺は、奴隷達に鞭打ちを続ける。活路を見出すために。




