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 同じ授業とは言え、作成しているレポートの方向性は全く違う。それでもフィーとレオナードはよく一緒にいるようになった。

 レオナードの目的はフィーの借りた重要書庫にある本を読ませてもらうこと、フィーの目的はレオナードの個人が所有する希少な文献を読ませてもらうこと。実に対等な取引だ。しかも似たような知識の深さで、違う方向から会話を交わせる。パメラも護衛も兼ねて古代魔術の授業を取っているものの、フィーのように研究最優先という訳ではなく、同じレベルでフィーと論議をする程ではない。けれども、レオナードはフィーと同じぐらいに学びへ貪欲である。打てば返される答えに心が躍るようだった。

「あー、なるほど。ここで出た結論の重複を消すためにここでこの術式を入れるのか」

「今じゃもっと簡易的な魔術式があるが、当時の原始的な魔術式じゃあこれが限界だからな」

「となると、こっちの異様に短い魔術式が気になるな。どう見ても成り立ってないんだよ」

「だから、ここで魔法が出てくるんだよ。おそらくだが、この辺りのまだ未解読の言語に妖精に手伝いを願う意味があると俺は推測してる」

「発音も分からない、意味も分からない、それでも魔術式の一部に組み込まれているのならば、か。なるほどな……」

 今日も授業終わり、中庭の東屋で互いのレポートと資料を読み合わせる。互いにレポートは佳境、提出期限まであと五日程だ。パメラは別の授業が入っているため、この場にはおらず、かわりにフィーの護衛としてブラッドが少し離れた場所で柔軟と魔術構築の練習をしていた。

「あー、何とかして一位を取りたい……解術したい……分解したい……」

「わかる。……実際に解体させてもらえるのは先生自作のレプリカらしいな……あれの本物って王立博物館にあったよな」

「そうそう。重要歴史物に指定されてた」

「なんで私物で持ってるんだあの教授……」

「王太子殿下に研究結果が評価された褒美に一個自由に弄りまわせるやつを頂戴したらしいよ」

「なんで殿下は許可した……?」

「なんでだろうね……」

 正確にはさすがに希少なそれをあげるのはと悩む父である王太子に、フィーが将来的に学園に入学したら解体させてほしいから是非とも与えるべきだと説得したからなのだが、その辺りは機密事項なので黙る。

「でもそれで複製して見せたんだからなあ」

「複製に成功したことで確か一代限りの子爵位与えられてたよ」

「……よく知ってるなフィー」

「まあ、私もコルケットのご令嬢だからね。レオナード様はあまりそういうお貴族様の噂話は聞かない?」

「父について年に二回だけ王都に来るか来ないかで、あとはずっと領地だったからな。それに領地ではほとんど剣ばかりだ」

 成る程。とフィーは一瞬だけさっとレオナードを見る。黙っていれば威圧的な顔に、よくよく見れば鍛えられていると分かる体。騎士の習性か、腰には小刀が見える。こうして共に勉強している間はただの魔術馬鹿だと思っていたが、そういえば第一印象は騎士だった、と思い出す。

