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本日の更新はここまでです。予約投稿の研究をしてきます。


 学園で学べることは多岐に渡る。似たようなものでも広く浅くか、狭く深くかでまた違う授業になる。

 フィーが是非とも、と願った授業の一つが、深く狭く魔術の歴史について紐解くこの授業だ。

 最古の古代魔術についてのみ焦点を当て、古代語や古代の計算術、古代の習慣などいろいろな面から当時の魔術式にアプローチしていくこの授業。それを受け持つ教師は、何度か城に招いて講義を依頼した伯爵家に連なる男性である。彼自身は子爵位を一応は持っているが、それよりも研究、研究、研究。根っからの探究者であり、だからこそ城に呼んでも忙しいと断られることが多かった。そんな彼の授業を、一年にかけて学べる。フィーは一度目の授業が終わり城に戻った後、自室で一人ワルツを踊るくらいには喜んだ。

 けれども結局、彼の授業を受ける者の大半は親に言われたから仕方なく、だったり今後の社交につなげるため、だったり。共に授業を受けているパメラも実際はフィーの護衛のためだ。話を聞いて時々質問をしたりするものの、共に討論するほどではない。そもそも、パメラはどちらかというと護衛なので武道派だ。

 その日もパメラと一緒に席について、先日の復習もかねて配布された資料を眺めていると、ふと青年と目が合う。先日、教師に質問に行ったときにすれ違った人だ。やはりかっちりした体つきで少しだけ人を威圧する。互いに見覚えがあったのか一礼して、その青年は人が少ない席を選んで座る。

 しかし、どうにもあの瞳の色。フィーは思わず口に出して呟いた。

「……なんか見たことあるんだよなあ」

「どちらの方ですの?」

 フィーの囁きにパメラが視線だけをさっと動かす。あそこの、と言えばパメラはああ、と頷いた。

「おそらくマクミラン辺境伯のご子息様ですわ」

「マクミランのか。言われてみればあのじい様に似ている気がするけど」

 王家主催のパーティーに参加しても、家族か既婚の主要領主としか踊らないフィーのダンスの相手は少ない。その中の一人にも入る、マクミラン辺境伯領は山と海どちらも有する貿易都市だ。独自の騎士団を持ち、王国創建時から王家に仕えている古い家。そこの次期当主とされる青年は、確かフィーと同い年のはずだ。大昔に婚約者候補を探すとき、王家の姫君を辺境に嫁がせるわけには行かないと子息の茶会参加を断っていた家だ。思い出した。

 その時お詫びとして送られてきたサンダーソニアの花と同じ色の瞳だ。

 高地に咲くというその花を見たのが初めてだったので意識に残っていたのだろう。なるほど、と一人納得するフィーに気付かずにパメラが口を開く。

「私、たまにお茶会に出るでしょう? たまにうわさで聞きますの。辺境伯の一人息子だというのに、大の魔術馬鹿、だそうで。見た目に反しているそのギャップが素敵、とのことらしいんですけど、なんだが聞き覚えがありすぎてしまって、同意をし損ねてしまいましたわ」

「私はギャップを出してはいないと思うけど。……でも意外だね。あの家なら騎士らしい授業や経営学を選ぶのかと思った」

「あら、フィーももっと帝王学やらお作法に刺繍やら何やらを学んだほうがいいのではなくて?」

 パメラにべ、と小さく舌を見せたところで教師が教室に入ってくる。かちりと頭の中を切り替えて、あとはひたすらに学ぶ喜びに没頭するだけだ。

 その日の授業で教師に見せられたのは、アンティークの魔術具だった。ベルに魔術式を刻んだ魔術具で、氷の魔術を取り込んでガラスと氷がぶつかる音を再現した音がカラン、と涼やかに鳴る。これはまだ空気の温度を冷やすという魔術が発展していなかったころにせめて音だけでも、と作られた、との教師の言葉に、水を凍らせる魔術式を開発するほうが簡単では、と思ってしまうがそうではないのだろう。

 とある地域に伝わる魔術をもとに、同じくその地域の遺跡から発掘された魔術具に術式を書き加えて現代においても使用できるように先生が改良したものらしく、その言葉にフィーは目を輝かせた。

 つまり、古い魔術式を現代において通用するような改良がなされている、と言うことだ。是非とも詳しくしりたい、と前のめりになったフィーの耳に入ってきたのは、話題に上がった遺跡に関するレポートを月末までに提出し、その中で一番成績の良い人、もしくはグループに解体、解術させる、という教師の言葉だった。

