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 そうしてフィーは己の立ち位置を、影響を、力を、正しく理解して、正しくあろうとして。そうして成長していった。結局フィーは婚約者を決めることなく、美しく育った。まだ正式に成人と認められていないため、パーティーに参加しても踊るのは王族を含めたほんの数名、王族以外に選ばれるのも王家に忠誠を誓う高位貴族の既婚男性のみ。式典などで遠目に目にすることのできる姫君。聡明に、穏やかに、したたかに。その印象から王家の花の妖精と囁かれる。

 それがフィーの作り上げた「オーフィリア」と言う仮面だ。

 外では常に仮面をかぶり続け、全てを打ち明けられる婚約者はいないがいろんな話ができる友人はいる。

「フィー、今日はどちらの地方の古代文学を読まれていますの?」

 そういって穏やかに笑うのはパメラ・クィンラン。フィーの友人であり側近であり、もう一人の側近であるブラッドの婚約者でもある。 明るいキャラメル色の髪を結わえ、エメラルドグリーンの瞳を持つ彼女はフィーと同い年だ。穏やかでまるでひだまりのような少女で、隣にいるだけで落ち着く。フィーは勝手に彼女のことを親友だと思っていた。向こうがどう思っているのかわからないので表向き穏やかな交流だが。

「今日は文学系じゃないよ。ちょっと前に探索魔術式の新しい論文が出ていたからそれを読んでいるんだ。結構面白いよ」

 そうやって笑うフィーも今年で十六歳。この国では平民も貴族も十四から二十になるまでの間に必ず学園と呼ばれる学び処に通うことを義務付けられている。それはもちろんフィーにも当てはまり、これから二年間、彼女は魔術と学問を学ぶべく学園に入る。そのための入学試験もきちんと受けたし、気になる教師もいる。

「これを書いた人がちょうどわたくし達が通う学園にいるらしくて。いろいろと聞きたいことがたくさんあるからね。それをまとめるためにも、もう一度目を通しておこうと思って。すごいよ、これ。古代魔術を解体して新しい魔術と合わせてうまいことやっているんだ」

「フィーは本当に古代魔術が好きね」

 パメラが笑いながらも自分が読んでいた本を閉じて立ち上がる。ちょうどそのタイミングでメイドがブラッドの来訪を告げた。

「あー疲れた……」

 どさり、と遠慮なくフィーの部屋のソファーに座り込んだのはもう一人の側近であり、友人であるブラッド・コルケット。セピア色の髪にスカイブルーの瞳を持つ青年で、フィーとパメラより一つだけ年上のパメラの婚約者だ。コルケット侯爵家はフィーの母の実家であるために、フィーとブラッドは又従兄妹でもある。

「ブラッド様、訓練お疲れ様です。フィー、お茶の用意をしてもよろしいかしら」

「もちろん。ブラッド、髪が乱れてるよ」

「フィーはせめてこっちと目を合わせて労われ」

「いたわってるいたわってる」

 王女とその臣下とは思えないやり取りはいつものこと。メイド達は気にせずにお茶の用意をしていく。スコーンにビスケットにフルーツサンド、パンナコッタに果物、そして紅茶があっというまに用意されて席について。

「そういえば、昨日お婆様に呼び出されて謁見したんだけど」

「王妃殿下に?」

 早速サンドイッチに手を伸ばしたブラッドが首を傾げる。

「ほら、お父様とお母様も、お兄様も恋愛結婚だろう? だからわたくしも学園でいい人がいたら教えてだって」

「まあ、王立の学園だからな……通う人の身分はだいたい保障されているし、誰を選んでも基本的には問題ないだろう」

「でも、わたくしは恋愛をしたいんじゃないんだ。勉強がしたい。古代魔術の研究がしたい。学園の書庫にある禁帯出の本が読みたい」

「フィー、もしかして王都の学園を選んだ理由って一最後のですか?」

「え、うん。そうだけど」

 あきれた、と言わんばかりのブラッドを軽く睨んで、そしてにっこりと笑いかける。

「それにわたくしが王女だと知って近づいてくるなんて碌な人がいないだろ。だからさ。お婆様にお願いしたんだ。わたくし自身を見てくれる人を探したいので、身分を隠して学院に通いたいですって」

「……は?」

「フィー?」

 一口紅茶を飲んで、音を立てずにカップをソーサーへ戻してフィーがうっそりと微笑む。

 室内だからと降ろされたままの腰まである淡いプラチナブロンドの髪が、ふわりと輝く。王族の血を持つものにのみ現れるというライラック色の瞳は甘く淡く揺らめいて香る。微笑み一つで空気を変え、花の妖精姫という名に相応しく、ブラッドとパメラの背筋が伸びる。

「わたくしはフィー・コルケットとして学園に入学するから。コルケット侯の後ろ盾を持ったただのぽっと出の田舎令嬢だ。そのつもりで学園では振舞うから、二人ともよろしく頼む」

 その時のブラッドとパメラの表情は、もし見る人が見れば永遠に語り継がれていたかもしれなかった。

 これで余計な邪魔が入らずに研究ができる、と心から嬉しそうなフィーを見ながらブラッドが頭を抱える。予定していた警備配置や一緒に学園に入れるメイドの数の調整、学園に用意される予定だった王族専用のサロンや緊急の王女用執務室など、いろいろなことが変わってくる。もう調度品や人員の選定は始まっているのだ。

「ブラッド、一仕事よろしくね」

「いくらなんでも……!」

「まだ今年王女が入学することは公表していないんだから。あと三か月もある。準備期間は貴方なら充分だろう?」

 不充分だ、とブラッドが叫ぶが、君は優秀だからね、とフィーは微笑むだけだ。普段は花の妖精ともてはやされているというのに、どう見ても悪魔の笑みである。

「でも、よく王太子殿下がお許しになられましたね。陛下にお話は?」

「お婆様から話を通して下さるそうだから大丈夫。ただ条件として、常にパメラとブラッドを傍に置くようにだって」

「当たり前です。心得ましたわ。私も護衛としてもう少し魔術の調整をしなくちゃ……ブラッド様。一度コルケット魔術騎士団をお訪ねしてもよろしいかしら」

「父に話しておく。……フィー、いいか。くれぐれも、くれぐれも大人しくしてくれ」

「おや。わたくしはいつだって模範的でおしとやかな王女だよ」

「どこかだ!」


 こうしてフィーはブラッドの家名を借り、魔術で容姿を変え、晴れて「フィー・コルケット」として学園への入学を許された。


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