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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家でお勉強編
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魔女の家で、初めての朝


「うぅ・・・・・っ」



まだはっきりと意識を覚醒させていない男は、うめき声をあげていた。

とても辛そうだ。



痛い・・・・・・。



体のどこからか痛みを感じる。

痛みに眠りを妨げられた男は、急速に意識を浮上させた。

目を開ける。




「・・・・・・・?」



暗闇だった。

何も見えない。

見慣れた青空でも満天の星空でもなかった。

疑問を覚えたのは一瞬、すぐに男は体の痛みに気持ちを持っていかれてしまう。



「イタッ・・・・・いてぇっ・・・・・」



どこと言わず、全身が痛い。

いつもの筋肉痛でもなさそうだ。



「いてぇーー・・・・・・」



涙目になりつつ、首を動かし暗闇を見回した。

当然ながら何も見えない。

しかし木の板の感触が、体の下にあることに気付いた。

違和感。

いつもの大地のベッド、地面でもない。

ゆっくりと男の頭も回り始めた。



「そうか・・・・・ベッドで寝たんだっけな」



昨晩はベッドで寝られる幸せに、テンションが上がりまくっていた。

嬉しい。

ベッドで寝られるなんて。

素晴らしい。

文明だ、文明。。

そんなふうに浮かれていた。

だから気付かなかった。

気にもしなかった。


敷布団もマットレスもないベッド。

つまり板の間。

そんな所で寝ちゃダメだ。

文明人なら板の上で寝ないだろうに。

普通は気付く。

しかし気付かなかった結果のこの体たらく。

その代償がこの痛み。



テンションというのは怖いもんだ・・・・。



男は暗闇の中、しみじみと反省した。

さらに言えば、昨晩は全ての窓を閉めて寝た。



戸締り用心、火の用心。



それが嬉しかったのだ。

広大な大地が寝床の草原では、戸締りも何もなかった。

しかし今や建物となったマイホーム。

壁と扉に窓まで備えたマイホーム。

これがホントの安全安心マイホーム。



ああ。

戸締りできる幸せ。



浮かれた男は、火を出して視界を確保しつつ、戸を閉めて回った。

ベッドに移動し、目を閉じる直前に火を消した。



そりゃ起きても真っ暗のはずだよな・・・・



視界を確保したかった。

マッチ売りの少女ならぬ、マッチすりの中年男。

火をつけて視界を確保することにした。

あんまり動きたくないのだが、我慢する。

寝ころんだまま火をつけるのは危ない。

それにベッドのそばの窓だけでも、今すぐ開けたかった。


痛みをこらえつつ、半身を起こす。

火を出そうとする目の前の空間には、何もないことを手探りで確認。

十分に用心しつつ、エアーな動作でマッチをする。

煙草を吸わない男は、ライターに馴染みがなかった。

リゾートバイトをしていた民宿でも、ライターではなくマッチを使っていた。

それがいつからか、チャッカマンにかわった。

男が一番使い慣れているのも、チャッカマンだ。

爺さんに渡されたチャッカマンを、初めて使ったときには感動したものだ。

以来、お気に入り。

だがチャッカマンはリーチが長く、暗闇で火をつけるのは不安だった。



シュボッ



懐かしい。

実際に音はならなかったが、音を聞いたような気がした。

手の平の上、少し離れてささやかな火が灯る。

ぼんやりと室内が見渡せた。



マッチ売りの少女ってこんな気分だったのかな。



柄にもなく想いを馳せる。

暖かい・・・・・別に寒くはないが、そうなる予定の家。

テーブルに椅子が見える。

ここに食事を並べるのだ。

つい数日前までは望むべくもなかった。

夢のような光景だった。



「あっ・・・・・」



ご丁寧にもエアーであろうと、マッチの火はマッチの火。

ちゃんと燃え尽きたように消えてしまった。

芸が細かい。

また暗闇が訪れた。



「これも魔法なのかなぁ・・・・・」



今さらか。

独り寝の男に、誰も突っ込んではくれない。

何だと思っていたのか。

奇人変人びっくり人間、バンザーイ。

助かったー。

その程度だった。

料理以外の物事を深く考えることがない男は、魔女からの手紙を思い出した。

劣化防止の魔法と言っていたか。

ならば、火が出せるのも水が出せるのも魔法かもしれない。



おお、すげえ。

魔女か、オレ。



知らぬ間に魔女になっていた。

男は今さら感動する。

いやいや、男だから魔女ではないだろう。

魔法が使える人間全てが女性になるのは問題だ。

それに気づかず感動する。

何も考えちゃいない。

安定のパターンだった。


マッチが魅せる光景をもう一度。

もう一度火を灯す。

ただし当然ながら、男はマッチ売りの少女ではない。

マッチは消えても夢は消えぬ。

夢は現実。

男は痛みをこらえつつ、急いで窓を開ける。

途端、手の平の上で頑張るマッチの火がかすむほどの陽の光が差し込んだ。



「おーっ・・・いい朝っ」



男は一つ深呼吸。

窓から顔を出して外をのぞくと、畑が見える。

今日も採れ頃、食べ頃のトンデモ野菜達が男を迎えてくれるだろう。

幸せの光景。

ふと見ると、手の平のマッチの火はいつの間にか消えていた。


伸びをしようとして不格好に動きをとめ、体の痛みに顔をしかめた。

だがこの朝を思う存分味わいたい。

痛みが何だ。

そろそろと、だが断固として伸びを決行する。

たかが伸び1つに結構な痛みが伴った。

それでも幸せ。

朝を思う存分、そして痛みも思う存分味わったことに後悔はなかった。



「とりあえず、全部の窓、開けるか」



気持ちのいい朝だった。

魔女の家で、初めての朝。

色気は全くないが、今やマイホームで迎える朝。

独りで迎えたって、幸せな朝。

体の痛みだけが男の友達。

人生のさみしさに気付かなければ、十分幸せ。

そして男は当然、自然、気付かない。

気付くわけがない。



「今日も忙しくなりそうだな」



やりたい事はたくさんあった。

やらなきゃいけないこともある。

男は今日を始めるべく、室内を振り返った。


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