 授業の終わりを知らせる声に、生徒達が立ち上がる。隣でメイドに使った教科書などを渡していたパメラに、フィーは声をかけた。

「パメラ」

「はい」

「絶対一位とるよ」

 パメラが困ったように笑った。

 フィーは本気だった。絶対一位を取ると決意した。だって気になる。その地域というのが今は遺跡しか残らず、関係者以外立ち入り禁止の発掘現場なのだ。一度だけ二番目の兄の視察についていかせてもらったが、建物の柱やら壁やら、窓枠一つに魔術式が書き込まれ、どう作用するのかもまだ判明していないものも多い、それはもう、本当に本当に心躍る場所だった。叶うならそこに住みたい、と兄に泣きついたぐらいだ。


 レポートの提出期限は二週間。その日の内に方向性を決め、それから三日程は授業のない時はぎりぎりまで図書室に居座る生活が続いていた。

「うううううん」

「フィー?」

「ちょっと表の蔵書だけじゃだめだ」

 それはもう、フィーは大まじめに、どこまでも本気で今回のレポートに打ち込んでいる。テーマを決めればその為に学園を卒業した城勤めの貴族や研究者として卒業しても残っている人に教師が好む論文の展開方法を尋ねたり、過去に同じ授業を受けていた兄に当時の最優秀レポートについて伺ったり。本を山のように積んで図書館の席を陣取り、ほんの些細な記述でも少しでも関りがあると思えばメモしていく。そうしていくうちに、過去と被らないようにするためにはどうしても学園で一般的に見られる部分にある蔵書だけでは物足りないことに気付いた。三日もあれば表にある必要そうな蔵書はあらかた目を通し終えてしまったのだ。

「ケリー先生、少しいいでしょうか」

「……コルケット嬢、何か」

 古代言語の学者であり、フィーの話し相手でもあった妙齢の女性は、教師は面倒だとこの図書室にほとんど住み着いている研究者であり、司書だ。ここの蔵書は年に二回、彼女が自らの足で駆け回り手に入れたものであり、ありとあらゆる分野の本が揃う。それはもちろん、こうして自由に貸し出し可能な表側だけではなく、重要図書として許可を得ないと立ち入りすらできない場所にも。

「ちょっと重要図書で文献探ししたいんだけど」

「ああ……いいでしょう。許可を出します。ガラスケースに入っているものは保管書庫から持ち出し禁止、他のものは鎖で繋いでいない限り閲覧室に持ち出してもかまいません。……クィンラン嬢はいかがなさいます?」

「私はここでお待ちしますわ。フィー、あまり長い時間こもらないで下さいね」

「気を付ける」

 持つべきものは権力である。今回ばかりは間違った使い方ではない、迷惑はかけていない、と五回ほど心の中で繰り返しつつ、あとで自主的に父に話して怒られよう、と決める。

 しかし、それはそれ、今は今。

 一歩入るなり張り巡らされた保管魔術に古い紙の香り。うっとりとフィーは唇を緩める。傍から見ればそれはもう美しく恋をする乙女のようだが、残念ながら彼女が恋しているのはここに眠る知識へ、である。

 じっくりと吟味して、まさかここで出会えるとは思っていなかった本との出会いに大喜びで感謝の祈りを捧げながらフィーは閲覧室に戻る。一冊の本を読みこんでいるらしいパメラが一瞬ちらりと目を上げ、小さく笑ってまた本に目を戻す。どこからどう見てもかわいらしいご令嬢なのに、これでもフィーの護衛としての任を国王陛下から承っているのだから驚きだ。一度彼女が魔術騎士団に交じって訓練をしているのを見たときは心の底から尊敬した。

 自分の席に戻ったフィーは重く大きい本を広げる。書かれた文字は古代語と、見覚えのない単語が混じる。ああ、これは古代語の言い回しと、地域特有の方言と、それにこの表現は見たことがない。この国じゃない文化も混ざっているから、特徴的に海に近い場所の文献。遺跡の現場とは場所こそ違うが、地形の成り立ちが近いから、何かしらの学びはあるはずだ。古びた紙の香りにうっとりと本を眺めて、文字に没頭し。

  ――――フィー。

 少し鋭い声がフィーの脳内に響く。パメラの声だ。魔術式を組み込んだイヤリングからの通信だろう。はっと顔を上げると、向かいに座る男がじいっとこちらを見ている。

 しかしその視線はフィーを見ている、と言うよりはフィーが読んでいる本を見ているようだった。離れた席にいるパメラが本の隙間から警戒するようにこちらを窺い、フィーの身分を知る学園のメイドも司書のケリーもさりげなく注視しているようだ。

「……何か?」

「ああ、すまない……興味深い本だったもので……」

 その男にははっきりと見覚えがある。つい先ほどの授業で話題に上がった男だ。こうして正面から見れば、なるほど、あのサンダーソニアの色と見事に重なる。

 マクミラン辺境伯の御子息で、大の魔術馬鹿。すまない、と言いながらもその視線はまだフィーの手元ばかり注視している。なるほど、と思わずフィーは笑い、パメラに大丈夫、と視線を送った。

