5-3
「パメラと友達になればブラッドと近付いても良いって思ってるの?」
「フィー、眉の間のシワが凄い」
フィオナが教師陣に呼び出されたらしく、フィー達は久しぶりにゆっくりと中庭の東屋での時間を過ごしていた。中庭でランチなんてしていたら、すぐにフィオナがやってくるので、最近はずっと室内の部屋を取っていた。
鼻を膨らませるフィーにレオナードが苦笑しながらクッキーの皿をフィーに寄せる。それを遠慮なく摘まみながらも、ああもう、と声が出てしまう。パメラとブラッドは少し離れたところで久々に二人きりのお茶会を楽しんでいるようだ。二人の時間を邪魔してはいけないと、フィーとレオナードはこちらで論文と参考書を広げながらのお茶会だ。
「レオナード様はああ言う元気な子が好み?」
ぽつん、と思わず尋ねてしまったのは、少なからず、フィオナを好意的に見ている人も少なくは無いからだ。元平民らしく天真爛漫で、ブラッドやフィーさえ関わっていなければ、見苦しくない程度にはマナーがきちんとしている。そんな彼女に、一途なところもかわいらしいなんて話があるのだ。
「いや……見かけは確かに可愛らしいとか庇護欲は唆るのかも知れないが、俺には荷が重い」
「ふうん。そういやレオナード様の好みとか聞いたことないな」
「魔法を使える人」
「王族でも迎え入れれば?」
さくりとクッキーを口に含んでほろりと崩れていく感触を味わう。美味しい、と素直に言葉が溢れ、今日のお茶請けを持ってきたレオナードが少し自慢げに目を細めた。
「そういえばレオナード様。今度社交の授業があるんだけど、パートナー決まってる? 誘う予定の人いる?」
二学年になると、社交として異性の相手を必要とする授業が発生する。貴族としてただ同性どうしで和やかに話しているだけでは意味がない。異性をパートナーにすることにより、より必要とされる情報が手に入る。だからこそ社交の授業は必須で、一年の頃も授業を選択すれば何度も受けられるぐらいには、それは大きな教室だった。
「それ、お前から言い出すのか?」
「だってパメラとブラッドは絶対だから私一人あぶれるの確定だし、年の近い人と踊ったことないし誘ったことも誘われたこともないし……家の執事を連れてきてもいいけどさ……」
本音としては、最後の自由として思い出が欲しい。だけど、それを受け入れてもらえるかはレオナード次第だ。
はあ、と息を吐くと何故か意外そうにレオナードが目を丸くする。
「……年の近い人以外とは踊ったことあるのか?」
あ。そういえば。
「フィー・コルケット」は一度も社交界に出たことがないのだ。これは完全なうっかりだ。しまった、と思いつつもそれを表情に出さずに紅茶を一口。
「父と踊ったり、あと一応レッスンは受けてるから、先生とも踊ったことあるよ」
「ああ、そういう」
「でもブラッドとは踊ったことないし、本当に歳が近い人とは無いかなあ」
上手いこと誤魔化されたのか、誤魔化されてくれたのか。少しだけドキドキしながらカップをソーサーに戻すと、その手をレオナードがさっと掬い取ってさらう。
「それでは、フィー・コルケット嬢。俺に貴女をエスコートする権利を下さいませんか」
さらわれたフィーの指の爪にほんの少し、軽くレオナードの唇が触れる。そしてレオナードはフィーを見ると、にんまりと猫のような笑みを浮かべた。
ぶわり、と一気に真っ赤になり、蒸発してしまいそう。一瞬頭が真っ白になる。
「ちょ……っ、ちょっと!」
「ほら、たまには淑女らしく返事」
「しゅ、淑女らしくって、なにそれ、急に貴族みたいに!」
「貴族だしな」
にやにやと笑ったまま、返事は? なんてレオナードが首を傾げる。
ああ、顔が熱い。火照る顔色が戻る気配は全くない。それでも。それでも、うれしい。フィーは心からの笑みを浮かべた。
「お受け致しますわ。どうぞ、一夜の夢へ、私を導いて下さいませ」
そう囁き返せば、レオナードが驚いたように目を丸くし、そして小さくはにかんだ。
「やればできるじゃないか」
「一応、私もお嬢様だからね」
そんなことを言いながら、どちらともなく笑い合う。まだフィーの手はレオナードに取られたまま。もう少し、もう少し。彼が離すまで、もう少しだけ。繋いでほしい。フィーはそう願いながら笑っていた。
とは言っても、実際に授業にパートナーと伴う必要があるのは、避暑の時期を終えた秋だ。しかしパートナー自体は春が終わる前には決めなくてはならない。
なぜなら貴族らしく、パートナーが決まればパートナーと衣装を合わせてドレスを用意する必要がある。そしてそのドレスも採点基準の一つなのだ。
「それよりも、ダンスの練習ができないことが意外だ」
ひとまずドレスの方向性が決まったのでデザイン画をレオナードに渡しながらフィーがぼやく。
「実際のパーティーでは初めて会う人と踊ったりするからな。相手のくせに惑わされずに踊る練習、だっけな」
「そうそう。でもパートナーは別だと思うんだけどなあ」
「そんなに俺と踊りたいのか?」
「うん。ヒールで是非とも踏みたい」
そんな軽口を叩きながら、素人目線でこうしよう、あっちはこうだ、なんて話す。
「そうだな、フィーは好きなモチーフはあるか?」
「うーん……特に」
普段は今まとっている色と違う色合いでドレスを作らせているのだ。今のこの身に合うドレスを考え直すのは、意外に大変である。
「そういえば、例のお嬢さんはどうだ?」
レオナードの言葉に、かわりなし、と笑う。フィオナはブラッドが社交の授業を受けていると知るなり自分も授業を選択し、今度のパーティーにも参加するらしい。そのパートナーをブラッドにお願いしたのだから、いっそのこと尊敬してしまう。
「私もパメラもいないときにお願いしたらしくて。でも普通にパメラと踊りたいからって断ったって」
「……すごいな…………」
本当にどうするつもりなんだろう、と少し心配してしまう。伯爵家からは時間が経てば落ち着くだろう、との返答が来たらしく、最近のブラッドは早く卒業したい、が口癖だ。とは言ってもまだ夏が始まろうとしているところ。随分と先の話だ。
「そういえば、今年の避暑はどうするんだ?」
少しだけ考える。さすがに二年も連続で彼の家に行けば、祖父からも何かしら言われるだろう。祖母はそれはもう喜んで婚約の手はずを整えるかもしれない。それに、事実外せない公務があるのだ。
「うーん……たぶん、家業が忙しい」
「なら手紙と土産でも贈る。コルケットのタウンハウスでいいか?」
「本当? それならクレープを送って」
「無理に決まっているだろう」
そんな冗談を言い合って。ああ、本当に公務がなければよろこんで行ったのに。涼しいレオナードの領地を思い起こしながら、フィーは手紙、楽しみにしていると笑った。
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