第17話 敵意
パルマーが領内に侵入してきたダーヴィド軍相手に大勝していた頃、ヴァーグナーとアルフレートの戦争は凄惨さを増していた。大砲こそ出て来ていないものの、アルフレートは地雷や焦土戦術の採用をしており、前進する度にヴァーグナー軍は出血を強いられていた。
ヴァーグナーにとっては、将来的に自分の領土となる土地を焦土にするわけにも行かず、逆にアルフレートはヴァーグナーに渡すぐらいなら燃やし尽くしてしまえという指示を出す。自然と戦争は、互いに一歩も引けない状態となった。
互いに少数精鋭の部隊をぶつけ合っては、弱い兵を削り合うような戦いにもなっており、次第に両軍は疲弊していく。互いに優秀だからこそ、簡単には決着が着かない。それでもヴァーグナーはアルフレートの隙を突き、アルフレートの堅牢な守りにダメージを与えていく。
長期戦になると思われたクラウス家の長男次男による兄弟戦争は、アルフレートの雇った傭兵団のうち、一つの小さな傭兵団の団長が戦死することで傾く。その傭兵団自体が戦線を離脱すると、さらに戦況は傾き、アルフレートが新たに雇った傭兵団はアルフレート軍に不和をもたらした。
要塞に立て篭もる兵もヴァーグナーに内応し、ヴァーグナー軍に要塞の一部を奪われたことでアルフレートは後退を決断。追撃を受けるも、何とか防ぎ切って奥地の方にある伯爵領へ軍と共に移動をする。
ここからアルフレートがヴァーグナーに戦争で勝つ展望は、無かったはずだった。2つしかない内の伯爵領の1つが占領され、向こうは実質伯爵領4つ持ち。長男故に高い練度の常備軍であり、要塞のない残りの伯爵領なんて簡単に制圧されるはずだった。
ここで、他国にある事件が起きる。その事件が起きた国の名前はボルグハルト王国。カルリング帝国から見て西にあり、南西で国境を接するオーブリー王国の更に西にある国で、直接的にはヴァーグナーやカルリング帝国に関係がない。しかしこの国は、次男アルフレートに嫁いだ王女の実家だった。
本来であれば、アルフレートに嫁いだ王女が国を継ぐなんてことはあり得ない。彼女は第4王女であり、男子優先の分割相続が蔓延する世界では極めて優先順位が低いからだ。しかしながら、ボルグハルト王国では致死率の高い感染病が猛威を振るい、ボルグハルト王国の宮中に住む人間の命を多く奪った。
手始めに王の長男、次期王様候補である王子が死に、続け様にボルグハルト王が死ぬ。次男へ引き継がれたその王位は、四男、長女と順番に受け継がれ、四女、ナタリー・クラウス・ボルグハルトへ受け継がれた。
……嫁が王位を継ぎ女王になったことで、一気に王婿となったアルフレートは戦争により荒れ果てた領土に拘る必要もなくなった。また幸いなことに、感染者が全員死んだことにより猛威を振るった感染症の流行は急速に収束しつつあった。
やがてアルフレートが王婿になったことはヴァーグナーにも伝わり、ヴァーグナーはアルフレートの独立を認めざるを得ない状況に追い込まれる。焦ったヴァーグナーは占領した伯爵領の返還にも応じ、今度はヴァーグナー側が守勢に立たされることとなった。
しかし宮中の人間がほぼ全滅したため、ヴァーグナーと和平を締結した後のアルフレートはボルグハルト王国の立て直しに時間を取られることとなる。これにより、ヴァーグナーはパルマー討伐のために軍を動かせるようになったが、その直前、正式にパルマーとシュルト公爵家の同盟が成立する。
前の戦争でのパルマーの大戦果により、パルマーとブルクリンデ・シュルトの縁談の話が確定されたこと。パルマーがヴァーグナーの封臣ではなく、カルリング帝国の封臣になったこと。パルマーのもたらした知識が、極めて異質だったこと。これらがシュルト公爵家の同盟決定に対する主な要因であり、ヴァーグナーはパルマーに対して簡単には手出しが出来なくなった。
そして次に動いたのは、パルマーの属するディール公爵領、その北に属するカルリング帝国中央南のポワチエ公爵領。ここには大きな鉱脈があり、1000年以上前から炭鉱が栄えているエニュレ伯爵領がある。
そのエニュレ伯爵領を有する、ポワチエ公爵領最大の伯爵。ジェレミアス伯爵が大軍を率いてディール公爵領の一番大きな伯爵領、ディール伯爵領へ侵攻を開始した。伯爵領を3つ有しているためジェレミアス伯爵の軍規模は3000人ほどであり、相対するダーヴィト・ロイターの長男アニエス・ロイターの軍規模は僅かに700人。
他にもロイター家が弱体化したことで、パルマー以外にもロイター家の領土を掻っ攫おうと多くの勢力が動いている。そんな中、シュルト公爵家と同盟を結べて上機嫌なパルマーは、ダーヴィト・ロイターの次男アルトー・ロイターの支配する伯爵領へ軍を進めた。




