ゲーセンのaoharu
お題箱より。
双葉 葵春さんは、「深夜(または夜)のゲームセンター」で登場人物が「笑い合う」、「メール」という単語を使ったお話を考えて下さい。
ちょっとした時間で読める恋愛ショートストーリーです。
ただ刺激を求めていたにすぎなかったのに。こうも現実とは上手くいかないもので。年代物の格闘ゲームのアーケードをひたすらやり続ける仲になってしまった。
「aoharu、お前強いけど俺にはまだ勝ててないよな」と、いたずらに笑う男子。
「うっさい。格ゲーが苦手なだけで音ゲーとかシューディングは得意なんだよ」
春を手前にして少し肌寒い季節。古ぼけた深夜のゲームセンターは暖房がきいていても、何か寒い寂しさのような哀愁が漂っている。法令通りなら帰らなきゃいけない私たち。客は周りにどこにもおらず、見回りに来る警官は今まで一度も見たことがない。貸し切りのこの場所は、私たち二人だけの電脳世界みたいだった。
「もう一戦だ、もう一戦。勝つまでやるぞ」
「ふふん。aoharuの負けず嫌いには、ゲームで勝っても根負けしそうだ」彼は笑う。
コインを入れ、コンティニューする。対戦相手の『kaz』には最初の対戦から負け続けている。このアーケード機種のランカー一位は私、『aoharu』なのに。
とうとう午前0時を迎えてしまった。法令違反しても、さすがにお店の閉店には逆らえない。ここのゲームセンターの店長は優しい。またいつでも来てね、と笑顔で見送りをしてくれる。
私の自転車と彼、kazの自転車が店の前で佇む。今日もしこたま遊んだな。中学校からの相棒のおんぼろ自転車、そしてkazの緑色のクロスバイク。何だか自転車でさえも差を付けられているようで腹が立つ。
kazがお店から遅れて出てくる。
「ほらよ、ブービー賞」
誰がブービー賞だよ。このゲームセンターのほとんどのゲームでランクトップクラスだよ。なんて強がりを言って、温かい缶のお汁粉をもらった。
「ブービー賞でも飲み物のチョイスがバカ」なんて私は吹いてしまった。
「なんだよ、この時間だからこそのお汁粉じゃねぇか」なんて言いつつkazもおしるこを飲んでいた。
私もプルタブでプシっと飲み口を開け、お汁粉を口にする。口の奥を刺激するような強烈な甘み、あんこの風味、懐かしいようで新鮮で、温まる深夜のお汁粉缶。
この毒々しい甘味に飲まれていく。ふぅっと吐く息が白い。あまり会話もない、でも心地よいkazとの時間。飲み終えるとゴミ箱に缶を捨て、さよならをする。
「じゃあな。さっさと寝ろよ不良少女」クロスバイクにまたがるkaz。
うるさい早く帰れと促す私。笑いあうお互い。深夜のゲームセンター限定の私たちだ。
家に帰ると家族は寝ている。その方がありがたいのだけれど。家全体が静寂に包まれ、動いている私だけがイレギュラーな気がしてきた。家族と血で繋がっているはずなのになぁ。
自室へ入る。パソコンの冷却ファンの音が鳴り響く私の部屋。お世辞にも片付いているとは言えない部屋の惨状。パソコンのディスプレイの電源を入れる。オンラインゲームを起動し、ログインボーナスを受け取る。メッセージがあるかどうか確認して、ログインしている仲間を探す。さすがに深夜だ。ゲームをやっている人は多い。むしろオンラインゲームのゴールデンタイムは深夜なのだから。
>aoharu『乙ですー』
ログインしている人たちに一言挨拶。レスポンスが皆さん早いこと早いこと。軽く仲間内で挨拶を終えると、デイリークエストをこなすため、ついてこれる人たちを探す。そんな中、毎回パーティーに加わってくれる『marimo』さんが、個別メッセージを送ってくれた。
>marimo『今日はゲーセンの王子様に会えた?』
>aoharu『王子様ってなんですかww』
>marimo『しらばくれてもーww毎日のろけてるくせにーww』
>aoharu『のろけてなんかいませんよw定時報告でーすーww』
ゲームの中ではmarimoさんと一番仲がいい。女性プレイヤーではあるみたい。アバターも女性だし、会話していて自称女の子だそうだから。
marimoさんだけにkazとのゲームセンターでの話をしている。
半年前に行きつけのゲームセンターでたまたま対戦してこと。そうしたら週一回会って、そうしたら週三回会って、そうしたら週五回くらい会うまでになったこと。もちろん、対戦ゲームをする仲でしかないことも話している。
>marimo『たぶん毎回話してるんだから、aoharuちゃん好きなんだよーww彼のことw』
なんていつも茶化してもらっている。
内心、どーなんだろうとか思いつつ、一緒にクエストを進めていった。オンラインゲームは夜中の4時や5時までやっていることが大半だ。そうなってくると、朝までやっていると言っても過言ではないのだけれど。