「結構家では鍛えられてた?」

「それはもう。国境を守る領主として力をつけねばならない、って言うのが父上の口癖だ」

「それなら武術学園に入れさせられなかったのかい? 王都にもあったよね」

「父の出身が武術学園だから勧められたんだが、母上が学園ぐらいは趣味を極めなさいと」

 素敵なお母様だね、とフィーが微笑めばありがとう、とレオナードがさらりと応えた。

「昔から魔術と読書が好きで、俺はこうなったんだが、フィーは?」

「趣味が読書でその延長線」

「ああ、わかる……」

 たぶんここに筋肉だるまのブラッドがいればわからない、と言い放つだろうが彼は向こうで剣術の練習中だ。

 二杯目のお茶が飲み終わるころにフィーは立ち上がる。メイドに預けていたローブを羽織り終われば、ブラッドが心得たとばかりに迎えに来る。

「それじゃあ、私は次の授業にいくよ。また」

「ああ、また」

 途中まで送ってもらうような仲ではない。その場でごきげんよう、といかにもご令嬢らしく微笑んで別れを告げ、フィーはブラッドと並んで歩き出す。

「フィー、祖母に言われてたことは?」

 歩きながら話し出したブラッドに、フィーはうええ、と淑女としてはありえないぐらいに顔を歪めた。

 学園でいい人がいたら教えて。つまりは学園で嫁ぐのにふさわしい殿方がいるか見極めてきなさい。祖母である王妃の言葉だ。祖父母は政略結婚だが、同じ学園に入学して学園で共に生活しながら仲を深めたらしい。だからこそ学園での出会いに期待しているのだろう。いくらフィーがこの国に有益な婚姻をする、と宣言しても、祖母心としては恋をした相手に幸せに嫁いでほしいのだろう。優しい王妃の、少しだけ威圧的な微笑みを思い起こし、フィーは胃の痛みを感じだ。

「ゆっくりと時間をかけて見定めますって言ってある」

 はあ、とブラッドが溜息をついたのをみて、フィーはちらりと彼を見た。

「……もしかしてお婆様から何か言われてる?」

「フィーのことだからたぶん実際は研究しかやらないだろうから、ある程度俺とパメラで見繕って報告してほしいと」

 やっぱり学園でいい人を宛がうつもりか。学園は勉強するところじゃないか、とフィーが呟けば、俺に言われても、とブラッドが眉を寄せる。

「レオナード様のこと、報告しなくていいからね」

「もうした」

 あちゃー、とフィーは眉をしかめる。仕事が早い。

「お婆様はなんて?」

「俺からは一応、共に学ぶライバルとしか見ていないようですって言ったけど、ライバルから恋に代わるのはよくあるわって言いながら恋愛小説を差し出してきた」

「お婆様、たまに乙女らしくなるよなあ……」

 思わず遠い目にはなるが、祖父母が今なにかすることは無いだろう。まあ、まだまだ先はある。学生時代の間に何か動きがあるわけではなさそうだ、とフィーは一人で頷いた。

「私は別に国外でもどこでも嫁ぐ覚悟はできているって言ってるのになあ」

「お前に幸せになってほしいんだよ」

 そんな会話をしながら、授業の終えたパメラと合流するのだった。



 結局レポートに関しては、レオナードが最優秀レポートに選ばれた。フィーもかなり褒められたのだが、レオナードの着眼点の奇抜さを教師は絶賛していた。つまり、負けたのだ。

「うらやましい……っ」

 そこにはありとあらゆる貴族から聡明で美しき花の妖精、と呼ばれていた面影は一切ない。純粋な賞賛と、それをかなり上回る嫉妬だ。思わずレオナードが心配するぐらいには荒んでいた。

「フィー? 大丈夫か?」

 そんなに解術できないのが悔しいのか、とレオナードが考えていると、レオナードに掴みかかる勢いでフィーが話す。

「見せて、お願い見せて。レオナード様のレポート読ませて」

「あ、ああ……」

 そうしてレオナードがレポートを渡せば、席に着くこともなくその場で表紙を捲って読み漁る。

「なんで……あの資料こんな記述あった? あったね……いやすごいなこの論点……なるほど」

「……一応資料集め手伝ってもらったから、先生に掛け合おうか?」

 レオナードの提案にフィーは首を振る。

「それはいいから読ませてほしい」

「あ、はい」

 もしかして羨ましいのは、解術できることではなくフィーよりいいレポートを書いたからか? とレオナードが思い当たる。教師と授業外の時間にいつ解術するか相談してくるからそれまで読んでてくれ、とレオナードが席を外したのにもフィーは気付かず。相談を終えたらしいレオナードが戻ってくるのにも気付かず。そのまま延々と読み進め、ようやく最後のまとめを読み終えて。

