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1-1 学園生活の始まり

頑張れば今日中にもう少し上げるかもしれないです


 王立学園、と言っても王都の真ん中にあるわけではない。王都から馬車で三十分ほどの王家が持つ広大な領地の一つ。湖と森に囲まれた古き石の古城。かつて王族に嫁いだ美しい姫君が病で倒れたとき、故郷に似た場所に養生のためにと建てられた城らしい。

「ちなみにうちにここの古い設計図があって、結構抜け道とかあったよ」

「それ、絶対王族しか知ってはいけない情報だよな」

「例えばあそこの肖像画、隣の燭台にスイッチが隠れていてそこを押すと」

「フィー、ダメよ。それ以上は私達が知っていいことではないわ」

 そんな会話をしているのは学園の広い通路である。入り組んだ通路を進み、研究室が立ち並ぶその道は学生の姿はほとんどなく、教師や卒業してもなお学問を究めるべく残った研究生が多い。中にはフィーが城に呼んだことのある人もいる。

「それにしたってバレないものだな」

 感心したようにブラッドが呟く。だろう? と自慢げに笑うフィーの髪は、ブラッドと同じセピア色だ。

 元はシルバーブロンドの髪に、王族の印とも言われる、揺らめく淡いライラックの瞳を持つフィーだが、今は魔術により、ブラッドと同じコルケットの血筋によく現れるセピア色の髪にスカイブルーの瞳だ。色を変えるだけで王家の花の妖精の印象はずいぶんと薄らぐ。誰も彼女を王族の姫君とは思うまい。

 現に入学してからこうして一か月は立つが、今のところ事情を知らぬ学園仕えの使用人、その他生徒には一切バレていない。元々学園を卒業しない限り「成人」とは認められないため、夜会に出たとしても年上の高位貴族と数人踊ったらすぐに下がっていた。遠目で見たことがあっても、まじまじとフィーを見たことのある人は少ないだろう。

「私、これなら城下町に遊びに行ってもばれなかったかもなあ」

 一人称を私、に言い換えてしまえば、あっという間にコルケットに身を寄せている遠縁の田舎貴族の完成だ。

 たどり着いたのは研究室のある棟の中庭。静かな人気スポットとして、教師や生徒達が思い思いに用意されたテーブルについて言葉を交わしている。その中にメイドを置いて用意しておいたテーブルに向かえば、待機していたメイドが椅子を引いてフィー達を促したのでそこに座り、フィーはうーん、と伸びをした。

「あら、お疲れかしら」

「戦闘魔術の授業だったんだけど、教官が本当に悪魔じゃないかって。女で取ってる人は少ないけど、容赦ないんだ」

「素敵な教師じゃないですか。……フィー、少し髪がほつれていますわ」

 パメラの細く柔らかな指がフィーの髪をそっと撫でる。その優しい感覚にフィーは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「そう? 模擬戦でブラッドに吹っ飛ばされたからね」

「俺はフィーに頭から突き落とされたんだけどな。パメラ、今日のお菓子はなんだ?」

「きっとお腹を空かせるだろうと、ドライフルーツとナッツのパウンドケーキを用意しましたの」

 パメラが合図をすれば、メイドがお茶の用意をする。パメラの家のお菓子は本当においしいよね、とフィーは嬉しそうに笑った。

 女二人に男一人、それこそ最初は奇異な目で見られたが、ブラッドと同じコルケット姓とあまり令嬢らしくない振る舞いに、ブラッドが家から何かしでかさないように見張りとしてつけられ、ブラッドの婚約者のパメラも巻き込まれたのだろうと周りは納得し。そうして一ヶ月も経てば当たり前の風景になる。ブラッドとパメラが王女側近だと知っていても、誰も彼女を王族の姫君とは思うまい。

「あーあ。ブラッドにいじめられて私はすっごく落ち込んでいる。パメラが私にあーんしてくれたら、私すっごく元気になる気がするな」

「フィー? まだ吹き飛ばされ足りないのか?」

「やーだやだ、男の嫉妬は醜い醜い。こんな可愛いパメラにそんな醜いもの近づけないでちょうだい。しっしっ」

「フィー練習場に戻るか? 受けて立つぞ」

 まさしくこの調子なのだ。貴族の淑女からかけ離れているものの、礼儀に反することはない。親しいらしいブラッドとパメラには気軽に、けれどマナーを知らないわけでもなく。

 少し珍しい毛色として意外にも他の生徒達と馴染んでいた。

「お二方共、お静かに。紅茶が冷めてしまうわ」

 パメラのおっとりとした窘める言葉に、フィーとブラッドが目を合わせ、自然と笑みが溢れる。

「「はい、パメラ嬢の仰せのままに」」

 こんなふうに王女でも何でもなく、気楽にいられる雰囲気をフィーは気に入っていた。


 学園での授業は選択式だ。ある程度共通して必ず選択するものと、それぞれの将来を見据えて選択する授業、趣味などに費やすための授業。フィーは嬉々として古代文学や古代魔術などの授業を詰め込んだ。

