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屋敷の案内が終わり、パメラとブラッドはさっそく二人で湖に行くらしい。フィーは二人を見送ると、レオナードと共にまっすぐに書庫に入った。
「この辺りは母上の趣味で、うちの領地関係はここから向こうの棚まで、地下に降りると保管魔術が必要な古い本がある」
「驚いた、本当に立派な書庫だな……!」
「母が喜劇の物語から歴史書、参考書までなんでも読むタイプなんだ。フィーと話が合うと思う。俺も父の訓練が嫌になったときはいつもここに逃げていた」
「私が小さい頃住んでいた場所にも大きな書庫があって、よく入り浸っていたなあ……それにしてもお母様、素敵な趣味だね。これ読んでいい?」
「鍵付きの棚じゃなければ好きにどうぞ。部屋に持ち帰るのも構わない。鍵に関しては父上が持っているから父上に話を通してほしい」
「わかった……ああ、階段になんでクッションがあるのかと思ったら、ここに座って読むためか……! 天才じゃないか!」
高いところの本棚を使用するための可動式の階段の一部がクッションになっているのを見て、フィーはさっそく座る。なるほど、本を読むのに違和感を覚えない程度には座り心地がいい。
「俺が椅子にたどり着く前に地面で読み込んでいたからな、母の苦肉の策だ」
「心から尊敬する」
うちにもこれを取り入れよう、とフィーが決心する。メイド長や城の書庫を管理する司書に絶対的に拒絶されるだろうが、これほど素晴らしいアイデアはない。
「私はひとまず夕食までここに籠るつもりだけど、レオナード様は?」
「俺は騎士団の方の訓練に参加してから来る。気にせず寛いでくれ」
これとかおすすめだ、とレオナードが六冊の本を選んでフィーの横に置く。ざっとタイトルと作者を眺め、そのチョイスにフィーは心からの笑みを浮かべた。
「最高」
「お褒めにあずかり光栄。じゃ、あとで」
ぽん、とフィーの頭を撫でてレオナードが書庫を出る。それを見送り、フィーに付くメイドがさっと頭を下げた。
「……大変失礼いたしました」
「ああ、気にしないで。私は今、彼と対等な友人のつもりです。君もかしこまりすぎずに、あくまでごく普通の客を迎えた気持ちでお願い」
「仰せのままに。何か冷たいお飲み物を用意しておきます」
礼をしてメイドが一歩下がったのを確認し、さっそくフィーは本を開いた。
本を読むのが好きだ。紙の香りと、自分の知らない文字と、広い知識と、ページを捲る音と、インクに忍ばせた魔術の気配。同じ本も、初めての本も、それが物語であれ、研究書であれ、論文であれ、絵本であれ、辞書であれ。そこに言葉が連なる限り、フィーは本を愛していた。
ようやくレオナードにおすすめされた本を三冊読み終え、メイドが用意した軽い炭酸水に手を伸ばそうと顔を上げて。いつの間に戻っていたのか、どれほど時間が経っていたのか。少し離れたソファーにレオナードが座り、彼もまた片手に収まるような小さな本を読んでいた。とは言っても深くは読み込んでいなかったのだろう。フィーが動いた気配に気づいたのか、レオナードが顔を上げる。
「訓練お疲れ」
「いや、思ったよりしごかれなかった。まだ夕飯まで少しは時間があると思うが」
「これ一冊読み終えられる?」
少し考え、無理だろうな、とレオナードが首を振る。じゃあいいや、部屋に持ち出すよ、とフィーはメイドに声をかけた。
「それどうだった?」
「純粋にまず面白い。ただの物語だと思ったけど、魔術理論がしっかりしている。創作の魔術式だろうに、おそらく一部をいじるだけで使えそうだ」
「その本、俺が幼い頃学んだ師が書いたやつなんだが、贔屓目抜きにすごいと思う。特に中盤辺りに出てくる植物の逆再生を促す魔術式を見て、何度も実践できないか試した」
「時間にまつわる魔術は永遠の課題だが、これは今までで一番真理に近づいた魔術式だと思う。これ以上の改良点が見つからないし、どうして実践できないのか見ただけじゃ説明できない」
「師匠いわく、古の魔法と魔術がまじりあっていた頃の詩を参考にしているらしい」
「つまり、足りないのは魔法に近しい何か、か」
「それを現代で補うことができさえすれば、逆説的に現代の魔法の在り方についても何かしらわかると思うんだ」
それならば、とそこからは一度テーブルのある席に移動して、大きな紙を広げる。ガラスペンでざっくりと魔術式を写し、頭を突き合わせてああでもない、こうでもない、と討論を重ねる。
「お坊ちゃま、お嬢様。お食事の時間ですよ。……お二人とも?」
メイドが声をかけても、耳に入らないほどに。高度な討論はありとあらゆる分野に飛び、レオナードがそれならばこっちの方に参考になりそうな本が、と立ち上がったところで、二人はようやく仁王立ちするメイドに気付いたのだった。