5-1 新しい波乱
また数回に分けて5章を毎日投稿します
二年になって、護衛としてさらに数名フィーを知る者が入学したらしいのだが、それが誰なのかフィーは知らない。学園ではほとんど接触することなくさりげなく過ごすらしい。学園にいるメイドも城から派遣された人員が増え、周りに人がいるのならパメラとブラッドを側に置かなくてもよくなり、フィーは遠慮なく図書館に入り浸ったり、レオナードや教師を交えて延々と論議を交わしたりと、のびのびとした学園生活二回目を送る予定だった。
新しく入学してきた中に、目立つわけでもなく噂になっている少女がいた。 もともと貴族でもなく平民で、しかしまるで魔法のように魔術を意のままに扱うと伯爵家の養女になった少女。
名を、フィオナ・ローズ。セピア色の髪にスカイブルーの瞳の可愛らしい少女だ。
最初こそ、元平民でありながらこの学園に入学できるなんて、余程優秀で勉強をしたのだろう、という好意的な噂だった。ただそれは入学して一か月も経つ頃には、がらりと変わっていた。
「ブラッド様!」
華やかに笑いながらフィオナがブラッドに駆け寄る。その様子を見てパメラの顔が僅かに曇るが、フィオナがそれに気づいた様子はない。
「ブラッド様、今日は魔術を使った試合があるんでしょう? 私、応援に行きますね!」
どこまでも明るく親しげにブラッドに話しかけている。色味が似ているので一瞬コルケットの親戚か、分家なのかと噂になりかけたのだが、ブラッドが即座に否定したため、少し違った噂が流れる。それはブラッドに一目惚れしたやら、伯爵家からなにか指示があったのやら、単純に礼儀がなっていないだけなのやら。
「婚約者も応援に来てくれるのですが、ローズ嬢の応援も頂けるとは、光栄ですね」
救いはブラッドが明らかに迷惑、と笑顔に貼り付けて対応していることだろう。パメラはきっと一時的な憧れよ、と首を振って見逃しているが、それにしてもあまりにも無い。淑女としてない。婚約者とすごしているところに突撃するのは、淑女以前にない。最初こそ笑って受け入れていたのだが、ほとんどフィーとパメラを見ることなく、ひたすらにブラッドのみに話しかける姿に、だんだんと疲労がたまってくる。
ただでさえ二年目として授業の内容がより高度になって大変だと言うのに。それこそ本当に時々パメラに挨拶することはあれど、フィーに関してはほとんど無視で、睨まれることすらある。ブラッドに一目惚れしたのだと仮定してパメラに敵対心を抱くのはわかるが、フィーに関してはなんで? という気持ちしかない。時々見られる態度からして、どうみてもフィーはパメラより嫌われているのだ。
何故か知らないかフィーとフィオナを比べてフィーを言外に貶めることもあれば、ブラッドとフィーが二人でいると必ずと言っていいほど現れる。他にレオナードやパメラがいたとしても、ブラッドがフィーの隣にいれば無理に間に割って入ることはもう数えきれないほどだ。
思わず私なにかやらかしたっけ、とパメラに聞いてみたが、なんでしょうねえ、と返すしかない。
その日もブラッドとパメラと一緒にいたフィーはこれから勉強会をしようとしていたのだが、どこからか現れたフィオナにブラッドが捕まってしまう。勉強会の後にはレオナードも交えてランチの予定で、フィーはかなり楽しみにしていたのだが、フィオナの登場に溜息が増えてしまう。
刻一刻と勉強の時間が減る感覚に、フィーは思わず長く長く息を吐く。
「フィー、落ち着いてくださいませ」
なだめるパメラの声でも、もう落ち着けない。フィオナがこの後一緒にランチでも、なんて声を上げた瞬間、とうとう我慢の限界が来た。フィーはブラッドとフィオナの間に入ると、余所行きの笑みを浮かべる。
「御機嫌ようローズ嬢。すまないブラッド、さっき先生が呼んでたよ」
二人の間に割って入るようにフィーが話しかけると、ほっとしたようにわかった、とブラッドがその場を後にする。あとで合流しよう、と囁かれてその場を去ったブラッドを見送り、さて、どう出るのだろうかとフィオナへ向き直る。フィー、と心配げにパメラがフィーを見ていた。
「ちょっと、ブラッド様は今私とお話ししていたでしょう! 話に割って入るのは失礼じゃないの⁉」
思わず唖然としてしまった。先に会話していたところに割って入った自覚が彼女にはないのだろうか。たぶん、周りで見ていた人も全く同じ気持ちだろう。
なるほど、もしかしてこれが喧嘩を売られた、と言うことか。
「申し訳ありません。何やら急ぎの用事のようだったので」
フィオナがフィーを睨むが、フィーは飄々と微笑み返してみせ、ちくりと言葉を付け足す。
「それに、失礼と言うのならば婚約者がいらっしゃる男性に向けて特別親しくしようと言うのは失礼ではないのでしょうか」
「フィー、私は気にしてないわ」
控えめにパメラがフィーに声を掛けるが、それにしてもここ最近、あまりにも頻度が多すぎるのだ。明らかにブラッドに固執している様が窺える。そして異様にフィーを敵対視しているのだ。
「だったら、貴女はどうなんですか! 貴女だってブラッド様にずっとくっついて、失礼じゃないの⁉」
「私とブラッドは親戚で、ブラッドは私のお目付役……というか保護者だから、これに関しては双方の親、あとパメラの許可も得てますね」
「フィーは私の大切なお友達ですもの。ブラッド様含めて仲良くしてくださると嬉しいわ」
おっとりとパメラが微笑む。その様子に周りは、やはりコルケットの血筋の隠し子か、なんて囁きが聞こえ始めて、その噂まだ消えていなかったのかと少し脱力してしまう。一言たりとも間違っていない。祖父母の兄妹まで遡るが、確かに親戚だ。
「フィー、もう行きましょう。ローズ様も、今は少し混乱なさってるようですし」
パメラがフィーの手を引くので、仕方なし、とフィーはカーテシーをしてその場を去ろうとして。
「本当はフィー・コルケットじゃないくせに」
フィオナの呟きに、一瞬だけ肩が跳ねた。