 この辺りを選択する人は、家が魔術に関わっていたり、古い血筋に連なるものであったり、そしてフィーと同じただの研究馬鹿、か。

 フィーは学園に入学するまで、最後の理由が一番多いと考えていた。学園とは学ぶ場所である、という認識の元、そう思っていたのだ。しかし、ふたを開けてみれば少々違った。

「ねえ、君は何を専攻に研究するつもりなんだい?」

 授業で隣になった伯爵令嬢にそう声をかけて、けれども帰ってきたのは困ったような微笑みだ。

「父が王立図書館の研究員ですから、その関係でこの授業を選択しただけですの」

「この授業の教授が城に呼ばれるほどの学者だと伺って、どうにか繋がりを持つように家に言われて」

「兄が城の魔術具開発部門に勤めていますので、兄の婚約者探しを兼ねてこちらの授業を選択しました」

 学園とは、学ぶための場所だと思っていた。けれども多くにとっては家のため、社交のため、さらには「必ず学園を卒業しなくてはならないから」という曖昧な理由で、なんとなく、という理由で授業を選択した人もいる。

 勉強を好む人もいたが、それでも優先するべきは繋がりだった。気が付けばひたすらに勉学に打ち込み、暇があればお茶会やサロンに参加するよりも図書館に通い詰めるフィーは少し遠巻きにされてしまった。

 そうなると、積極的に教師に質問をしに行ったり、討論をしようとする酔狂な人間はフィーしかいなくなる。一般分野ならばまだいそうだが、専門分野になるとフィーは自分以外で教師を訪ねる人間はいないと、その時までは思い込んでいた。

 それはフィーがその立ち位置と研究への貪欲さに遠巻きにされだして少し経った頃。授業の内容で気になったことについて質問しようと教師の研究室に向かった時のことだ。扉を開けようと触れたところで、中から聞こえる話し声に、フィーは先客の存在に気付いた。

「先程の授業で古代魔術式の大陸と離島での活用の変化について触れていましたが、いくつか質問してもよろしいですか?」

 扉を開けながら聞こえてきた声におや、とフィーは首を傾げる。その話についてはフィーも大いに興味がある。そっと扉を開けて目が合った教師に、少し待たせていただきます、と研究室の中の椅子に腰かければ、フィーの身分を知る教師が一国の王女をこんな粗末な椅子に座らせていいのかと葛藤する様子がよくわかる。

 気にせずどうぞ、と微笑みながら本を取り出して、けれどもフィーは先客と教師の話に耳を傾ける。質問の内容は確かに授業では触れていなくて、それでも興味深いことが多い。中には魔術の神髄に触れるような鋭い質問もあり、それを知るために研究をしているのだと、教師が嬉しそうに笑う。

 上級生だろうか、とフィーは本の隙間からちらりと視線をあげ、教師に質問している青年を観察した。

 一見まるで騎士のような青年だ。どちらかというと剣術や戦闘魔術などの授業が似合いそうで、青み掛かった黒髪は少し癖がある。斜め後ろからでは顔立ちはきちんと確認できないが、フィーからすれば見上げてしまうような身長で、首が痛くなりそう、だなんて考えていると話が終わったのか、彼がこちらを見た。

 トパーズ、琥珀。ちょっと違う。少し黄色が強いオレンジの瞳を何にたとえようかと考えて、少しだけ見つめてしまった。青年もフィーに気付いたようで、待ち人がいたことに今気づいたのだろう。少しだけ驚いたように目が丸くなる。失礼しました、と彼が出ていく間際に軽く目礼しあう。一見威圧的に見えて、やっぱり騎士みたいだな、と考えて。

 教師が魔術式を仕込んだ万年筆をかちりと鳴らす。この研究室に防音の結界が張られたのを確認して、フィーは本を閉じた。

「殿下、こちらの椅子のほうがまだ座り心地がいいですよ」

 この教師はフィーが何度か城に呼んで言葉を交わしている。だからこそフィーがどれだけ学ぶことを望んでここにいるのか理解してくれているのだろう。メイドが部屋のドアに鍵をかけても、教師は一つも文句を言わずに呆れた顔をするだけだ。

「今の私はただのフィー・コルケット。貴方に教えを請う生徒の一人だ。気にしないで。それよりもこの文献についてちょっと質問させてほしいんだけど」

「はあ。どちらの本で……殿下、よりによってこれ持ってきましたか」

「これの解釈で大論争が起きているのは知ってるけどその部分ではないから安心して」

「それならばお持ち下さる本についてもう少し考えて頂けるとありがたいのですか」

 教師の少しばかり冷ややかな視線は気にせず、心行くまで本について談義して。

 パメラが迎えに来るまで続いた。そして彼女とブラッドとも合流し、共にコルケットが使うタウンハウスに帰り、そこから登城する二人と一緒に城へ帰る。少しだけ面倒だが、王族とは基本的に面倒に面倒を重ねて生きていくものだ。このくらいなら慣れたものである。

「お帰りなさいませ、オーフィリア殿下」

「ただいま戻りました。もう外は風が冷たいかしら。そうね、アネモネの間にお茶の用意をお願いしますわ。パメラ、ブラッド。そこでお茶にしましょう。時間は大丈夫かしら」

「殿下がお望みとあれば」

「ぜひご一緒させて下さいませ」

 たとえ気の許した友人でも、王女として立つ限りはあくまで従者だ。こうしていくつかの顔を器用に使い分け、フィーは順風満帆な学園生活を送っていた。


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