第12話 当主
「初めましてだな。婿殿」
「はじめまして。バイヤー・クラウスの息子、パルマー・クラウスです」
「噂では聞いている。クラウス家の悪童、金儲けの達人、才能無き剣士。ちょっと調べるだけで色んな噂話が集まったな」
リンデさんの父であるフォンターナさんは、一応俺の事を調べたらしい。まあアルビノで外には出せないとはいえ、自身の可愛い娘であることには変わりないしな。アルビノとかそういうの、親ですら見捨てるのが中世では基本だけど、流石にフォンターナさんは教養があって余裕があるからか気にはかけていたみたい。
この人は後継者同士の戦争をせずに、シュルト公爵家としての領地を丸々爺さんから引き継いでいる。俺の親父と一緒のように見えるけど、フォンターナさんは父からではなく爺さんから直接引き継いだ。
……要するに、フォンターナさんの爺さんの長男が息子のフォンターナさんを1人作って早死にしたということだな。何と言う幸運。なおフォンターナさんから見て叔父は沢山いたので、全員謀殺した模様。
いやフォンターナさんが殺した証拠があるわけじゃないけど、フォンターナさんの父の弟達は不審死が相次いでいて、結果的に得をしたのがフォンターナさんなら疑わない方が難しい。従兄弟達も全員不審死です。これフォンターナさんのお爺さんも協力したりしていたのかな。聞いても絶対答えてくれないだろうけど。
そしてフォンターナさんに伝わっている俺の噂だけど、才能無き剣士って酷すぎない?事実そうだから困る。悪童は良いとして、金儲けの達人って何だそりゃ。徹底的に男爵同士の争いに首を突っ込んで、無理やり礼金を貰っていただけなのにそんな異名ついてるのか。
「中には相反する噂もある以上、婿殿自身が流した噂も幾つかありそうだが」
「そんなわけないです。将来的に、聖君ヴァーグナー公爵と対立することが決定している一介の伯爵ですよ」
「なるほど。ではそんな奴に娘をやるわけにはいかんな。縁談は破談だ」
「経済の錬金術師、不世出の戦略家、並ぶ者なき知識人と呼ばれるパルマー・クラウスとは私のことです」
とりあえず俺自身を卑下すると結婚が破談になりそうだったので、俺の異名の中で何だこりゃと思った奴だけズラズラ並べて格好をつけると向こうが冗談だと笑ってきたので心臓に悪い。戦闘面はまだ何とかなるけど、外交面だけはたぶん普通の貴族より劣るんだよな。単純に知識と経験がないからなんだけど。
フォンターナさんは40代のはずだけど、だいぶ見た目が若いから父と交流があったとは思えない感じ。その後の会談では婚約破棄は考えてないけどクラウス家との同盟は解消すると言われた。あ、よく考えたら今シュルト公爵家と同盟しているのは、兄のヴァーグナーだったか。そこら辺の相続は、基本兄が相続します。分裂した息子達全員と同盟を結んでいる状態には流石にならないし、これも割り切れないものの相続という形になるね。
その同盟を解消する話にはなったけど、改めて俺と同盟する話には、当然ならない。ただの潰れそうな伯爵相手と同盟なんて、豊かで兵も多い公爵がするわけないじゃないか。まあ敵にならないだけで今は十分です。
そしてここから、俺を売り込むために知識を渡す。色々と悩んだ結果、とりあえず銀行制度と滑車と約束手形の概念を伝えておく。ここら辺は概念だけ渡しても上手く行きやすい上、実態をよく知っていないと本来の力までは発揮できない。
まあ、この中の滑車は手っ取り早くて分かりやすい知識だ。実例を示して、俺を生かしておくと役に立つから同盟してくれと再度懇願すると、独立戦争の時は助力するという約束をしてくれた。……裏切られても仕方のない口約束でしかないけど、一歩前進はしたな。ここで紙に書いて貰うような、図々しさは持ち合わせていないし、誓紙に一筆書いて貰っても紙切れは紙切れ。この時代だと口約束と一緒です。
ただまあここで俺を捕らえて使える知識を吐き出させる拷問とかしない辺り、シュルト公爵家の人達は良い人だなとは思う。俺だったら捕まえて即拷問部屋行きだった。こんな便利な知識をポンポン渡す存在、他領で捕まったら実質自領の損失だし。
もし俺が捕まったら外で待機している奴隷達にアーティファクトで連絡をして、この屋敷を燃やしていたけど。俺がポケットに入れている石を砕いたら、外の奴隷が持つ石も砕けるという実に分かり易いサイン。この分だと実行する機会は、たぶん無さそうだ。
最後にリンデさんとお別れの挨拶だけして、さっさと領地に戻る。4方向から領地を狙われていて、かつその4方向のどの方向も相手の方が強大という形なのに、領地をずっと空けておくわけにはいかない。婚約はなんか確定したっぽいから、ある程度俺の周囲が落ち着いたら同盟は結べる……かなあ?
まだ攻め入られたという連絡はないから、大丈夫なんだろうけど帰っている途中に攻め入られたりなんかしたら凄く困る。だからといって、帰った後にずっと攻め入られないのも困るんだけど。




