僕と天使
ムーミンの絵柄が入ったグラスには、氷が3つ入っている。
天使がコカ・コーラのプルタブを開けると、缶の中に閉じ込められていた炭酸が外の世界へと解放され、軽やかな音が部屋に響いた。
グラスになみなみとコーラが注がれ、天使はその様子を愛おしそうに見つめ、僕はそんな天使をぼんやり眺めている。
穏やかな日差しが窓から差し込んでくる土曜日の午後、僕は天使と暮らす大きな団地の一室でのんびりしていた。
天使は昔からコカ・コーラが好きだった。
夏の暑い日に出かけるとき、天使が自販機で何か買うとしたら、必ずコーラだった。
「あなたもコーラ飲みたいの？」
僕の視線に気づいた天使は、自分のコーラを惜しむような目をしていた。
僕は、図書館から借りてきた本に目を落とす。
「別に。ただ、みていただけだよ。」
天使は少し安心したような顔をして、美味しそうにコーラを飲み始めた。
「ねえ。」
と、僕は天使に話しかける。半分だけ開けてある窓から、近所の子供たちの遊び声が聞こえる。
「なに？」
天使は座椅子に深く腰掛け、iPhoneをいじりながらコーラをちびちびと飲んでいる。
「なんでいつも氷を３個入れるの？」
天使は、コーラが入ったグラスをくるくる回しながら、にやりとした。
「いい質問ですねえ。」
そのとき、リビングのテレビで臨時ニュースが流れた。どうやら、また北朝鮮がミサイルを発射したらしい。天使は、３つの氷に関する説明のタイミングを見失っていた。
「また、ミサイルですか。そのうち、この辺にも飛んでくるのかな」
そうつぶやくと、天使はコーラのグラスを机に置いて、窓の外に目をやった。少し不安げだ。
「僕には、ミサイルのことはわからないし、なんで天使がいつも氷を３つ入れてるのかもわからないよ」
僕も窓の外を見てみた。相変わらず、穏やかの午後の光が差し込んできているし、近所の子供たちの元気の声が聞こえてくる。
天使は再びコーラが入ったグラスを手に取り、少しだけコーラを飲んだ。
そして、僕のほうを見て言った。
「私が３つの氷を入れるのはね、氷が２つだと少なすぎるし、４つだと多すぎるからだよ」
グラスの中でコーラは、窓から差し込む５月の日差しを受けて、きらきらと輝いていた。
