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カフェには美しい色彩で描かれたメニューが置いてあり、それを見ながら注文をするスタイルだ。奥の半個室になっている場所で、見たことのない飲み物にフィーはへえ、と感心する。
「この温かいチョコレートケーキが気になるな。温かいケーキなんて初めてだ」
「俺はコーヒーとスコーン、あとこのフルーツの盛り合わせ。こっちにはフォンダンショコラと白桃のソーダを」
どうにか注文するレオナードを見て、フィーは小さく拍手をした。
「しかし、本当に突然だな」
注文したものは今から作るらしい。メイドが運ばれてくる前に毒見をします、と囁いたので安心して食べられそうだ。気を抜いて背もたれに寄りかかっていると、レオナードが頬杖をついてフィーを見る。
「何が?」
「お忍び」
ああ、とフィーは笑った。
「一度王都も散策して見たかったんだ。辺境伯領を見てからはなおさら。でもパメラやブラッドは絶対反対するだろうから、チャンスは今だけかなって」
「パメラ嬢に怒られるんじゃないか?」
「怒られるだろうね。レオナード様も一緒に怒られてよ」
くすくすと笑いながら、運ばれてきたケーキにフィーが歓声をあげる。レオナードもどこか諦めたような気持ちでコーヒーを口にした。
「でも、レオナード様が付き合ってくれるとは思わなかった」
「……まあ、フィーを一人で放り出すわけには行かないだろう。それこそバレたらパメラ嬢に怒られそうだ」
「それでも、レポートするほうがーって断る可能性も考えていたよ」
「それを言ったらフィーがレポートを放り出すなんて俺は全く考えていなかった。……たまには、まあいいんじゃないか。息抜きだろう」
ふっとレオナードが笑う。それを見てフィーはぱちりと瞬きをして、そして同じようにふふっと笑った。
「レオナード様は何ていうか、見かけによらず、だね」
「どういう意味だ」
レオナードが軽くフィーを睨み付ける。フィーは笑いながらフォンダンショコラをゆっくりと口の中で溶かす。
「レオナード様、見た目はど真面目で勉強と武術以外に興味はない、近寄るなって感じじゃん」
「馬鹿にしてるのか?」
「でも、割とお茶目というか、こっそり手を抜くのが上手いというか、思ったよりもやんちゃというか」
「褒めてないよな」
「褒めてる褒めてる。もう少しだけ愛想良くすれば友達増えそうなのに」
ほら、と手を伸ばして仏頂面のレオナードの頬を指できゅ、と持ち上げる。どう見ても唇が引きつっているだけで全く持ってにこやかではなく、さっきの笑みの面影を一切見いだせず、思わずフィーは笑った。
「頬が硬いよ」
「うるさい。……気の許せる友は少数でいい。そういうお前こそ、きちんと友達と言うならあの二人ぐらいじゃないか」
あの二人、とはここにはいないパメラとブラッドのことだろう。最近レオナードと一緒にいる間はメイドが控えていることもあってか、目をよく離しているようだ。時間が合えばよくレオナードと一緒にいて、フィーの側にはほとんどパメラかブラッドがいて、休暇を一緒に過ごしたこともあって、レオナードの人柄も理解し、信頼しているのだろう。護衛の自覚はあるのか、と思うが、たぶん優秀な彼らは目を離していても有事には真っ先になんとかしてくれる、という信頼はある。
現に学園を抜け出せたのはその信頼のおかげなのだが、その信頼をフィーが裏切った自覚はある。オーフィリアとしてはけしてやらないであろう行動だが、フィーならば一度きりだ、あとでたくさん謝罪しようと思う。
ブラッドとパメラ。フィーにとっての、最初にできた本当の友達。フィーはフォンダンショコラをスプーンでつつきながら曖昧に笑う。
「私は親友だって思ってるけど、向こうはどうかな。詳しくは言えないけど私訳ありだし、結構付き合いづらそうなタイプだろう、私」
きっと幼馴染と言える付き合いだろう。けれども、二人はフィーの側近である。気楽に話を交わせていても、内面まではわからない。
目を伏せたフィーに、レオナードが手を伸ばすと慰めるようにフィーの頭を少しだけ撫でる。
「おや、珍しい」
「それはお前もだろう。……詳しくは聞かないが、悪くは思ってないだろう。俺がフィーと会話をするようになった時、思いっきり探られたぞ。あれは警告もあるな」
「…………なんかごめん……」
初耳だ。フィーの知らないところで何をしているんだ、と言いたいが言葉は飲み込む。仕方ない。フィーの身分が身分なのだ。心配しすぎて損することは無い。
「それに、俺だってお前とは付き合いやすいと思ってる」
ぱちり、とフィーが瞬きをする。レオナードはさっと視線を逸らす。少しだけ不機嫌そうに寄せられた眉は、きっと照れているのだろう。スコーンを口に運んでいるのは照れ隠しかもしれない。ジャムもクリームも付け忘れている、と思わず笑みがこぼれた。
「レオナード様の貴重な好意だ。魔術式で保存しなきゃね」
「お前やっぱり馬鹿にしてるだろう」
「してないしてない」
一枚壁を挟んだ向こうから聞こえてくる店の賑わいに負けないぐらい、わいわいと会話が弾む。その中で、フィーはひっそりと紅茶を飲むふりをして息を吐く。
好意、と自分で口にして。おかしなぐらいに、心臓がはねた。
ああ、これは何という感情なんだろう、なんて。そんな乙女らしいことなど言わない。さすがに、もう言わない。それでもまだ、まだ、目をそらしていたい。
初めて食べる出来立てのフォンダンショコラを十分に味わって、学園に戻れば仁王立ちのブラッドが肩を怒らせて待っていた。