「…………これ、複写して持って帰っていい?」

「好きにしてくれ」

 レオナードは呆れた様子を隠さない。フィーがごめんなさいね、と謝るパメラに手を振って、あとで複写術具使って渡す、と言うといかにも渋々、仕方なく、と言った様子でフィーがレオナードにレポートを返した。

「一応この後夜に解体させてもらうんだが、誘いたい人がいれば一人二人増えるぐらいならいいって先生が言っていたが」

 その言葉にあー、とフィーが首を振る。

「夜は予定があるしね。それに、素晴らしいレポートだった、レオナード様への褒美を私が横取りするわけには行かないよ。とりあえず読み直したいからレポートをもらえたらそれでいい」

「そうか? ならいいが……」

 授業終わりの教室に残っているのはレオナードとパメラ、そしてフィーぐらいだ。フィーがようやく荷物をまとめだす。

「ああ、でも羨ましい……。夜に予定が無ければちょっと見学だけしにいったかもしれないんだけどなあ」

「解術した感想と考察をレポートにして今度見せるか?」

「それは是非お願いしたい」

「任された」

 楽しみ、とフィーが笑ったところで、パメラの後ろに控えていたメイドが何事かを囁く。パメラは頷いて荷物をメイドに預けると立ち上がった。

「フィー、この後の予定の準備があるでしょう? そろそろ時間です。ブラッド様が先に馬車を用意しておいたそうですわ」

「わかった。じゃあ私はそろそろ行くよ。楽しんで」

「レポートの写しは明日渡す。また明日」

「うん、また」

 少しだけレオナードの口元が緩む。余程魔術具の解術が楽しみなのだろう。いつもだいぶ威圧的だから、普段からもう少しにこやかにすればいいのに、なんて考えながらフィーとパメラは教室を後にした。


 ブラットと合流して向かった先は、コルケットの馬車。馬車に乗り込むなり、ブラッドは馬車に刻み込まれた防音の魔術を使う。魔術が美しく馬車の中にいきわたったのを見届けて、パメラはすぐに口を開いた。

「フィー。今日は直接城に向かいます。本日の予定を繰り返しますわ。三時には城に戻り、五時までに身支度等、六時に最終チェックをして七時からアーノルド殿下のエスコートで会場入り。本日はアーノルド殿下、ユリシーズ殿下、クイグリー公爵、コルケット侯爵と踊ってから退室です。ブラッドは側近として控えますが、私はお支度のお手伝いをした後は部屋でお待ちしております」

 つらつらと告げられる予定に、フィーは思わずうわあ、と声を上げる。こら、と困ったような声でパメラがたしなめる。どんなに嘆いたってこれから待っている予定が減ったりはしないのだ。

「……学生なんだから、免除してほしいものだな」

「学生だということを隠したのはお前だろう」

 はあ、と一息。城の裏口に馬車を付けるように指示をして、フィーはそっと魔術式の刻まれた指輪に触れる。ゆっくりと巡る術式の流れを止めれば、ふわりとフィーの目と髪の色は淡いライラックとプラチナブロンドに戻る。目を閉じてゆっくりといち、に、さん。呼吸を三回して、目を開けて。

 ガチャリ、と馬車の扉が開いた。

「おかえりなさいませ、オーフィリア様」

「ただいま戻りました。少しだけ軽食を取りながら準備でもいいかしら」

「簡単に摘まめるものをご用意いたします」

 優雅に微笑むフィーの後ろでブラッドとパメラがかしずく。

「二人も用意を。後でお兄様の最終的な衣装についてパメラに伝えてちょうだい」

 かつん、とヒールを鳴らして歩く。そこにいるのは学生のフィーではない。王家の花の妖精、麗しく聡明なイルターナ王国の末の姫君。オーフィリア王女だった。



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