「いいよ、こっち側にきたら? マクミラン様も確か古代魔術の研究してたよね」

「……いいのか? すまん」

 思ったよりもあっさり彼は席を移動した。それほどまでにこの本が気になるのかと思い、わかる、と心の中で肯定する。不自然にならない程度に隙間を開けて隣に座り、本をマジマジと眺める。

「……これ、本物は確か王宮の宝物庫に一冊のみで、複写が五冊しかない本だよな」

「おや、見たことあるの?」

「博物館で複写を眺めただけだ。……古代語か? いや、見慣れない単語があるな」

「そうなんだ、これ多分この時代の地方特有の言語が混じっているんだ。例えばこの一単語だけで"春のそよ風に混じる霧雨"を意味している」

「……つまり独特な魔術式の短縮単語か!」

「そう! しかもここの記述見て。これ直訳だとおそらく『風を編む細やかな友人』になるんだけど、恐らく妖精を指していて……」

「これは古代語の奇跡だな。奇跡とはすなわち魔法……協力、とあるから……つまり魔法と魔術がまだ混じり合っていた時代の可能性か?」

「そう、そう!」

 しぃ、と司書から注意が入る。すみません、と謝りながらフィーと青年は顔を見合わせる。

「レオナード・マクミランだ。同じ古代魔術の授業を取っていたと思う。レオナードでいい。」

「フィー・コルケット。話が合いそうで何よりだよ。ブラッドもいるし私もフィーでいい。ねえ専門は?」

「現代における魔法の再現」

「大きく出たなぁ。私は純粋に魔法が存在していた時代について研究してる」

 専門を聞いただけですらすらと答えるのだから、これはもうフィーと同類だ。完全な学者気質の研究者。もし互いに身分が無ければ、己の興味に人生の全てを賭けたのだろう。気が合わないはずがない。

「この資料気になってたってことは、レポート、一番目指している?」

 フィーの言葉にレオナードがあっさり頷く。

「あの教師がどういう術式で古代魔術を再起動させて展開させたのか、何が何でも見たい」

「わかる。……やっぱり競い合う相手がいると張り合いがでるね」

 にやり、とフィーが笑みを浮かべる。レオナードはそうだな、と言いながら目元を緩める。

 結構険しい顔立ちだけれど、こうしてまじまじと見れば、目元は少しだけ優しげで、穏やかな陽だまりを思わせる。いいライバルになりそうだ、とフィーは笑いながら一緒に見ようか、と本を彼との間において開いた。

 小さな声で話が盛り上がる。結局ブラッドが来るまで小さな声で話し続け、次の授業で今度はレオナードが実家から持参した本を持ってくるとの約束を交わし、フィーは大満足で図書室を後にした。


「楽しそうでしたわね」

 パメラの言葉にもフィーは笑顔だ。

 一度コルケットの家により、日課のように登城するブラッドとパメラにそっと混ざって城に帰る、その途中の馬車。最高級の乗り心地で揺れはほとんど感じないはずだが、ご機嫌なフィーのシルバーブロンドは、呑気な鼻歌に合わせて揺れていた。

「随分ご機嫌だが、何かあったのか?」

 ブラッドが訝しげに眉を顰める。これはコルケット家の馬車である。外にいる御者はコルケットの家の者で、中にはこの国の聡明な王女様が乗っていることを知っている。だからこそ車輪の音に隠れる程度に声を落として尋ねた。

「同じ授業を取っていらっしゃるマクミラン様と言う方と図書室でお会いしまして、どうやらとても話が合ったみたいですの」

「マクミラン辺境伯のか。俺も一つだけ剣術の授業が重なっていたな」

「マクミラン、と言えば代々騎士の家系、というイメージでしたわ」

「ああ、それ私も。でもめちゃくちゃ話が合うんだよ。知識量が近いというのかな」

 きらりとフィーの瞳が輝く。

「似たような研究傾向なんだけど、着眼点が互いに違うから面白い! 次の授業の後にまた話をする約束をしたんだ。どういう論点でレポートを書くのかは知らないけど、今度彼が参考にしている資料も見せてもらうんだ。ああ楽しみ!」

「フィー、声が大きいわ」

「おや失礼」

 ぱっと手を抑えて優雅に微笑むフィーの、その瞳はどこかいたずらげで、いつもブラッドとパメラと接しているときの彼女と変わりない。

「…………完全に研究目的だな」

「私は学びたくて学園に来てるからね!」

 大満足、とふくふくと笑うフィーを見ながら、パメラはどうなるかしら、とブラッドとそっと視線を合わせるのだった。



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[良い点] 書籍化と連載化 [気になる点] 行が詰まっている為、少し読みづらい。 台詞の前後に空行を挟んでほしい。 三点リーダが目立つ。必要ないところは省いた方が読み易い。 [一言] 短編を読んで覚…
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