今日のノルマを達成して、私はログアウトした。ログアウト前に、またmarimoさんからおちょくられた。『早くしないと誰かに取られちゃうんじゃないのww』みたいな。
パソコンをシャットダウンし、万年床へダイブ。そのまま静かに落ちていった。
目が覚めると、お昼の11時だった。今日もこんなに寝てしまった。本当はこんな昼間で寝たくはないのだけれども。今頃、私をこの檻まで追い詰めた同級生達は授業を受けているんだろうな。あいつらと同じ空間にいると、また何をされるかわからない。フラッシュバックしそうになる記憶に蓋をして、リビングへ降りていく。父親も母親も仕事か。弟も学校だし。当たり前だよ、平日なんだもの。
私は軽くパンとミルクティーをお腹に入れて、お昼のワイドショーを見る。
……なんか、本当に嫌になるな。赤の他人の所為で人生奪われた気分だ。
嫌気がさしてテレビを切る。
自室へ戻り寝なおす私。……私って、これからどうなるんだろう。
「おっす。今日も懲りずに来たか」kazは微笑んでくれた。
「おうよ。絶対今日こそkazを倒すんだからね」
……なんてほざいてた2時間前に戻りたい。やっぱり全敗。
「へっへっへ。今日もブービー賞だ」
店前でまた、お汁粉缶を飲みながらひと時を過ごす。当たり前の日常になってきた。
「あのさ、kazって普段何してる人なの?」不意に、本当に不意に言葉が現れた。
「ん、俺かー。大学生してるよ。この近くの私大通ってる」
大学生なのか……。kazについて個人的な質問をした自分にびっくりしながらも、大学生かーというコメントしかできなかった。今の私には成れっこないものだ。
「どうしたの双葉、急に」
「いや、ちょっと気になっただけだよ」ずずっとお汁粉缶をすすった。
……。ちょっとした沈黙が流れ、kazが口を開いた。
「俺みたいな能天気、なんの苦労もなく大学に入れたとaoharuは思ってるんだと思うんだよね。」独り言のようにkazは続けた。
「でも俺ね、高校の時に結構重たい病気になっちゃってさ」私は驚きの表情を出す。
「いや、今は完治してるんだよ。でも、手術とか入院とか色々あって落第しちゃったんだよね。今思えば命が助かったんならどうでもよかったからさ」kazはお汁粉缶を一気に飲んだ。
「そのあと、高校なんかどうでもよくなったんだよね。ただ大学に進学するためだけに選んだ高校だったし。勉強なんて自分でできるしね」kazは私の目をすっと覗き込んだ。
「aoharuの目、なんだか俺が命を諦めたときのような眼をしてる。確かに俺も強がって笑ってた時もあったけど」私はぎょっとなった。
「aoharuに何があったかは聞かない。けど、諦めたなら、一度プライド捨てちゃった方が案外楽かもしれないよ」kazは優しく私の肩を叩いて、
「人生は自分が思ったほど簡単にはできてないよ。どうなるかなんて、誰もわからないんだから」私は、何かが心に染みたのか、涙をぽつり落として鼻をすすっていた。
「お母さん、ちょっと話があるんだけど」私は母親に改まって話をしようと思った。
リビングテーブルに腰かけてもらい、要件を自分なりにゆっくり話した。
>marimo『そうなんだー!よかったね!』
>aoharu『うんよかった 高校退学すること許してもらって』
>marimo『そうだよ!陰湿ないじめに付き合ってたらだめだから!』
>aoharu『うん。それと、大学にも進学したいって言ったら賛成してくれた』
>marimo『よかったーw でも、そのゲーセンの彼もすごいよね。aoharuを突き動かしてくれたんだもの』
>aoharu『うん。Kazの話聞いてたらここで負けてたら人生本当に終わるって思った』
>marimo『www しかし、聞いたらkazくんの行ってる大学志望なんでしょww
>aoharu『そこは触れないで!///』
>marimo『まーまー夜は短し恋せよ乙女だねーww』
>aoharu『知ったようなこと言わないでww』
>marimo『www でも、高校卒業認定だっけ? 受験と合わせて勉強することになると、inもしてこれなくなるよね。そこは寂しいなー』
>aoharu『それはごめん。でも、たまには顔出せたら……いいかなーww』
>marimo『むしろ顔出すな勉強せいww』
なんて、バカだよね。
ずっと引きこもってた私が高校辞めて、大学行こうとするんだもの。
しかも動機がゲームセンターで知り合ったよくわからない大学生だから。
でもね、なんだかこれから私の人生がやっと動いていきそうな雰囲気にあるんだ。
きっと、いい方向に。
~♪
メッセージアプリの通知だ。
『よく決心したな。大学で待ってるぞ。またお汁粉缶一緒に飲もう』
kazからのメッセージ。
私の人生はまだ、始まったばかりだ。
aoharuは不登校児をイメージして書きました。
実際、自身が高校を中退しています。
aoharuの恋が成就しますように。