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第18.5話 とある古参奴隷兵の話

フェンツ伯爵領の領主、パルマー・クラウスは一昔前まで『変わり者』だという評価だった。彼の最初の奇行は、孤児にお金を握らせ、他領へ遊びに行かせるというもの。そこでの土産話をパルマーへ聞かせれば、追加でお小遣いをもらえる。戦災孤児が多かったフェンツ伯爵領、そこの次期領主は、金をよく捨てる。そう評されるのも仕方のないほどの散財ぶりだった。


……やがて、その孤児達にパルマーは情報を流すように依頼する。孤児達の中には持ち逃げをする孤児もいたが、大半は素直に他領でパルマーのことを貶し、より多くの褒美をもらうために追加の情報を集める。今では大人の仲間入りを果たした者もいる元孤児、現孤児達は、いつの間にか情報操作の達人になっていた。


彼が伯爵を継ぎ、最初に行ったのは火薬の製造だった。そしてその威力を、自己再生特性を持つ奴隷達で何度も試した。爆発位置から、どのぐらいの距離まで怪我を負うのか。そして爆発耐性を持った奴隷が現れると、実験はさらに過激になり、ダーヴィト伯爵との戦いで見せた戦術が完成された。


奴隷兵はどんどん増え、今では700人を超えた。これほどまでにパルマーが奴隷を増やせた理由は、パルマー自身が領内での戦争を活性化させたからだった。今まで揉め事を、話し合いで解決することの方が主流だったのに、パルマーが統治に関わってからというもの、フェンツ伯爵領では戦争が絶えなかった。


それにより孤児が増え、奴隷も増えた。その恩恵を最大限受けたのは、パルマー伯爵だろう。領内の揉め事は奴隷兵による暴力で全て解決し、勝者はパルマーに恩を売られ、敗者はパルマーの駒となる。このシステムを、最初から思い描いて実行しているのだと奴隷商人から新しい奴隷を買い、新しく出来た戦災孤児に金を握らせるパルマーを見て気付いてしまった古参奴隷兵は、自身の主人がとても恐ろしい存在に思えた。


そして戦争が始まると、その感覚は間違っていないと確信することが出来る。ダーヴィト・ロイターが3000人の兵を率いて侵攻し、それをほぼ無傷で追い返したことは、パルマーのフェンツ伯爵としての地位を盤石にした。この戦争により、パルマーの古参奴隷達や男爵達は、パルマーに畏怖の感情を植え付けられた。


この戦争で、奴隷身分から解放されたのは23人。しかし例え奴隷身分を解放されても、軍でこの先ずっとパルマーの奴隷部隊の隊長として生きていかなければならない。……この点は、本来であれば奴隷身分からの解放があり得ないことを考えると、新入り奴隷に向上心を持たせるためだろう。


しかし古参奴隷兵の1人という立場でも、この戦争で奴隷身分から解放された23人が羨ましい。例えずっと縛られる生活でも、奴隷のままであるよりかはずっとマシだ。彼らは自己再生特性がすぐに高いレベルにまで上がって、前回の戦争では大砲を扱ったり爆弾を持って突撃したりしていた。今回の戦争ではこの23人は不参加で、防衛戦力としてクラウス公爵領に近い砦へ配属されている。


今回の戦争……パルマー・クラウスがアルトー・ロイターの支配する伯爵領に侵攻してから3日。アルトー軍が籠る城塞の前まで来た古参奴隷兵は、運んでいる屋根付きの破城槌を見上げる。屋根の上には濡らされている布、更にその上には砂が敷き詰めてあり、岩を放り投げられる度に破れた布の隙間から、砂が古参奴隷兵の肩に垂れる。


10人の隊の隊長を任されている古参奴隷兵は、一番先頭に立って隊を鼓舞する。その鼓舞に応じるよう、隊の残りの9人はせっせと丸太を運び、車輪を転がす。やがて城壁の真横にまで来た破城槌は、吊り下げられている大きな丸太の先端が金属で覆われており、敵方のアルトー軍は今から何をするのか理解をし、止めようとするが止める方法がない。


城壁に対して、奴隷兵10人が力を合わせて丸太を押し込む。掛け声を合わせ、隊の10人が同時に力を発揮すると、丸太はその質量が最大限活かされた状態で城壁に叩きつけられた。すると強い衝撃音が鳴り響き、城壁は僅かに窪む。


たった一回で城壁が窪んだのであれば、後は時間の問題だろう。城壁の反対側からは、火薬が爆発する音が聞こえる。作戦通り、陽動部隊が火薬を使って派手に音を鳴らしているのだろう。こっちが見つかった時点で陽動の意味はないような気が古参奴隷兵はしていたが、気にせずに任務を遂行するため、2回3回と丸太を叩きつけた。


トレオレ伯爵領の城の城壁は薄いのか、僅か十数回で城壁には穴が空き、隊の奴隷達は我先にと城壁の中へ入り込む。こうなってしまえば、もはやこちらの勝ちは揺るがないだろう。城壁の穴の修復をするために敵軍も集まって来たが、前の戦で敵軍の熟練兵を根こそぎ狩ったお蔭か、こちらの新米奴隷でも返り討ちに出来るぐらいには弱い。


そして反対側の陽動のための部隊も、城壁を破壊し侵入を果たした。城壁の内側で、相対する方向から味方が出て来るのはお互いに想定外だった。そのために何人か、同士討ちで血を流してしまった。しかしこれで、パルマー軍の勝利は揺るがない。


今回の戦争が終われば、また何人か奴隷は解放される。そろそろ順番的に、選ばれるだろうと古参奴隷兵は考えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前の感想で、奴隷兵には忠誠心がある… って書いちゃったけど 実際には怖がってたんだねえw まあでも約束通り奴隷からの解放はしてくれるだけ優しいか
[良い点] 第20部分到達、おめでとうございます! 今話みたいに主人公以外の視点から書かれた部分を挟むと、やはりより面白く感じます。 [一言] 続きも楽しみにしています!
[気になる点] まさかそんな昔から仕込みをしてたとは…… [一言] とんでもない畜生だと思われてて草
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