第25話 潰し合い
数年後ならともかく、今このタイミングで攻めて来られたのは非常に辛いし、厳しい。しかも宣戦布告から間もなく、クラウス伯爵領から雪崩れ込んでくるヴァーグナーの軍。その数は、4500人。傭兵もいるだろうし、随分と本腰を入れた侵攻だ。ぶっちゃけ一伯爵領を分捕るために投入する戦力じゃねえ。
それでも俺を殺しに来た最大の理由は、俺がヴァーグナーの持つクラウス公爵領への確固たる請求権を保持しているからだろう。生まれながらにして持っている、親が持っていた領土への請求権というのは、曖昧な請求権とは違って決して消えることがない。それこそ、本人が死ぬまで保持し続ける権利だ。
とにかく時間を稼ぎたいから、領内には幾つかのトラップを張っている。それを警戒して、侵攻速度が遅くなればと期待はしたけど……ヴァーグナー軍の侵攻速度はほとんど落ちてない。
パルマーの本拠地であるフェンツ伯爵領。その領内の街道を突き進むヴァーグナー軍の、先頭を走る騎馬隊の1人は立札を見つける。
『この先、大量の罠あり。注意すべし』
典型的な足止めトラップではあったが、既に敵地ということもあり、警戒心が強かったその騎馬隊の1人は隊長へと報告をする。隊長もすぐにヴァーグナーへ報告を行い、指示を仰いだ。
「ふむ、ならば犬と奴隷共に先頭を行かせろ」
ヴァーグナーはアルフレートとの戦争で、地雷や火計など様々な敵軍からの歓迎を受けていた。その経験から、地雷探知のための犬と奴隷を幾らか保持し、警戒するべき場面では先頭を歩かせるという戦略をとっていた。
やがて、ヴァーグナー軍の先頭は犬と奴隷に置き換わる。10人と10匹が慎重に歩みを進めると、数十歩進んだところで、中央にいる一匹が唐突に爆ぜた。足元にある地雷を踏み、大爆発を起こしたのだ。
「あっ……かはっ」
その犬のリードを握っていた奴隷も、下半身が完全に無くなっておりすぐに絶命する。両隣に立っていた奴隷と犬もそれぞれ右半身、左半身が丸焦げになっており、地面に倒れ伏せていた。
「な、なんだあの出鱈目な威力の地雷は」
「ふん、見せかけだけは立派だな。
おいお前、ここから迂回しようとしたら何日遅れる」
「ハッ。
……およそ3日ほどでしょう。ここは迂回するのが」
「いや、いい。先頭は騎馬隊がそのまま突っ切れ。同じような看板がこの後も何回か出て来るだろうが、全部空だ」
実際に罠があり、迂回も一瞬だけ考慮したヴァーグナーだったが、直後にこの後、この街道に罠が無いことを見破り、引き続き騎馬隊に先導を任せる。
実際、ヴァーグナーの言う通りパルマーはこの街道に5つの『この先、大量の罠あり。注意すべし』という立札を立てていたが、最初の1つ以外は全て嘘であり、実際には罠なんてものは存在しなかった。パルマーの想定以上の進軍速度を叩き出したヴァーグナー軍は、パルマーの軍が集結する前にフェンツ伯爵領の城塞まで辿り着き、攻撃を開始した。
何で罠が無いって一瞬で見破ったんだあの聖君。マジでやべーわ。こわいなーとづまりすとこ。結局、こちらの軍が集結する前にヴァーグナーの軍がフェンツ伯爵領の城塞にまで辿り着いてしまい、攻撃を受ける。
もちろん、それを待っていたと言わんばかりに用意していた12門の大砲が火を噴くけど、あっという間にガス欠。火薬なんて最初の罠でほとんど使い果たしたわ。そしてこちらにいるのは、700人の奴隷兵と300人の元傭兵団。合計1000人。
なけなしの大砲も、2発目以降は難なく対応されたし、ヴァーグナー本人のみならず、騎士達も随分と優秀なようだ。もうこちらが勝てるプランなんて7個ぐらいしかない。現実って厳しいなあ。
「リン、こうなってしまった以上は協力して欲しいんだけど、協力してくれる?」
「私の協力で、勝てるようになるなら喜んで協力いたしますわ」
「じゃあ今から寝てて。夜になったら起こすから。コルネリアも」
「え、私も?もしかして、夜襲を仕掛ける気?それ、かなり無謀よ?」
「大丈夫大丈夫。2人が危険な目に合うことは避けるから。それに俺が矢面に出るし」
とりあえず、リンデとコルネリアには夜襲をして貰うから寝てもらおう。現状、1000人の兵達はよく戦ってくれており、この調子であれば初日で陥落することはないだろう。むしろ初日で陥落するほどの戦力差なら既に俺は逃げている。そして初日に陥落しない程度の戦力差である以上、ひっくり返す方法は幾つかある。
夕方頃になると、トリオレ伯爵領の方からなけなしの農民兵300人が来てくれたので、直接自分が赴いて指示。こういう時のための地下通路を用意してあるので、指示は出しやすい。
「……今、何と?」
「明日の明朝4時から攻撃を行う。指揮官は俺が務めるから安心しろ」
こちらの農民兵を率いているのはトリオレ伯爵領にある大きな村の村長で、能力自体は凡。ただダーヴィト軍に従軍し、俺に蹂躙された記憶があるので、俺の言うことは素直に聞く。こういう時は頼りやすい存在だな。300人の農民兵で4500人の軍相手に攻撃を仕掛けることも了承してくれたし。
……これで、3交代制の戦争を仕掛けることは出来る。ただこれだけだと、五分にしかならない。後は俺が、どれだけ頑張れるかだな。
 




